第31話 待ち受ける無茶ぶり
かつてダンジョンを一緒に冒険した銀髪の女性治癒術師のオーキィ。
オーキィが活動しているダンジョンはノアランデ王国の二重城塞都市エルデンバルにあり、そこからこのアクレディア帝国の噴水都市ルーミナまで、移動だけで数週間かかる。
だから彼女と、ここ噴水都市ルーミナの冒険者ギルドで再会できるとは思ってもいなかった。
わたしも、思わず頬を緩めてしまう。
高身長のオーキィは力も強い。オーキィはわたしをひょいっと軽く持ち上げると、ギルドカウンターの方に身体を向けて下ろした。石鹸のような優しい香りがフワッとあたりに舞う。
「どう? 見える?」
オーキィの柔らかな笑みと声。わたしの視界の先に見えたものは——
カウンター内では、背の低い青年が職員に食ってかかっていた。
「だからさ! オレはダンジョンの外に関しては詳しくないんだって!」
少年のような面影を残す小柄な青年は、緑と灰を基調とした革鎧と膝下まであるマントを羽織っている。
腰の鞘に収まった銀色のショートソードが、身振りに合わせてかすかに揺れていた。
わたしが満面の笑みでオーキィの顔を見上げると、オーキィは優しく笑って頷いた。
彼女の手をするりと抜けると、わたしはカウンターへ駆け寄る。
「ですが、あなたほどのダンジョンマイスターなら、地上にいる魔核の魔物討伐指針も立てられるのでは?」
「ダンジョン内の知識が、地上の奴にそのまま適用できるならな!? 環境が変われば対策も変わるだろ!?」
なにやら話し込んでいるようだけど……
もう待っていられない! 割り込ませてもらっちゃお!
はやる気持ちに身を任せ、わたしはカウンターに身を乗り出して呼びかけた。
「フィン! やっぱりフィンだ! どうしてここにいるの!?」
ようやく気づいたのか、フィンがゆっくりとこちらを振り返る。
「おう、ティエナか」
「なにそれ? 感動が薄いなーフィンは!」
フィンは眉ひとつ動かさず、「そうか?」と平然と返した。
「なんで、ルーミナにいるの!? 観光にでも来たの!?」
「そんな訳あるか。地上にダンジョンの魔物が出るようになったから、専門家の意見が聞きたいって言われて、わざわざここまで呼び出されたんだよ」
そう言うと、フィンは職員をギロリと睨む。
そこへ、わたしの後ろからオーキィが、くすくすと笑いながらやってきた。
「まぁまぁ、フィンくんも落ち着いてね? それだけ頼られてるってことだし」
男性職員が、怪訝な眼差しをわたしに向ける。頭の先から足元まで、品定めをするように視線を動かす。
「フィン殿、こちらの方は?」
「あぁ、紹介しとくぜ。オレの元パーティメンバーのティエナだ。A級冒険者で腕は立つ。殲滅力で言えばS級だと思う」
ギルド職員は目を丸くして再びわたしの顔を凝視する。
せっかくだから指でピースを作って笑顔で返してあげよう。
「……にわかには信じがたいですが」
「ドミニクさんよ、いちいち見た目で判断してたら、痛い目に合うぜ?」
そーだよ! わたしだってやるときはちゃんとやるんだから!
……ん? 見た目にダメだしされてる?
わたしの肩をそっと掴み、後ろからオーキィが頭を撫でてくる。
そっと耳元で、「可愛いってことよ、ティエナちゃん」とささやく。
オーキィに言われると嬉しいけど、ホントにそうかなー? 騙されてない?
「心得ておきましょう」
ドミニクさんは真面目な顔つきで深く頷いた。
カウンターから身を起こし、依頼報告を終えたアクセルがこちらへ歩み寄ってきた。
「ティエナが凄い奴っていうのは俺からも保証させてもらうよ。狼型魔物の集団討伐依頼を解決に導いたのは彼女だ」
そう言うとアクセルは歯を輝かせて笑みを浮かべる。
「あんたは?」
「俺はアクセル。ティエナとは縁があって、しばらく共に動いている。よろしく」
握手を求め手を差し出す。フィンは「ダンジョン専門のスカウト、フィンだ」と軽く挨拶をして握り返した。
その光景を見ていたドミニクさんが軽く咳ばらいをする。
「ゴホン。そろそろ本題に戻ってもよろしいか?」
「ああ、わりぃな。だから、地上に現れた魔核を持つ魔物をどう討伐するかって話だろ? ちょうど今簡単になったわ」
フィンはカウンターを軽く跳躍するとわたしの前に躍り出て、軽く肩に手を置いた。
「ティエナがいれば全部倒してくれるって」
そうそう、わたしがいれば全部倒して——。
ん?
場が静かになった気がする。
んんん?
わたしが? 全部倒す?
「ええええええええええええー!!!!!!!」
わたしの叫び声に、ギルド内と酒場からも視線が集まる。
えー!? フィン何言ってるの?
アクセルも両手を組んでコクコク頷いてるんじゃないよー?
オーキィはそっぽ向いて肩を震わせて笑いかみ殺してるしさ!
ドミニクさんは未だなお怪訝そうな表情だ。
「このお嬢さんに全部任せれば良いだなんて……さすがにそれは盛りすぎではないですか?」
そうだそうだ! 褒めては欲しいけど、討伐の丸投げは困るよ!
そこへアクセルがドミニクさんに一歩近寄り、金の前髪を爽やかにかきあげる。
「ティエナは、伝説のリヴァードの孫娘だ。その実力は俺もこの目で確かめたよ」
ああああ、そうだけどそうじゃない! だいたい竜討伐の時はアクセル気絶してたでしょ!? 見てないでしょ!?
アクセルは顎に手をあてると、瞳をキラリと輝かせて得意げに話を続ける。
「そして、シルヴィオ騎士団長とも懇意のようだった。ティエナは伝説級の冒険者で間違いない」
「そこまでとは……!」
あぁ、話が大きくなっていく。
わたしは肩を落としてため息ひとつ。
でも、どのみち魔物は放置できないし、やるしかないんだけど……。
シルヴィオさんの報告待つ時間もあるし、覚悟決めるしかないか~!
一度、口をぎゅっと結んで、拳に力を入れる。あとは力を抜いて、リラックス。
「えっと、わたし何を討伐させられようとしてるんですかねぇ……?」
待ち構えているであろう魔物の情報を聞くべく、フィンとドミニクさんの言葉を待った——。




