第51話 もと女神は冒険者はじめます!
「帰ろう」って決めたものの、50階層から戻るには、46階層のセーフレストまで歩いて戻らなきゃいけない。
来た道とはいえ、やっぱり気が重いよね。
でも一度踏破してるルートだから、特に大きなトラブルもなく進めた。
わたしにとっては、47階層の「空の断崖」も、46階層の「罠の迷宮」も初めてだったから、もう終始テンション上がりっぱなし!
「ひゃ~~! たか~~い!」とか、「罠ばっかりで息が詰まるぅぅぅ~!」とか叫びまくって、
レオに「チビがうるさくて頭が痛くなるわ」って言われちゃった。
レオは本当に頭が痛いのか、それとも暑いのか、黙って額の汗をぬぐってた。
すると、イグネアが振り返りもせずに、そっとハンカチを差し出す。
水袋の水でちょっとだけ濡らしてあったみたいで、見るからに気持ちよさそうだった。
レオは何も言わずにそれを受け取って、静かに額をぬぐう。……ほんと、レオって不器用だよね。イグネアもかな?
「ティエナちゃんがいると賑やかで楽しいよね」
「全くですわ。居ないと――やはり寂しいですわよね」
オーキィとイグネアがそんな話をする。
「え? わたし、そんなに騒がしいかな?」って、思わず言っちゃったけど――
「森に居たときから騒がしいよ?」とノクが返してくる。
「それはじいちゃんがあんまりしゃべらないから、わたしが話しかけてただけじゃん!」
「じいさまがうたた寝しててもずっとしゃべってたけどね……」
そんな会話をしていたら、また周りで笑い声がおこった。
あぁ、このパーティでずっと続けられたらなって思ってた。
*
第三のセーフレストに戻ったときには、他の冒険者たちも到達し始めていて、
見渡せば数パーティが滞在しているようだった。
ここまで来れる冒険者たちは、みんな相応の実力者ばかり。
けれど疲労困憊で、ここから先に進むか引き返すか、議論しているパーティも多いみたいだった。
そんな中で、四十六階層から帰還したわたしたちには情報を得ようと冒険者たちが集まった。
「情報は宝であり命」ってフィンはいつも言って出し渋るけど、
結局のところは、根負けしたふりして話してあげちゃうんだよね。
無駄に命を散らせたくないって、彼も心の底で思ってる。
それに、どうせこの後ギルドとダンジョン管理局に情報提供することになるし。
……まあ、それでもちゃっかり魔核と交換してたけどね。さすがフィン。
質問に一通り答え終えると、わたしたちは帰還装置の前に立つ。
これでようやく、ダンジョンからの脱出だ。
*
陽の光が眩しかった。久しぶりの本物の太陽。
エルデンバル中央――内壁の中にある自然区域。
本物の木々に触れて、わたしは嬉しさのあまり幹に抱きついちゃった。
……みんな、ちょっと白い目で見てたけど。
このまま宿に戻って全身脱力して寝てしまいたかったけど、
先にギルドへの報告を済ませようということになった。
「わりぃ、俺は先に宿とって寝させてもらうわ」
レオだけがそう言って退散。仮病じゃなさそうだったけど……大丈夫かな?
あとでフルーツでも買って、お見舞いに行こう。
報告はイグネアが中心になって進めてくれた。
各階層の特徴、第三のセーフレストの存在、
そして五十階層での行き止まりと、あの『ダンジョンの主』のこと。
その時ばかりは、わたしが前に出て説明することになった。
でも――「なぜもっと詳しく聞いてこない!」って、ギルドと管理局の人に怒られた。
情報提供してるのに、なんで怒られなきゃいけないのよぉ……。
光の神がダンジョン創造に関わってるって話も、真偽が問われるらしく、
一人の証言じゃすぐに事実としては扱えないみたい。
うん、それは……まあ、そうだよね。
でも、リュミナにまた会える人って、今後出てくるのかな。
あと、四十一階層以降がいかに危険かってことも報告したつもりだったけど――
その場にいた光の信徒たちが「これは神の試練であるぞ!」って燃え上がっちゃって。
なんだか、突入する冒険者の数は減らなそう。
「これだから……」と、オーキィが呆れた顔で様子を見ていたのが印象的だった。
報告を終えたあとは、もう全員クタクタ。
宿をとって休もうって話になったけど、
わたしはその前に、メインストリートの果実屋さんでリンゴをひとつ。
甘くて美味しいって評判のやつを買った。
そして宿に戻って、レオを訪ねたけど――
レオはいつの間にか、いなくなっていた。
*
レオがいなくなった件について、誰も何も聞かされていなかった。
疲れがピークだったこともあり、その夜はそれぞれ自分の部屋へと解散。翌朝、もう一度集まって話し合いをする予定だったけれど――夜が明けても、レオは帰ってこなかった。
わかっているのは、レオが「剣」を持ったまま、黙って姿を消したということ。
「持ち逃げしやがって!」とフィンは怒っていたけれど、それ以外の魔核や宝箱の戦利品はすべてこちらにあって、何よりあの剣は他の誰にも扱えそうにない。
最終的に、レオへの報酬は「剣ひとつ」という形で、わたしたちの中では決着がついた。
四十八階層で得た数多の炎の魔晶については、イグネアが「報酬としてそれをいただきたい」と申し出たため、それ以外の魔核を換金した分は、イグネア以外の四人で等分することになった。 もちろん、ノクもちゃっかり“一人分”としてカウントされている。よかったね、ノク?
そのあと、イグネアと一緒に、四十二階層で集めた冒険者たちの遺品をギルドに届けに行った。
多くの命が、あのダンジョンに吸い込まれていった。きっと、これからも。
リュミナのやろうとしていることには、どうしても賛同できない。でも、それでも今日もまた、夢を追い求めて冒険者たちは潜っていく。その流れを、わたしひとりで止めることなんて、できなかった。
神だったころの記憶が少しずつ戻っているのに、どうしてだろう。心の奥には、何かを置き忘れてきたみたいな、さびしさが残っていた。
いつもより歩みが遅いと自分でも感じる。イグネアはわたしの歩みに合わせてくれていた。
わたしが宿に戻ると、玄関ホールでオーキィが待っていてくれた。
「ギャラリーのあるカフェに行くでしょ? ティエナちゃん?」
*
ギャラリーを見て回ったあと、夕暮れまでカフェのテラス席で三人でゆっくり話をした。
ダンジョンでの辛かったこと、楽しかったこと。
レオやフィンのかっこよかったところ。逆にちょっとおかしかったところ。
……フィンも来ればよかったのにね? ノクも「今日は部屋で本を読む」って言って来なかった。こんな時くらい、顔出せばいいのに。
夕焼けが、ゆらゆらと揺れていた。ああ、終わるんだな――そんな寂しさが、胸にしみた。
イグネアとわたしは、もともとギルドの依頼でダンジョンに来ただけ。
フィンやオーキィみたいに、探索を“生業”にしているわけじゃない。
だから――ここが旅の終わり。みんな、それを分かっている。
楽しいはずなのに、少しだけ切ない。
ぼうっと空を見上げていたら、イグネアがそっと、わたしの手の上に自分の手を重ねた。
オーキィが後ろから、やさしく抱きすくめてくれる。
「いままでありがとうね、ティエナちゃん」
耳もとで、オーキィがそっとささやいた。
空に浮かぶ雲が、形を変えながら、ゆっくりと滲んで消えていく。
わたしたちは、それを見つめながら、しばらく黙っていた。
*
魔力灯が街を彩り始めた頃には、わたしの気持ちも、ずいぶん落ち着いていた。
パーティが解散しても、もう会えないわけじゃない。これからだって、ずっと友達――そう、理解している。
カフェの前での別れ際、オーキィがわたしに向き直り、いつになく真面目な顔をして姿勢を正す。
胸に手を当て、丁寧に一礼してくれた。
「これまでの冒険、ご一緒できて楽しゅうございました。またいつか、お傍でお力添えしたく存じます」
そしてすぐ近くまで歩み寄り、小さな声で続ける。
「またお会いいたしましょう――『ティエル』さま」
……どきりとした。見上げるとそこには、いつものオーキィのいたずらっぽくて、どこか満足げな笑顔。いつから気づいていたんだろう。いや、気づいていないわけないよね。
「フィンくんは気づいてないから安心してくださいね~!」
そう言いながら、手を振って、大通りの雑踏の中へと消えていった。
オーキィは――ずっと、変わらないままのオーキィだった。
わたしという存在を、そのまま受け入れてくれた。それだけで、胸の奥があたたかくなる。
ひとつ、心に明かりが灯ったような気がした。
「いきましょうか」
そう声をかけてくれるイグネアと一緒に、わたしは歩き出す。
通りすがりの店を指差して「あれが欲しい」「これ食べてみたい」って、つい無駄話ばかりしてしまうけど、イグネアはそのたびに、ころころと笑って付き合ってくれた。
――そんな帰り道だった。
*
「ただいまー」
部屋に戻ると、まだノクはベッドの上で本を読んでいた。そのままイグネアは自室に戻るのかと思ったけど――
「ティエナ、それにノクも。ちょっとよろしいかしら?」
真剣な表情で、わたしたちを見つめていた。
わたしはイグネアを部屋に招き入れ、ノクと一緒にベッドに座る。
イグネアはわたしたちに向かう位置に椅子を動かし、姿勢正しく腰を据えた。
「この度の冒険で、わたくしは自らの至らなさを思い知りましたわ――」
そこから切り出される、イグネアの想い。
「わたくしは、自分の横に立つにふさわしいパーティメンバーを探しておりました。あのスタトの街道でティエナに出会った時は、ついに見つけたと……感動いたしましたわ」
きっと、この先は聞きたくない話になる。けれど、口を挟まずにイグネアの言葉を待った。
「そしてお友達になれて、ここまで一緒に歩んでこれたこと、それはわたくしにとってとてもかけがえのない宝石のような時間でした。ですが、こと冒険において、わたくしはティエナの背中を追うばかりだということに気付きました。それほど……わたくしとティエナには実力差がありましたの」
そんなことない!と、口に出そうとした。でも、イグネアは唇の前に人差し指を立て、何も言わずに聞いてほしいという意を示す。
「驕っていましたのね。わたくしが“隣”だと思っていた方は、遥か前方にいらっしゃいました」
そこで一息ついたイグネアが、優しい声で続ける。
「わたくしが紅鷹の翼のお誘いを断った理由、おぼえていらっしゃるかしら?」
おんぶにだっこは嫌だって言ってたよね。わたしがそう頷くと、イグネアも小さく頷いてみせた。
「これだけはわかっていただきたいのですけど、わたくし、ティエナの“隣に”立ちたいのですわ。庇われるでもなく、追いすがるでもなく、友として……その横に」
わたしはもう、イグネアの方を向けなかった。
凛としていて、綺麗で、そして優しい――その語り口に、いつまでも甘えてしまいそうで。
「必ず、強くなって帰ってきますから。その時は……わたくしをまた、パーティにいれてくださいましね?」
なんども、なんども。
わたしは頷くことしかできなかった。
本当は、もっと話していたかったのに。
もっと一緒に笑っていたかったのに。
イグネアの背中が遠くなるのが、どうしようもなくさびしかった。
本音を言えば、イグネアについていきたい。だけど、否応なく気づいてしまった。
イグネアが、わたしを遥か前にいると言ってくれたけど――実際は、逆だ。
ここまでの冒険は、イグネアやフィンたちが導いてくれて、わたしはただ、それについていっていただけだ。
力を奮ってはきた。けれど、それは“わたしの冒険”の中のことじゃなかったんだ。
わたしはイグネアの決意を邪魔できない。わたしも、自ら選択してつかみ取っていかないといけないんだ。
やっと、わかった。
ああ、わたしの冒険は――
「ここからはじまるんだ」
【あとがき】
まず、この駄文をここまで追いかけていただき、誠にありがとうございました。
日々の仕事のストレス発散(?)に書き始めたもので、とにかく人生初小説チャレンジということもあり、至らぬところばかりだったと思います。小説書くのって難しいですね。ハゲそうです。皆どうやって勉強してるの?
正直、ここまで付き合ってくれた人にはありがとうだし、ここで離脱&フォロー解除されても仕方ない……と思うぐらい、読み返してみれば「ああすればよかった、こうすればよかった」という点が山のようにあります。
それでも、もし第二章以降に付き合ってくれる方がいれば――それはもう、神様です(祈)
一応まだまだティエナの冒険は続きますので、今後も日々悪戦苦闘しながら書き足ししていこうと思っております。
明日以降も極力継続更新していく予定ですので、お時間がございましたらお付き合いいただけますと幸いです。
更新が飛んだら「時間足りなかったんだな」と思ってくださいませ。ではまた何かの節目にでもお会いしましょう!




