第24話 帝国の召集
ルーミナの冒険者ギルド内は、いつも以上にざわついていた。掲示板の周りには多数の冒険者が取り囲み、その中心──掲示板の前にはアクレディア帝国の紋章をあしらったマントを羽織った兵士が立っている。
一瞬シルヴィオさんかと思ったが、知らない顔だ。兵士は声高に演説していた。
「──であるため、貴殿たちの力を思い存分奮ってもらい──」
わたしたちはその横をすり抜け、ギルドのカウンターへと向かう。
アクセルが討伐完了報告の書類にサインし、そのまま受付のお姉さんに顔を上げる。背中越しに帝国兵を親指で示した。
「何か事件でもありました?」
受付のお姉さんは頬に手をあて、困ったように眉をひそめる。
「どうやら魔物が大量発生しているそうで……軍だけでは手が行き届かず、広く討伐隊を募集しているらしいですよ」
魔物の大量発生――やっぱり魔核獣のことだろうか。
「そういえば、今回受けた猿型魔物討伐ですけど、討伐証明がこれしかなくて」
アクセルがポーチから銀の魔核を五つ取り出し、カウンターに並べる。受付のお姉さんは少し目を見開き、それを不思議そうに見つめた。
「これは……?」
「魔核です。エルデンバルのダンジョンで魔物を討伐すると入手できる『核』らしいんですが、俺も実物は初めて見ました」
「つまり、ダンジョンの魔物が地上を徘徊している、と?」
「そのようですね。信じがたいかもしれませんが、事実としてそうだったとしか……」
アクセルも開いた手を顔の横に掲げ、首を横に振る。
扉の開くベルの音が響く。
帝国兵が二名。カウンターを目指してまっすぐに歩いてくる。
わたしたちが話をしているのもお構いなしに、受付のお姉さんとの間に割りいってくる。
そして帝国兵はカウンター台を力いっぱい上から叩きつける。
ダンッ!という音が響き、カウンター上のメモやペン立てが跳ねる。
ギルドの喧騒が刹那、静寂に包まれる。
「他の依頼を貼り出すのは止めて、討伐隊の募集を優先して行うように」
「それでは街の皆さまがお困りになりますわ」
「魔物を放置すれば皆もっと困ることになるのだ。優先したまえ」
それだけ言うと踵を返す。が、立ち去る前に足を止め、アクセルの方へとゆっくりと首を向けた。
「なんだ、落ちこぼれのお坊ちゃまか。こんなところで小銭稼ぎかね」
顎を上げ、片目だけを見開きながら、鼻で笑うようにアクセルを見下ろす。
「てめぇ……!」
飛び出しそうになるグロウをアクセルが手の平を向けて押しとどめる。
「俺は、民の役に立っていますよ。いままでも、これからも」
「そうかね。ではぜひ討伐隊に参加して、最前線でその身を役立ててくれたまえ。我々帝国軍としても、感謝してやらんこともない」
それだけ言うと、兵士は後ろ向きにぞんざいに片手をあげ、そのまま振り返ることなく立ち去っていった。
か、感じ悪ぅーーーー!!! なにあのちょび髭―! 腹立つー!
帝国兵の態度に思わずわたしも拳を握る。
……なのに、当の本人は金の前髪を手ですくいあげ、爽やかに微笑み白い歯を光らせた。
「さて、じゃあ討伐隊に参加しようか。ああ、もちろんティエナはここで抜けて構わないよ」
わたしに向けて片目を閉じる。
……そんなふうに軽く流すアクセルの肩を、グロウが無言で掴み、鎧が軋む音を立てるほどに力いっぱい握りしめた。
「なんで帝国の依頼をうけるんだ。お前は見放されたんだぞ!?」
ウィンディも苛立ちを抑えきれず短杖で足元を繰り返し突く。
「私も反対だよ? あの手の奴らの話に乗っても、恩すら売れないじゃない。良いように利用されるだけだよ」
腕を組み、踵を地面につけたまま足先を何度も上下に動かす。
仲間たちのその姿を見ても、アクセルは笑顔を崩さなかった。
「俺の確執と、魔物の被害は別問題だよ。放ってはおけない」
アクセルの言葉に、二人は押し黙った。
わたしは――。
「わたしも、参加する」
二人の視線がわたしに集まる。それは単純に驚きの表情だった。
討伐内容はまだ確認していないけど、それはもう決めた。
きっと裏で教団絡みが何かあるはず。どんな魔物であっても手がかりを掴まなきゃ。
――この機会を逃すわけにはいかない。
グロウが嘆息交じりに頭を横にゆっくりと振った。
「とにかく、まずは内容を確認しよう。話はそれからだ」
*
掲示板近くで演説をしている兵士の話に聞き耳を立てる。
「四足型の魔物たちが西部山岳地帯裾野に広がる森外周に集まっており、このままでは森は奴らの巣と化す!
今のところ被害はないがこのまま増えては一大事である!
掃討作戦は明後日の午前! 参加した物には報酬金――」
終始冒険者たちがざわついている。報酬金の額に心を躍らせる者、国の指示に従いたくない者、そもそもなぜ魔物がと疑問を投げる者、反応は様々だ。
全員が参加することはないにしても、まとまった参加者は居そうな雰囲気だった。
グロウとウィンディは互いに顔を見合わせる。
苦い物を嚙み潰したかのように渋い顔をしていたグロウだったが、深いため息をつき頭をかいた。
「はぁ……。『リーダー』が行くって言うんじゃ仕方ねぇか」
アクセルが背を反らして胸の鎧を拳で軽く叩いた。拳の先から鎧の肩にかけて光がキラリと走る。
「任せておいてくれ。この依頼も颯爽とスグに解決してみせよう!」
「……決行は明後日だよ? 依頼内容理解してる?」
ウィンディの呆れた声。誰ともなしに微笑み、仲間の空気感が戻る。
あぁ、ここにノクも居たら良かったのにな。なんて、隣に居ないノクの事を考える。
イグネアやフィンとオーキィ、レオも、皆元気にしてるかな。
ほんの少しの間ギルドの喧騒も耳に届かず、わたしは物思いにふけっていた。




