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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第7話 リヴァードの秘蔵っ子

 旧水路を抜けて地上に出た瞬間、ティエナは思わず目を細めた。

 強い光が差し込む。まだ午前の陽射しのはずなのに、暗い地下に長くいたせいか、それだけで世界が輝いて見える。


「……まぶしっ」


 隣で、イグネアが微かに眉をひそめる。

 ドレス風の冒険者装束には泥のしみがまだらに残り、レイピアの鍔にも乾いた泥がこびりついている。


「はぁ……はやく館に戻って、お風呂に入りたいですわ……」


 そのひとことに、ティエナは「そうだ!」とばかりに手を打った。


「じゃあ、ちょっとだけ、じっとしてて!」

「え……?」


 ティエナはすっと指先を立てて、小さく詠唱する。


「《清流の手》っ」


 空中から糸のような清らかな水が現れ、イグネアの衣服をやさしくなぞった。

 どろどろの泥がさらさらと流れ落ち、赤黒く変色していた布地が元の鮮やかな赤色へと戻っていく。


「……さっき、素材を洗っていた時の魔法、ですわね?」


 イグネアは感心したように身じろぎし、スカートの裾をそっとつまみ上げた。

 目を丸くまじまじと見つめると、感嘆の息を漏らした。


「えへへ、じいちゃんから教わった魔法……ということでっ」


 ティエナが笑ってごまかすと、イグネアは目を細める。


「また『秘密』ですの? ふふ……そういうの、気になりますわね」


 ふたりが街道を歩き出すと、ノクがティエナの肩にひょいと飛び乗った。

 イグネアの視線が、興味深そうに小さな白い竜へと吸い寄せられた。


「先ほどティエナさんが『ノク』と呼んでいましたわね? あなた、さっきの戦いで……言葉、普通に話していましたわよね?」


 イグネアが改めて見つめてくると、ノクは面倒くさそうに尻尾を揺らす。


「うん、話せるよ。人間の言葉」


「……普通、魔獣はそこまで発音できませんわ」


 イグネアはノクに顔を近づけ、まじまじと見つめた。

 ノクは少しだけ居心地が悪そうに身震いする。

 ティエナは顎に指をあてて視線を宙にさまよわせていたが、やがていつものような笑顔に戻ると、口を開いた。


「ノクはね……ちょっと特別なんだ。拾った石像から生まれたっていうか……。

 じいちゃんがそれを見つけて、ミアズマに汚染されて魔物にならないように、清めて、ずっと祀ってたんだって。

 わたしが物心ついた時には、もう一緒に暮らしてたから詳しくは知らないんだけど」


 ティエナの説明を聞いてもいまひとつイメージが掴めないイグネアは、困ったような顔で小さく首を傾げた。

「よくわかりませんけど……魔物ではないんですのね?」


「うん。たぶん。魔力のかたまり、みたいな? 正体はよくわからないけど、危ない感じは全然しなくて」


「ふぅん……」


 イグネアは頷きながら、興味を隠さない瞳をノクに向けた。

 ノクは言葉こそ返さなかったが、尻尾を振って応えた。


「正体がわからないことで、ご不安ではなくて?」


「うーん。ずっと一緒だし、不安とか感じたことなかったなぁ」


 気楽そうに言うティエナに、白い竜は尻尾をぴんと立てて言った。


「ぼくは……自分が何者なのか、ちょっと知りたいかもだけどね」


「でしたら、いずれわたくしの方でも調べてみますわ。そういった前例が過去に記録として残っていないか……文献を探してみますの」

「えっ、そんなに本気で……?」

「当然ですわ。興味を持った以上、調べずにはいられませんもの」


 イグネアがふわりと笑うと、ティエナもつられて笑った。


「じゃあ、お願いしちゃおっかな」


 そんな風に話しているうちに、ギルドの建物が視界に入ってきた。


 扉を押し開けると、まだ昼前の時間帯にもかかわらず、中はいつも通りの喧騒に包まれていた。


「ただいま戻りましたっ。水路掃除、全部終わりました!」


 ティエナの声に、カウンターの向こうにいたクラリスが顔を上げる。


「お帰りなさい、ティエナさん。あら……イグネアさんもご一緒だったんですね?」


 イグネアが軽く一礼した。


「ええ。たまたま、現場でお会いしましたの」


 ティエナはこくこくと頷くと、誇らしげに胸を張った。


「水路すっごく綺麗にしたから、見に行ってもらっても――」

「その必要はありませんわ。水路掃除の様子、わたくしこの目で確認しております」

 イグネアが涼しい声で割って入ると、クラリスは驚いたように目を瞬かせ、すぐに微笑んだ。


「イグネアさんが確認されているのでしたら、問題ありませんね。お掃除、ご苦労さまでした。お疲れでしょう? すぐに報酬をご用意しますね」


 数分後、ティエナの手には小さな革袋が手渡された。

 袋の中で、しゃらりと銅貨が音を立てる。


「ありがとうございますっ!」


 ティエナは袋を受け取ってにこっと笑うと、中を覗き込んで少し口をとがらせた。


「でも……エンラット退治までしたのに、これか〜。とほほ〜」


 そのひとことに、カウンター付近の冒険者たちがざわついた。


「エンラット!?」「今なんて……?」


 ティエナはハッとなり、袋を胸元に抱える。

 そして、少し声を落として口を開いた。


「……旧水路の奥で、会ったんです」


 クラリスの表情が一瞬で引き締まる。


「エンラット……ですか?」


「はい。ネズミみたいなやつ。でも、普通じゃなくて……腐ったような毛並みをしていて、赤黒い目をしてて……」

「確かにエンラットの特徴……!」


 どよめく冒険者たち。

 クラリスも目を見開いたが、平静を装いティエナに質問を続けた。

「旧水路に、それが?」


「うん。入口の封鎖板が壊れかけてて……ちょっとだけ、様子を見ようと思ったら。最初は一匹だけだったけど、だんだん増えてきて……」


 そこでイグネアが一歩進み出て、ティエナの言葉を遮るように発言をした。


「本来、あの区画には入るべきではなかったのは承知しております。ただ――既にエンラットの群れが棲みついており、放置すれば市街地への拡散の恐れもあると判断しました。やむなく侵入して討伐いたしましたわ」


「……そこまでの状況だったんですね」


 クラリスは深く頷くと、改めてイグネアに視線を送った。そして、深く頭を下げる。


「討伐、ありがとうございます」


 ざわついていた冒険者たちの視線も、イグネアへと集まった。


「さすがイグネアさんだな!」「やっぱBランクはすげえな!」と、口々に賞賛の声が上がる。


 そこでイグネアは、周囲が大きな勘違いをしていることに気づいた。

 ティエナは何も考えていないのか、一緒になってうんうんと頷いている。


「違いますの、クラリスさん」

 イグネアはティエナの背中をそっと押し、一歩前へ歩かせた。


「今回の功労者はこちらのティエナさんですわ」


 そこで一息おいてから、もう一言加える。

「さすが、リヴァードさんの後継者ですわね?」


 ティエナは照れくさそうに笑い、ノクが「まあね」と小さく鼻を鳴らした。


 冒険者たちはまた一層盛り上がった。


「あの年で?」「登録したばかりの新人じゃないのか?」


 騒がしい周りをよそに、ティエナは袋を胸に抱きしめながら、ちょっぴりしょんぼりと呟く。


「でも……掃除と戦闘でがんばった割には、やっぱり報酬ちょっと寂しいかも……」


 その様子を見たイグネアが、ふふっと微笑んで言った。


「でしたら、素材の買取に行きましょうか。エンラットの素材、清めてあるならそれなりの値がつくはずですわよ」


「――ほんとに!? やった、少しはごはん代になるかもっ!」


「……現金だなぁ、ほんとに」


 ぱあっと顔を輝かせたティエナの肩の上で、ノクが呆れたようにぽつりとこぼした。

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