第23話 光は道を照らさず
森をさらに奥へと進む。
アクセルが雑草を払いながら前を行き、それについて行く。
やっぱり……気になるなぁ。
さっきから頭を離れない、本当にくだらなさそうな疑問を投げかけてみた。
「アクセルって……時々光ってる?」
アクセルは颯爽と振り返ると、白い歯をキラリと輝かせる。
「リーダーだからね、輝くのは当たり前だよ」
「……どういうこと?」
思わず聞き返してしまった。
「すまんな、ティエナ。あいつバカなんだ」
グロウが肩をすくめて軽く嘆息をする。そして柔らかく付け加える。
「バカだけど、努力家なんだわ。こうやってずっと光魔法の練習してんだよ、このバカは」
「バカバカ言われるのは心外だけど……俺はこの試練の道をゆくまでさ!」
前髪を軽くかきあげマントをひるがえすと、アクセルは再び森の土を踏みしめる。
わたしたち三人も周りを警戒しながら後に続く。
ウィンディが足元の草を短杖でかき分けて歩を進める。
「アクセルは……とある貴族の息子なんだけど、魔力適性が光属性だった為に勘当されちゃってさ。適性は親から受け継ぐ事も多いけど隔世遺伝だってあるのに理不尽だよね」
グロウも弓を片手に、周囲に視線を配りながら前へと進む。
「帝国の偉いさん方は水適性至上主義みたいな所があるからな」
わたし関係ないけど、もと水の女神としては争いの火種にして欲しくないなぁと思ったり。
なんか、ごめんね?
「まぁその中でアクセルは腐らずに『光属性を極めて自分の有用性を示す!』って研鑽してるわけよ。
それが、無詠唱で歯を光らせるとか、後光をささせるとかだから──努力の方向性は間違ってるけどな」
前方を切り開きながら進むアクセルが、軽く足を止めて振り返る。
「いや、方向性は正しいさ」
アクセルが胸を張って笑い、キラリと輝く。
「暗い森でも、俺がいれば皆の道標になる」
「……お前が光るのは道じゃなくて敵の的としてだぞ」
グロウのぼやきに、ウィンディが小さく吹き出す。
──そんな会話の最中、ふと空気が変わった。
またあの、耳の奥が詰まるような感覚。
わたしは手を上げて全員に立ち止まるよう合図した。
「……来るよ」
木々の陰から、ギィィ……と金属を擦るような鳴き声。
影が揺れ、複数の尾がちらつく。
増える猿たちが、こちらを見つけて枝から枝へと跳ね回った。
だけど、倒し方がわかってる相手!
手間はあれども負けはしない!
*
そして数回、猿の群れと戦闘を繰り広げた。
「へぇ、これが魔核ってやつ? 初めて見た」
ウィンディが手のひらにおさまる程度のゴツゴツした鉱石を手に取る。
ダンジョン探索をしたことが無いこのパーティには珍しい物のようだ。
代わる代わる手に取り、石を眺める。
倒した後には、群れにつき必ず一つは銀の魔核が落ちていた。
つまり元を辿ればたった数体の増える猿が、この森に数十体となってテリトリーを広げていたことになる。
ダンジョンがランダム構造じゃなかったら、とっくに地上に溢れ出てそう......。想像して、少し身震いをする。
でも......。
これで「ダンジョンの魔物が地上に居る」ことは確認できてしまった。
リュミナの性格上、一般人も居るような地上へ、無差別に送り込んでるとは思えない。
これはやっぱり他の誰かの仕業。
シルヴィオさんが言っていた「魔物は作り出せる」という言葉は真実と思って間違いなさそうだ。
これがエンドレイク教団の実験的な試みなのか、何か狙いがあるのか──。
考えがまとまらないわたしの耳元に、鳥のさえずりが届く。
枝葉をしならせ擦れ合う、微かな葉音。
森に鳥たちが戻ってきた。
差し込む木漏れ日が、緑の香りをいっそう濃くする。
そのうち小動物たちも帰ってくるだろう。
とりあえず、これで一安心かな?
依頼完了! 街へ戻ろうっ!
*
その後もしばらく森の中を散策し、異変がないことを見届けたわたしたちはルーミナへの帰路に着いた。
森を抜けると、太陽の眩さに思わず目元を手で覆う。
「しかし、ティエナの狙撃。正確すぎて怖ぇわ。どうやったらあんな動くしっぽの先端を射る──なんてこと出来るんだ?」
帰りの道すがら、グロウが肩をすくめ首を横に振った。
あれ? ひょっとして褒められてる?
でへへ、照れちゃうな!
「いやいや、修行のたまものですよ」
頭に片手をやり、ペコペコしながらもニヤける頬が止められない。
もう片手を皆にヒラヒラ振る。
どうもどうも。A級です!
「その若さで血のにじむ様な試練を乗り越えてきたのだな。俺もさらに腕を磨かなくては」
アクセルが眼前に握りこぶしを掲げると、太陽の煌めきが手甲を光らせる。
......。
今のは自然現象? 魔法? 光が信用出来なくなりそー!
すぐに試練っていっちゃうあたり、アクセルは生粋の光属性なんだなぁとも思っちゃう。
「さぁさ、皆。ルーミナが見えてきたよ」
ウィンディの声に振り返ると、遠くにそびえる白い城壁が冬の光を受けて輝いている。
「今度は休憩させろよな」
グロウが目元をしばたかせ、大きく口を開いて欠伸をし、腕を天に伸ばして背を反らせる。
「私は風呂だな。流石に汚れと匂いで嫌になる」
ウィンディはポニーテールの先をつまみ、毛先を見つめると、眉を寄せ髪の毛を再び後ろへと流した。
「あはは、わたしの依頼に付き合ってもらってごめんね?」
《清流の手》で洗浄してあげたい気持ちはあるものの、むやみに権能を使うわけにもいかず、少し歯がゆい。
「気にしなくて良いのよ。ティエナちゃんと知り合えたし、楽しい旅だったわ」
わたしの頭をポンポンと軽く叩く。
そんな感じで話をしながら、やがて噴水都市ルーミナに到着。
白壁の冒険者ギルドの扉をくぐると、軽快なベルの音が響く。
建物内は今日も賑やかだ。
冒険者たちが掲示板を取り囲んでいる。
どこのギルドでも見かけるようななんてことない風景──
この時のわたしはまだ、それが長い一日の始まりになるなんて、夢にも思っていなかった。




