第39話 流転と激突
「うん、わかった! 行ってくる!」
穿地竜バジルグラーヴを追って崖から飛び降りる。
もちろん、このまま落ちればタダでは済まない。
わたしは跳躍と同時に《清流の手》を行使し、崖下まで続く流水の道を空中に編み上げた。その上を滑るように駆け、頬を打つ風を切り裂きながら水飛沫をあげて竜を追いかける。
ただ追うだけでは止まってくれそうにもない。
竜は眼下の森をなぎ倒し、地に潜ってはまた破壊を撒き散らして出現する。
「あーもう! 森林破壊やめー!」
気を引くために《清流の手》から《水流の刃》を数十発連射し、岩の外殻を削る。だが表面に小さな傷を刻む程度で、効果は薄い。
大地を削りながら、再びバジルグラーヴは地中へと姿を隠した。
流水の滑り台で崖下に降り立ったわたしは、両足で大地を踏みしめて出現を待つ。激しい地鳴りと震動があたりを包むが、ウィンディの『静地結界』がまだ効いているため揺れは感じない。
「《水流の刃》が効かないなら……別のことにチャレンジするまでよね」
両手を握り合わせ、前方へ人差し指を立てる。
《清流の手》で産み出した水が身体をめぐり、流れるように腕から指先へと集まっていく。
地面を砕いて姿を現したその瞬間、わたしは指先に集めた水圧を一点へと収束させた。
「岩をも貫く激流をあげるよっ! 《水圧石穿》!!」
収束した水流はただ一筋の矢となって一直線に解き放たれ、轟音を立てながらバジルグラーヴの岩殻を突き刺した。外殻を貫いた矢の軌跡に、ピキリと鋭いヒビが走る——。
*
岩石の鎧をまとったガーランドが崖を飛び出したティエナを見て、目を見開いた。
「なんだあいつは……自殺か?」
フィンが腰ベルトから分銅付きのロープ――ボーラを取り出す。
「竜退治はあいつに任せておけば、まあなんとかするよ」
「ふん、つまらん信頼だな。まあいい。こちらは俺様を楽しませてくれるんだろうな?」
ガーランドが両手の岩の手甲を打ち合わせる。鈍い音と共に砕けた岩の香りが風に乗って舞う。
ねっとりとした視線で獲物を探し、仲間たちを順に見渡す。
アクセルとグロウは長剣を構え、オーキィがメイスを握り直す。ウィンディも短杖を胸元に引き寄せた。
「貴様らの中で一番、力が強い者はどいつだァ!?」
アクセルが一歩踏み出し、胸を張る。
「無論、俺が相手になろう」
「なんで一対一でやる必要があるんだ!?」
フィンが呆れ声をあげるが、アクセルは手で制した。だがガーランドは首を横に振る。
「いや、貴様ではない……。一番パワァがあるのは……そこのお前だ!」
振り下ろされた腕の指先がピタリと突き立つ。その先に居たのは——銀髪を腰のあたりで束ねた清楚な修道服姿の女、オーキィだった。
「は?」
己の膂力を理解してはいる。だが初対面の男に真正面から告げられ、オーキィの額に血管が浮かぶ。
隣で思わず頷いてしまったフィンを片手で押しのけ、メイスを握りしめて一歩踏み出した。
「そうだ! お前だぁ! その筋力、思う存分振るうが良い!」
挑発するように指先をクイッと曲げる。——直後、その腕に横薙ぎのメイスが叩き込まれた。
身長百九十センチの体格に見合う長大なメイス。その柄を下部で握りしめ、遠心力を乗せて振り抜かれた一撃は岩の鎧を粉砕する。
ガーランドは激しく横転し、大地を転がり、家の残骸に突き刺さってようやく止まった。
オーキィはメイスを振り切って空を裂き、くるりと回して地面に叩き下ろす。
「どうでしょう、お望みの一撃ですけど~?」
微笑んでいるはずなのに、背に漂うのは威圧感。
怪力を見慣れているフィンを除く三人は強張った笑みを貼り付け、背筋を伸ばす。
「こ、こええ~~」
グロウがポロリと漏らした。
崩れた家屋の瓦礫を押しのけ、ガーランドがゆっくりと立ち上がる。腕を回すと同時に、砕けた岩の装甲がゴリゴリと音を立てて再生していった。
「素晴らしい! なかなか強烈な一撃だったぞ! ……では次は俺様の番だな!」
そう言うや、疾風のように一気にオーキィへ間合いを詰める。
(速い——!)
オーキィが感じた時には、すでに振りかぶった腕が目の前に迫っていた。
だがその腕に分銅付きのロープ——ボーラが絡みつく。勢いを削がれ、拳は空を切った。
横目でフィンを睨みつけ、ガーランドが舌打ちする。
「こっちは一騎打ちに付き合ってやる義理はねえぞ?」
絡まったボーラを引きちぎり、地面に投げ捨てる。
「はっはっはっは! よかろう! 全員同時に来い! まとめて相手してやるわ!」
ガーランドは両腕を広げ、片足を叩きつけて天へ哄笑した。
地鳴りと共に大地が震え、土煙が舞い上がる。
アクセルとグロウは真剣な面持ちで左右に散開し、剣を構える。
オーキィはメイスを握り直し、ウィンディは胸に手を当てながら短杖を掲げ、詠唱に入った。
戦闘はここからが本番だ——。




