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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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番外編1 お嬢様、逸材を追う。

 まだ朝の喧騒が始まる前。スタトの冒険者ギルドの受付にひとりの少女が現れた。


 鮮やかな赤を基調にした冒険者装束、整えられた金色の縦ロール。


「本日も、討伐依頼をいただきに参りましたわ」


 イグネア・フレアローズ。


 貴族出身でありながら若くしてBランクに到達した実力派で、スタトでは知らぬ者のいない存在である。


「おはようございます、イグネアさん。また単独で?」


 受付嬢が慣れた口調で尋ねる。


「ええ。相応の方が現れない以上、やむを得ませんわ。無能か、もしくはわたくしの家柄に目がくらんだ方ばかりでは、パーティを組む意味がございませんもの」


 返答はさらりとしているが、その実、イグネアの胸中には小さな苛立ちと寂しさが混ざっていた。


 それでも彼女は依頼をこなす。

 今日の依頼は、郊外の森に出没するといわれる牙影狼(がえいろう)の存在確認および討伐――いわゆる森の調査依頼である。郊外とはいえ、片道一日程度はかかる距離だ。


 イグネアは慣れた手つきで依頼の申し込みにサインをすると、必要最低限の物資を詰め込んだポーチ型の収納袋を携えて、颯爽とギルドを後にした。


 すれ違う顔見知りたちに挨拶を交わしながら、開放的なスタトの門を抜け、森へと続く街道に出る。


 快晴の空の下、イグネアは軽やかな足取りで街道を進んでいた。


 そのときだった。


 遠くの林の切れ間で、何か嫌な気配が大きく爆ぜた。


「……なにごとですの!?」


 足を止めて目を凝らすと、街道を少し外れた草地のあたりで、一頭のツノイノシシが突進していくのが見えた。


 対するのは、小柄な少女がひとり。


 白い服に青のマント、淡い水色の髪が、草の上で風に揺れていた。


「危ない……!?」


 駆け出そうとしたイグネアだったが、思わず足を止めた。視界の先で――少女の足元から水が突如走ったからだった。


 水の矢が一直線に(ほとばし)り、ツノイノシシの眉間に命中。

 そのまま、巨体は地面に崩れ落ちた。


「……え?」


 戦いは、たった一撃で終わっていた。


 少女は落ち着いた様子でツノイノシシの死体を確認すると、なにやら魔法のようなもので処理を始め、最終的にはその死体の姿を消してしまった。


 ……収納袋にでも入れたのだろうか。

 背の高い草むらに紛れるようにしてその様子を観察していたイグネアは、いったんそのように結論づけた。


 遠くて詳しくは見えなかったが、少女の一連の動きには無駄がなく、場慣れした様子すら感じられた。それは単なる慣れというより、技術と感覚が研ぎ澄まされた、洗練された動きだった。


「あの身のこなし……あの魔力……高ランクの冒険者か何かですの……?」


 イグネアは唇に指を添えて、考え込むように呟いた。


「……でも、あの若さで、ひとりで?」


 距離が遠くて、あの少女の表情は読み取れない。それでもイグネアは少女の確かな実力と、澄んだ魔力の気配を感じ取っていた。


「……逸材、かもしれませんわね」


 イグネアは獲物を狙うように眼を鋭く細め、名も知らぬ少女の姿を脳裏に焼きつけた。そして、ふっと口元を弛めた。


 なんにせよ、今の依頼は早急に終わらせてしまおう。そう胸に抱くと、森の奥――依頼の地へと足を進めた。

 

 そして、一日が経過。

 イグネアは牙影狼の目撃情報があった森の調査を進めていた。隅々まで足を運ばねばならないかと覚悟していたが、幸運なことに森へ踏み入ってから小一時間ほどで、牙影狼の咆哮が森に響いた。イグネアは思わずほくそ笑む。

 

 黒い影をその身に纏う三体の狼が、低く唸りながらイグネアを包囲していた。

 

「品がありませんわね」

 

 イグネアはひょい、と身をひねって一体の牙影狼の突進をかわすと、レイピアを軽く振るっただけで喉元を正確に貫いた。

 

 身体を動かしながらも、頭の中は昨日出会った少女のことでいっぱいだった。

「それにしても……あの魔法、どうやって制御していたのかしら」

 

 二体目が飛びかかってくる。炎の小球を足元に転がすと、爆ぜた火が狼の動きを鈍らせ、その瞬間にレイピアで脇腹を切り裂いた。

 

「水属性であそこまで圧倒的な貫通力……信じられませんわ」

 

 最後の一体は吠えながら突進してきたが、イグネアは後ろへとくるりと一回転しながら、無駄のない踏み込みで喉元を突き、一閃で仕留めた。

 

「……あの子、いったい何者ですの?」

 

 三体の狼の死体が森の草の上に横たわった。だがイグネアは一瞥(いちべつ)することもなく、レイピアの穂先を布で拭った後、無駄のない所作で鞘へとしまった。



 スタトへ戻ったイグネアは、まず冒険者ギルドの素材買取カウンターに討伐の証拠になる魔物素材を提出した。

 買取職員と少し言葉を交わすと、その足で受付カウンターに向かい、任務完了の報告も済ませた。

 そして、その場ですぐに受付のクラリスを捕まえた。


 イグネアはスラリと背を伸ばし、指先を軽く顎に添えて、クラリスの目を見つめながら話を切り出した。

「クラリスさん、少々お伺いしたいのですけれど。数日前、ツノイノシシをひとりで持ち込んだ少女がいたと聞きましたの」

「ええ、来ましたよ。ティエナさんですね。水色の髪の、すごい新人さん」

 クラリスは割れた水晶のことを思い出して、苦笑いを浮かべた。


 イグネアはクラリスの表情を見ながら、さらに質問を重ねる。

「それで、どんな方でしたの?」

「受付では丁寧で礼儀正しかったけど、ちょっと不思議な子でしたね。小さな白い竜も連れてましたし」

 クラリスは考えるように頬に手を当て、ぼんやりと視線を天井へ動かした。


「クラリスさんが『すごい』とおっしゃるからには、何か相応の出来事がございましたの?」


「そうですねぇ。リヴァードさんのお孫さん――後継者として育てられた方みたいですよ。リヴァードさん、亡くなられて……。ティエナさん、それで冒険者証の返納に来られたんですよ」

 そう話しながら、クラリスは下を向いて目を伏せた。


 思ってもいなかった返答に、イグネアも言葉を詰まらせた。

「リヴァード……あの伝説の狩人の……? その伝説も、ついに……亡くなられましたのね」


「ええ、でもそのリヴァードさんに『育てられた』っていうだけあって、狩人の腕は相当なもののようですよ。買取の素材がピカピカだって、ガルドさんがびっくりしてました」


 まさか、あのリヴァードの後継者だったとは。思っていた以上の情報に、イグネアの胸は高鳴った。


「あと、ギルド備品の不備だって思われそうですけど、冒険者登録するときに、魔力測定用の水晶を割ったんですよ」


 クラリスの言葉の真意を測りかね、イグネアは訝しそうに返す。

「落として割った――という話ではなくて……?」


「私、現場にいたんですけど、マナを通してもらったら、青い光が弾けて……一瞬で粉々。老朽化かとも思ったんですけど、そういう壊れ方じゃなかったですし」


 その言葉にはイグネアも思わず目を丸くした。

「……なんということ」


 聞けば聞くほど想像をはるかに超えてくる逸材の情報に、イグネアの瞳が輝きを帯びた。


 イグネアは軽く顔を伏せると、ぼそりと呟く。

「やはり……間違いありませんわ。あの子ですわ……」


 これほどの実力を持ち、なおかつ出自も申し分なし。しかもあの若さ。わたくしが求めていたのは、まさにこういう方……!

 イグネアの胸中で目まぐるしく想いが巡る。


 自然と口の端があがっていることにイグネア自身も気付いていなかった。


「これはもう――わたくしのパーティに、お誘いするしかありませんわね」


 得られた情報に心を躍らせていたイグネアはティエナの所在をクラリスに尋ねた。だが、クラリスが口にした一言で、思わず絶句した。


「宿の紹介? してないですよ。でも今朝、商店街で食べ歩いているのを見かけましたから、まだこの街のどこかにいると思いますよ」


 女神のような光を放っていたあの少女。滞在しているとすれば、どこかに宿をとっているはず。そう考えて、イグネアは次の行動を思案した。


「……これは、わたくしに与えられた試練……。これしきのことでパーティへの勧誘、諦められませんわ!」


 覚悟を決めると、すぐにイグネアは聞き込みを開始。街の中へ足を運ぶのだった。

 あわよくばバッタリ出会うこともあるかもしれない。そう考えて見慣れた街をキョロキョロと、顔を周囲に巡らせながら歩くイグネアに、知人が声をかけてきた。


「あらイグネア様、どうされました? お探し物?」

「ええ、少々……白くて小柄で、淡い水色の髪をした子を見かけませんでした?」

 知り合いに会うたびに、その質問を繰り返す。


「ああ! いましたいました! 惣菜いっぱい買ってた子ね」

「うちでは髪飾り買ってってくれたわよ〜」

「なんか両手に食べ物いっぱい抱えてましたね」

 意外と多い目撃情報に、イグネアは安堵する。


「少しずつ、近づいていますわ……!」

 そう自身を鼓舞しながら、聞き込みを続けた。


 ――そして翌朝。

 イグネアはついに『木もれ日亭』に行き着いた。

 高鳴る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと宿の扉を押し開ける。


 帳場には、栗色の髪の落ち着いた女将が座っていたが、玄関に立つイグネアの姿に気が付くと、すぐに腰を上げてイグネアの元へ近づいた。


「これはこれは……イグネア・フレアローズ様。こんな場所へ……今日はいったいどうなさいました?」

 頭を下げようとする女将を手で制し、イグネアはやんわりと返答した。

「ご宿泊のお客様に、ご挨拶を兼ねてお伺いしたくて。ティエナさん……こちらに宿泊されておられますわね?」

「なるほど。ティエナさんでしたら、今お部屋にいらっしゃいますよ。すぐにご案内しましょう」

「お気遣い結構ですわ。ありがとうございます。場所さえわかれば自身で参りますわ」

 社交界で築き上げられた最高の微笑みをもって、女将に感謝を伝えた。


 そして、階段下で一度足を止める。一歩ずつ、丁寧に、確実に、自信を持って、イグネアは階段を上っていく。

 辿り着いた扉の前で深呼吸。


 この扉の向こうに、ずっとイグネアの求めていた『出会い』が待っている。――そんな予感を胸に、拳を軽く握って持ち上げて扉を叩く。


 コン、コン。


「はじめまして、ティエナさん。わたくし、イグネア・フレアローズと申しますわ。あなた、わたくしのパーティに――」

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