第6話 友達とぶらっと街を歩くだけ
結局、昨日は一日中ごろごろして過ごしちゃったなぁ。
イグネアから届いた手紙を何度も読み返しては、お茶を飲んだり、お菓子をつまんだり。それから、ちょっと読みかけだった娯楽本をあれこれ手に取って──またお菓子。
そして、ようやく手紙の返事を書いた。わたしも元気にしてるよーって。宮廷魔術師のシルマークさんと、なんとお友達になっちゃったよーって。……驚いてくれるかな?
今日はその返事を、冒険者ギルドに預けにいくつもり。
膝上までの白いチュニックに、ふわりとした青のオーバースカート。青地に金の刺繍が入ったマントを羽織って、お気に入りのスタイルでお出かけだ。
ノクにもお揃いの小さなマントを着せてあげたら、得意げに尻尾を振っていた。……まぁ、この辺はいつも通り。
宿の前の小路を抜ければ、すぐにエルデンバルの大通り。
石畳の道には、色とりどりの屋台がずらりと並び、雑踏の中には人々の笑い声が響いている。香ばしいパンの匂いや、食欲をそそる焼き肉の香り、甘くてみずみずしい果実の香りまで、風に乗って次々と届いてくる。
道端では、即興の絵を描いて売っている画家がいたり、楽士たちが奏でる音楽に、通りすがりの人たちが気軽に投げ銭をしていく。
この小さな通りから出るときは、いつだって胸が弾む。何度見ても、わたし、この景色が大好きなんだよね。
エルデンバルの冒険者ギルドは、ダンジョン管理局に併設されている。だから、これから向かうのは、ダンジョンの入り口がある中央城壁の方。
大通りの雑踏を進むことになるけど──人が多いから、ノクとはぐれないようにしないとね?
ノクは、いつものようにわたしの肩に掴まっている。
「ちょっと、ノク! 新作のクッキー出てるよ! あ! あの店の帽子、可愛くない? 水色のリボン、わたしの服にも合いそうじゃない?」
「もー……ここ通るたびに、そんなこと言ってるけど。路銀、使い込まないでよ?」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ。もごもご」
「……って、なんで焼き菓子食ってんのさ!? いつの間に買ったの!?」
「ノク、これ超美味しいよ! 当たりだよ! あの洋菓子店、今後もチェックしなくちゃ……って、あれ?」
人混みの向こう、大通りの雑踏から──頭ひとつ分、ぴょこっと飛び出している銀色の髪が見えた。
むふー! あれって、あの人じゃない?
……っていうか、なんで街にいるの!? 男の人たちの中でもあの頭の位置って、ほんとすごいよね〜。やっぱり背、高っ!
今日はダンジョンじゃないんだ? 予定なくばったり出会えると、なんだか嬉しくなっちゃうな。
よ〜し──こっそり近づいて、ちょっと驚かせちゃおっかな!
森の中で鍛えた狩人スキル、発動っ! 人混みの中をすり抜けて、気配を消して近づくくらい──朝飯前だよ!
わたしは腰を落とし、流れるように人を縫って、あの銀髪の背中へ忍び寄った。
そして、えいっと背中にジャンプ! ぎゅっ、と首筋に掴まる!
「わひゃああ!!」
「オーキィ、こんなとこで何してんの?」
「ティエナちゃん!? びっくりしたぁ〜! もうちょっとで地面に叩きつけちゃうところだったよぉ!」
……ほんと、武闘派の治癒術師は怖いなぁ。
「よっ」と、背中からおりて、改めて久しぶりの友人を見上げる。
彼女はオーキィ・アルセリナ。白を基調にした清楚な修道服風のローブに、淡い青のマントを羽織っている。
長い銀髪は丁寧に整えられ、腰のあたりでゆるく括られていた。
身長はかなり高い。わたしが背伸びして、ようやく肩に届くくらい。……まあ、わたしが低いのもあるかもだけど。
彼女は水の神を奉じる治癒術師。水の神っていうのは……もちろん、わたしのこと! えへへー、照れちゃうな〜。
「……突然くねくねしてどうしたの?」
ノクの呆れ声は、スルーでお願いします。
「ノクもひさしぶりだね」
オーキィがノクの頭を優しく撫でると、ノクも気持ちよさそうに目を細める。
「うん、元気してた?」
「もちろん、元気よ〜!」
そう言って、オーキィは軽く腕を曲げてみせる。
細身に見えるのに、ほんとパワーすごいんだよねぇ。
「今日はメイス持ってないんだね?」
「街中歩く時に持ってたこと、ないでしょ?」
手元を口元にあてて、クスッと笑う。
「今日はダンジョンじゃないの? フィンは?」
フィンというのは、オーキィの相棒でスカウト。わたしにとってはダンジョン探索の師匠、みたいな存在。
あんまり歳は変わらないと思うんだけど、知識がすごいんだよね。ダンジョンで生き抜くために必要なこと、いろいろ教わった。
わたしたちはパーティを解散したけど、オーキィとフィンはあれからもダンジョンに潜って稼ぎを得てる……はず、なんだけど。
「それがねぇ、最近フィンくんはダンジョン管理局の依頼で、時々講師やってるのよね。講義の時間は私も暇になっちゃうから、こうして息抜き中」
「えええ〜!? そうなんだ? フィンって、そういう依頼受けるタイプじゃなさそうなのに〜!」
「『低ランク冒険者に知識と経験を与えて、生存率を高める』っていうプロジェクトが始まったのよ。で、講師依頼が来て──最初は断るつもりだったらしいんだけど……」
オーキィは、歩きながら話を続ける。何も言わないけど、わたしの歩幅にさりげなく合わせてくれてるの、優しいなぁ。
「ダンジョンで出会った『石拾い』の兄妹、覚えてる?」
「うん。大変そうだったよね」
「石拾い」っていうのは、ダンジョンの低階層で、あまりお金にならない魔物の核──通称「魔石」を集めて、なんとか生活してる人たちのこと。
「あの子たちを含めたメンバーが、第一回の講義対象だったの。それを見て、引き受けたみたい」
「フィンもクールぶってるけど、面倒見いいもんねぇ」
「そうなのよ〜。それから定期的に講義しては、最初のセーフレストまで一緒に行って……っていうのを繰り返してるのよね。
あ、ダンジョン潜る時は私も着いていくよ?」
「オーキィがいたら、怪我しても安心だもんね」
「そうそう。た〜くさん怪我してほしいわぁ……うふふ♪」
あ、うっとりしてる。治療中毒なのは……やっぱり変わってないなぁ。
「ティエナちゃんは、これからギルド?」
「そう! イグネアから手紙が来たから、その返事を送るところで――」
そのあとは、イグネアやシルマークさんの話をしながら、
途中でジュースやクレープを買ったりして、オーキィと楽しくギルドに向かった。
*
ここエルデンバルでは冒険者ギルドとダンジョン管理局は建物を同じくしており、オーキィとは管理局前で立ち止まり、少し話をした。
わたしとノクが今後やるべきこと──それは、ノクの出生を握る洞窟を見に行くか、わたしの出生を握る村を探すか、ということ。
どちらにしても、じいちゃんの眠る森に一度戻ろうと言う話をしており、そのため、エルデンバルからしばらく離れることになる。
ちょうど良い機会だったので、その事をオーキィに伝えておいた。
「うん、わかったわ。そのうちエルデンバルにも戻ってくるでしょう? それまでにまた良いカフェ探しておくわね」
「楽しみにしてる! フィンにもよろしくね!」
「ノクもまたね」
オーキィがノクの頭をさらりと撫でる。
「うん、また来るよ」
そうして軽く手を振り、わたしとノクは冒険者ギルドに向かった。
簡単な手続きをして冒険者ギルドにイグネア宛の手紙を預ける。
さて、これで今日のギルドでの用件は終わり。
オーキィとひさしぶりに話せて良かったなぁ〜。街ブラも楽しかった!
さて、あとは旅に必要な物をばっちり揃えて、宿に帰るだけだね、ノク?
「……それ、本当に必要?」




