第16話 冒険者は立ち止まらない
ノクが拐われた。
その犯人は竜信仰──エンドレイク教団らしい。
「ヤツらの信仰、ヤツらの願いは──竜による世界の破滅だ」
とんでもない話だ。
でも、シルヴィオさんが冗談を言ってるようには聞こえない。
「奴らは竜に願って、世界の破滅を望む。そしてその手段として、魔核から竜を生み出す方法を見つけてしまった。ということだ。
いまはまだ静かだが、帝国内の各地で魔核竜の目撃が増えてきている。軍もその対応に追われているところだ」
山から吹き下ろす冬の冷たい風。
わたしは身震いし両腕で身を抱き寄せた。
ノクを奪った連中が、そんな竜を……?
シルヴィオさんは何かを言いたげに片手をあげようとしたが、力なく下ろす。
そして、しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「とりあえず……ノクの身はすぐに危険なことにはならんだろう」
「ど、どういうこと!? なんでそんなのわかるの!?」
「奴らがノクの本質を知っていようがいまいが……。
……信仰心があるのであれば『竜』に対しては何もできんはずだ」
少し何かを含んだ物言いだったが、それは果たしてわたしに対しての気遣いなのか。
「楽観しろとはいわんが、悲観もするな。だが……できることなら竜のことなど忘れて生きろ」
シルヴィオさんは再び白馬にまたがり、馬上からわたしの目をまっすぐにみつめる。
冷たいように言い放つが、これはきっとわたしの事を気づかって言ってくれてるのだろう。でも──
「絶対に忘れられないから、どんな苦労してでも取り戻す! ……それでいいってことだよね?」
吹き抜ける風がわたしの顔を叩き、髪を激しく波打たせる。
「好きにすれば良い。……どうせ、リヴァードと同じで一度決めたらどこまでも進むのだろう?」
「……うん!」
決意をあらたに、力強く拳を握る。
わたしの姿を見て、シルヴィオさんもこくりと頷いた。
「改めて聞くが──麓の街までなら送ってやるがどうする?」
*
結局、街まで送ってもらうことにした。
少しでも早く状況を打破したいという焦りはあるものの、現状どうしたらいいのかもわからない。
アクレディア帝国軍で何か把握している事があれば教えて欲しかったけど、
「お前を軍本部に関わせる気はないし、そこまで連れていく気もない」
と、断られた。
街が見える頃合、シルヴィオさんは馬をとめる。
わたしは馬から降りると、シルヴィオさんを見上げた。
正直街に来ても、頼れる人は居ない。何かきっかけ探しにまた聞き込みからやってみるけど……。
「とりあえず、送ってくれてありがとう。少し調べてわからなかったら、帝都まで聞き込みにいくね」
馬上から冷ややかな目線が刺さる──ように感じるだけで本人は何も考えてないかもしれないけど……。
冬の風が二人の間をすり抜ける。わたしは思わずコートの前を両手で押さえた。
「お前は冒険者なのだろう?」
それだけ告げると、冬の空気を切り開くように白馬をひるがえし駆けて行った。
わたしは、街道を駆けていくその後ろ姿が見えなくなるまで、ひとり立ち尽くし見守った。
*
こうして、わたしは関所近くの街「ミルド」まで戻ってきた。
まずは最初に酒場に立ち寄る。もちろんあの竜信仰の女がいないかの確認のため。
……でも、見た顔はなかった。わかってはいたけど、胸の奥がまた冷たくなる。
今日は夜空も曇で覆われ、星の煌きもお休みのようだ。
キンと冷え切った空気の中、わたしは前と同じ宿屋に訪れ扉をくぐる。
建物の中はランタンの明かりで薄明るく照らされており、室内はほのかな温もり。
そして前と変わらぬ部屋で、ただひとりベッドに転がっている。
横をふと見れば、尻尾を抱きかかえるようにして寝息を立てているノク。――が居ない。
いままでこんなことがなかったから、ぽっかり何かが抜け落ちたような気持ちだ。
「ノク……ちゃんとご飯食べてるかな」
何もない空間に向かってぽそっと呟く。
すると不思議なことにわたしのお腹がぐ~と鳴る。
お腹……減ってたのか。そういえば今日は何も食べてないや……。
身を起こしてお腹をおさえる。
こんな時でも空腹を感じるんだなぁ。
わたしはふたたび身体を倒すと、うつ伏せになって枕に顔をうずめる。
「あ~あ……。ノクもわたしの事を心配してるんだろうな。『なんでご飯食べてないの!?』とか言われちゃう」
……このままじゃダメだよね。
身体を起こし枕を抱きかかえる。そして収納袋から乾燥パンを取り出し、少しちぎって口に放り込む。
やっぱり何か買い出しに出ればよかったかな。ちょっと固いや。
ノクの事は心配だけど、それでぼんやりしてちゃダメだ。
わたしはわたしらしく、前に進まなきゃ。
シルヴィオさんも言ってたよね。「お前は冒険者なのだろう?」って。
そしてもうひとちぎり、乾燥パンを口へと運ぶ。
……うっ!
わたしは乾燥パンを飲み込もうとしたが、咽喉につまらせ、
ゴホゴホとむせる音が空虚な部屋に響く。
夜中の外の静けさが、その異様な音を際立たせた。
ベッドから立ち上がり、机の上に置いてあったコップに水を注ぐと一気に飲み干す。
「――ぷはっ!」
喉のつかえがとれてほっとする。
……。
「あ、そうか」
その時ようやく気付いた。
シルヴィオさんの言ってたこと、あれって冒険者ギルドに行けってことだったのか!
もぉ~、一言足りないんだってば!
アドバイスするなら「冒険者だろう?」じゃなくて「冒険者ギルドに行ってみればどうだ?」でしょ~!?
……でも、ありがとうシルヴィオさん。
やるべきことが見えてきて、少し心のつかえがとれた。
――よし、明日は冒険者ギルドに行こう!




