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華都のローズマリー  作者: みるくてぃー
一章 その名はローズマリー
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第29話 アルター男爵の来訪(中編)

「それでお話しというのは?」

 既に私の疲労度はMAXに近いのだが、ここは早くお帰りいただく為にも再び話を切り出させてもらう。


「随分いい屋敷に暮らしているようだな」

「えぇ、少し良いご縁がございまして」

 恐らくフレッドから話は聞いているのだろう。相手も男爵と名乗る程なので、その辺りの駆け引きは理解しているだろうし、私が話せないと言えば無理にとは聞いてはこないはず。

 まぁ、私はハルジオン公爵家で数々のご婦人方相手に、ケーキの試食会をやっていたのは結構有名な話なので、何処かで接点があればこの店が公爵家の持ち物だということは容易に想像はつくだろう。


「ふん、話せないと言うのなら今はいいだろう。ならば単刀直入に言うが、フレッドがお前との復縁を望んでおる」

 やはりそういう話か。この前のフレッドの様子からそうではないかと感じてはいたのだ。

 もともと婚約破棄された理由だって貧乏貴族より、借金を肩代わりしてもらえる商会を選ばれたわけだし、お金の問題が解決できるとなればそんな話も出るのではとは思ってもいたのだ。


「私は余り気が進まないけれど、フレッドがどうしてもって言うから仕方がないのよ」

「こちらとしても条件次第で、お前とフレッドの婚約を認めてやってもいいと思っている」

「条件ですか?」

 なんだか一方的な物言いだが、再び後ろに控える執事に邪魔をされるのも嫌なので、とりあえず彼方の思惑を知るため会話を合わせて話を促す。


「見た限りではこの店は随分と繁盛しているようだな」

「はい、お陰様で。経営の方は大変ですが、暮らしていける分には困りませんので」

「なに? 話が違うぞファウスト、お前がこの店が利益を出していると言うから来てやったのに」

 おや、控えめに言った言葉をどうやら利益が出ていないと勘違いされたようで、オーナーである私の目の前で男爵様と執事とのやり取りが繰り広げられる。

 実際私の資産が一般的にどの程度なのかは分かっていないが、僅か3ヶ月でお店の預金が金貨3,000枚ほど溜まったのは、それほど悪くはないのではないだろうか。


「お待ちください旦那様、初めに相手を驚かせておいて、次に本来の目的を提示するのは交渉においての定石。ここで慌てられるのは相手の思う壺でございます」

「ふん、成る程な。確かに一理はある。全く小賢しい真似などしおって」

 なんだか盛大に勘違いされてしまったが、確かに執事を名乗るだけの知識は持ち合わせている。

 例えばお金を借りる際に最初に無理な金額を提示し、その次に本来借りたい金額を提示するのはよくある交渉術の一つ。貸す側としては一度断った手前、二度目の提示金額ならまぁ貸せるかと思ってしまい、ついつい貸してしまうという相手の心を逆手にとったもの。正直使い方次第では褒められた交渉術ではないが、以外と色んな場面で利用出来るので、私も仕入れの取引の際で何度か利用させてもらったことがあるが、逆を言えば寧ろ知らない男爵様の方が大丈夫かと思えてしまう。


「ふん、まぁいい。それでこの店の売り上げはどれぐらいあるのだ?」

 私と言葉の駆け引きをする気がないのか、今度は直接こちらの経営状況を尋ねて来られる男爵様。

 目的は恐らく私の店に金銭的な価値があるかの見定めだろうが、みすみすお店の内情を話す理由もないので、ここはより多くの情報を探る為にも焦らさせて頂く。

「申し訳ございませんがその問いかけにはお答えしかねます。そもそもフレッド様とこの店の売り上げとどう関係があるのでしょうか?」

「関係あるに決まっているでしょ! この店の資産価値次第で貴女とフレッドの婚約が決まるのよ。どうせ最後は分かる話なのだから今すぐこの店の預金を教えなさい」

 やはり男爵様とご夫人が欲しいのは私ではなくこの店と言うことなのだろう。


 ここまでハッキリと言われたら逆にすっきりするわね。

 だからと言って『はい、そうですか』と答えるつもりは全くないし、フレッドとの婚約などハッキリ言って願い下げ。そもそも交渉すらなっていないし、私の方にメリットらしいメリットなど何一つとして存在しない。

 仮に私がこの申し出を受けたとして、いずれローズマリーだけ取り上げられて私は捨てられてしまうだろう。

 そんな分かりきっている未来など、私が望む筈もないというのに。

「なるほど、わかりました。それではこの話は無かったという事で」

「なに? どう言う意味だ?」

「条件がこの店の資産という事ならばお答え出来ません。ですからこの話は無かった事にと申したのです」

「お前は何を言っているのかわかっているのか? 貴族に戻れるチャンスを与えてやっているのに、それを自ら見過ごすというのか?」

「そうよ、せっかくチャンスを与えているというのに何て言い草なの。フレッドがどうしてもと言うから来て上げているのに、私たちの心意気がわからないのかしら」

 貴族に戻れるチャンスに男爵夫妻の心意気と来たか。

 ハッキリと言うが私は貴族という地位に未練も興味も一切ない。むしろ平民万歳なのだが、悲しい事に騎士爵家にいた頃より平民となった今のほうが、余程貴族らしい生活をおくっているから不思議なものだ。


 だけどこれで大体知りたいと思っていた情報は揃った。

 どうやらフレッドは私が未だに未練を持っているなどと言って、男爵夫妻を揺さぶったのではないだろうか。そして今王都で人気のローズマリーを経営していると告げれば、男爵夫妻は必ず私との再婚約を目的として動く。

 自慢じゃないが店の価値も相当なものだし、私自信も多くの貴族の方々から注目されていると聞いているので、今の内に取り入って公爵家との関係を築こうとする家も多く存在している。実際私はもちろん妹のエリスにまで婚約の話が来ているのだから呆れる程だ。


「残念ですが私自身は貴族という身分には興味がございませんし、フレッド様を恋愛の対象と見た事も一度すらございません。それに何か勘違いをされているようですのでお教えしますが、このお屋敷は私の持ち物ではなく借家です。よって私からこの店を含むお屋敷はお渡しする事は出来ません」

「なっ! 借家だと!?」

 まぁ、実際その辺りの話はまだ纏まってはいないのだけれど、それでも公爵家を通さずお店を含むこのお屋敷を、おいそれと誰かに引き渡すという事は出来ないだろう。


「どういう事だファウスト、そんな話は聞いていないぞ」

「お待ちください旦那様、確かに借家だという情報は掴んではおりませんでしたが、それでもこの店が蓄えている資産は相当なもの。それだけでも十分な価値はあろうかと思われます」

 今の話から推測するに、どうやら事前に私やこの店の事を調べられたのだろう。

 借家だという話も私が勝手に言っているだけなので、情報が出てこなかったのは当然だろうし、このお屋敷が元公爵家の持ち物だという事も、公爵家の情報網から漏れるわけがない。

 もしかするとフローラ様辺りが裏で働きかけて下さったという可能性もあるが、地方暮らしの男爵家(執事)ごときに、ローレンツさんとランベルトが隙を見せる筈がない。


「私からも質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 ここで自信の名誉を回復させたいのか、再びファウストが私に対して質問を投げかけてくる。

 私が思うにこの手のタイプは自意識過剰で、自分のミスを言い訳だとか他人になすり付けるだとか、自分より立場の上の者は逆らえず、自分より下の者には偉そうに威張り散らす、典型的な無能な上司といった感じではないだろうか。

 そしてこういう人間は怒らすと必ずボロが出るというのもまた常識。


「いいわよ。本音を言えば失礼極まりない執事の質問なんて、心底断りたいところだけれど、今日のところは多めに見てあげるわ」

 私のワザと煽るような言葉で、明らかに怒りを表す執事のファウスト。

 先ほどまでは相手の目的が分からなかったので下手にでていたが、今は喧嘩をふっかけてもいいと思っているので、少々好戦的に対応させてもらう。


「相変わらずなんという無礼な物言い」

「仕方がないでしょ? 礼儀を重んじない人を相手にしているのだから」

「なんですって? 私のどこが礼儀を重んじないとおっしゃるのでしょうか」

 私は先ほどの仕返しとばかりに『やれやれ』といったポーズをとりながら、一つ一つ説明していく。

「まず先方に伺うのなら先に予定を伺うのが礼儀でしょ。これでも私は忙しいの、今日はたまたま店に残っていたけれど、普段は営業やお誘いでほとんど店にはいないわ。その程度の事、執事なら言われる前に先に手配しておくのが当たり前でしょ」

 ランベルトやローレンツさんならまず間違いなく、当主から話題が出た時点で自らアポの云々は確認するだろう。


「なるほど、確かに貴女がおっしゃる通り、貴婦人方とのお誘いがあればそれはそれでお忙しいでしょう。それではお尋ねしますが、どちらのお宅に行かれているのでしょうか?」

 おや、もしかして私が苦し紛れで口から出まかせでも言ったと思われたのだろうか。

 実際お店の営業という部分もあるが、多種多方面からお茶会や会食、レストランでの食事会といったお誘いは山のように届いている。


「カナリア、先月の私の予定を教えてあげて」

「よろしいので?」

「えぇ、もう終わってしまった分なら別に隠すものでもないでしょ?」

「わかりました。それではまず1の日から……午前中はインシグネ伯爵家のパフィオ様とのお茶会に、午後からはユーフォルニア侯爵家主催のガーデンパーティー、2の日はエンジニウム公爵家のルテア様とティート様との会食に、午後からは……」

 カナリアが読み上げて行く私の予定を聞き、なぜか徐々に青ざめていく男爵家のご一同様。

 我ながら聞いてて何という過密スケジュールだったのかとと思うが、社交界シーズンの真っ只中だったのだからある意味仕方がない。

 中には公爵家だの伯爵家だの結構な大物が入っているが、まぁ貴族である男爵様にとっては些細な問題だろう。


「まてまて、なんだその一覧は」

「なんだと言われても先月私が熟してきたスケジュールですが?」

 貴方のところの執事が聞いて来たのだから答えたのでしょ。まったく失礼な人ね。


「本当にその家名の家に招待されたのか!?」

「これでも随分と厳選したのですが、何か問題がございましたか?」

 フローラ様からこれも社交の経験だと言われ、ランベルトと相談しながら選ばせていただいた。

 中にはフローラ様からジーク様と強制参加させられた社交があったり、ルテア様の弟であるティート様と会食をさせられたりと、恐れ多くて胃が痛くなるような経験もしたが、ワザワザそこまでは話さなくともいいだろう。


「旦那様、信じられてはいけません。これほどの名家から同時に招待されるなどあり得ません」

 うーん、別に嘘なんて付いていないのだけれど、どうやらこの執事には信じてもらえないようだ。別にいいけどね。


「続いて男爵様から頂いた招待状ですが」

「まだ何かあるのですか!?」

「当然でしょ? どうやら私を随分と下に見られておられるようですので、どれだけ失礼な対応をされたのかを分かって下さい」

 笑顔は絶やさないけど、怒っているのだぞとの意思表示。

 相手が男爵様なら反論はしないが、執事にまで舐められる筋合いは全くない。

 それにここで引けば元々その席にいたランベルトが無能だと言っているようで、私の怒りが収まらないというのも本音。


 この後コンコンと失礼極まりない態度を取ってきたかという事実を並び立て、思いっきりウンザリさせてやるのだった。

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