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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第40話 砂嵐の終焉

 サンドワームが、構造物ごとゲートを飲み込んだ。


 大口の奥に、ゲートが飲み込まれていく最後の瞬間――

 まるで、それが幻だったかのように、建物は呑まれ、消えた。


「"ゲート"が…! どうするのこれ!?」


 オーキィが目を見開き、慌てふためく。


「はは…! いっそ腹の中に乗り込んでやれば"ゲート"に入れるか?」


 レオが背中からバスタードソードを引き抜きながら、豪快に言い放つ。


「中に入って"ゲート"が稼働してなかったら御仕舞いですわよ?」


 イグネアも冷静に指摘しつつ、レイピアを構え、すでに臨戦体勢に入っていた。


 そのとき、巨大な体躯が大きくうねり、サンドワームがこちらに口を向ける。


 ティエナは弓を構えたまま、その挙動に息を呑む。


「……何か、来るよ!」


 叫びとほぼ同時、サンドワームはのけぞった巨体を大きく振り上げたかと思うと、口内から岩や瓦礫を次々と吐き出した。


 轟音とともに放たれるつぶて。地面を叩き割りながら、雨あられのように降り注ぐ。


「ひえええーーーっ!!」


 ノクが悲鳴を上げ、宙に逃げる。


「こんなの…当たったらぺちゃんこになるよ…!?」


 オーキィも大岩は避けつつ、小さな飛来物をメイスで叩き落としていた。


「命中精度が低いのだけが救いですわね…!」


「質より量なんだろ…そのうち当たっちまうぞ…!」


 皆、避けるのに必死だった。飛び交う礫の中、掠っただけで裂傷を負うほどの威力。完全に回避するのは難しく、次々と浅い傷を負っていく。


 攻撃がひと段落した隙を逃さず、ティエナとオーキィが分担して素早く回復魔法を展開する。


 レオが先に癒されると、構え直したバスタードソードをサンドワームの腹に叩き込む。


「剣よ、地の力で鎧え! 砕きの刃――《アースブレイカー!》!」


 魔力が重く震え、剣が唸る。分厚い外皮を切り裂くことには成功したが、それでも致命傷には遠い。思わずレオは舌打ちをする。


 フィンは己のボウガンが通じないことを即座に見切り、無駄撃ちはせず、戦況の把握と飛来物の警告に専念する。


 オーキィも果敢にメイスを振るうが、弾力ある皮膚に押し返され、バランスを崩した。


「あーもー! 柔らかすぎるのよ、あなた!」


 イグネアは指輪型の魔導触媒に魔力を通し、炎の矢を編み出す。狙いは口腔内。狙撃――命中。


 爆炎が口内で弾け、サンドワームがのたうち回るように身をよじらせた。その振動が地面にも及び、瓦礫が舞い上がる。


「……効いてますが、暴れすぎですわ!」


 サンドワームは苦悶に身を揺らしながら、地面の中へ潜り始める。


「逃げた…?」


「いや……今のは明確にこっちを見ていた。狙ってきてる…!」


 次の瞬間、地面が地鳴りと共に揺れる。


「……これ、どっちに逃げたらいいの!?」


「固まってると皆やられる! ばらばらに散開しろ!」


 フィンの指示で各々が別方向へ走り出す。そのとき――


 ズガァン!


 フィンの足元を突き破り、巨大な顎が天へと伸びる。


「くっそ! そんな気はしてたぜ!」


 フィンは顎の突き上げを跳んでかわすが、止まらぬ勢いで巨体が地面を突き破る。 突き上げられる直前、フィンはナイフを抜き、サンドワームの腹に突き立てて踏みとどまろうとする。 だが、その一瞬の抵抗も虚しく、巨体の力に押し上げられ、空へと放り投げられた。


 その落下先では、オーキィが両腕を広げて待ち構えていた。


「大丈夫!?」


「……すっげえ痛い……。けど助かった、ありがとな」


「いえいえ、こちらこそ、ありがとね!」 にこにこ顔のまま、オーキィは両手からすかさず癒しの魔力を注ぎ込む。 ――すぐに回復は完了したが、その顔にはちょっぴり名残惜しそうな色が浮かんでいた。



 戦況は進まず、疲労だけが積もる。 弾力のある外皮は依然として堅く、打撃も斬撃も効きづらい。口内は一瞬の隙を突くには危険すぎた。


 それでもサンドワームは再び地面へ潜り込んでいく。


 沈黙の中、レオがパンを取り出し、ガリッと齧る。


「この状況でよく食べれますわね…?」


「脳みそ働かせるには栄養がいるだろ!」


「相変わらず堅そうなパンだよねぇ」


 そんな会話に、ティエナの表情がふっとほどける。


(ああ、そうか……)


 浮かんできた違和感が、ある思考と結びつく。


(やわらかいなら……硬くすればいいんだ!)


「ちょっと、やってみたいことができたかも」



 再び地鳴りが走る。


 ――ズガァン!


 またしても地面が激しく割れ、フィンの足元を突き破ってサンドワームの顎が姿を現した。


「なんで! オレばっかり狙ってくるんだよ!」


 フィンは顎をかわして軽やかに跳び上がると、突進してきた巨体にそのまま飛び乗り、背を駆けるようにして駆け抜ける。土煙を切り裂く勢いで滑り降りるように着地を決めた。


「さすがフィンくん! 身のこなし最高!」


 オーキィが飛び交う礫をメイスでいなしながら、満面の笑みで歓声を上げた。


 サンドワームの巨体は再び地表にせり上がり、天を仰ぐように身体をうねらせる――その姿を見上げながら、ティエナはそっと両手を突き出した。


 その構えと同時に、ティエナの周囲に澄んだ水が渦を巻くように立ち上がる。《清流の手》から生まれたその水は、冷気を帯びながら槍の形を成していく――


 螺旋の刃、《氷撃の槍》が四本、空に浮かんだ。


「そのお腹……しっかり冷やさせてもらうよ! トイレ近くなったらゴメンね!」


 四連の氷槍が、唸りをあげてサンドワームの腹へと突き立つ。


 ズドン、ズドン!


 氷の刃は肉を貫き、そこから冷気が一気に広がっていく。 表皮の下に張り巡らされた血管のように、青白い凍結の筋が走り――やがて腹部全体がカチン、と音を立てるように完全に凍りついた。


 ティエナの足元にも冷気が伝わってくるほどだった。


「……いまだよ、みんな!」


 すかさずレオが跳躍しながら振り下ろす。 氷結によって柔らかさを失った表皮に、バスタードソードが深々と突き刺さる。


「喰らえっ!砕きの刃―― 《アースブレイカー》ッ!」


 イグネアはその一瞬を逃さず、全身から魔力を注ぎ込んだ炎の球体を放つ。


「溶けろ――! 《インフェルノ・フレア》!」


 氷と炎がぶつかり、極端な温度差が一気に爆発を誘発した。 その瞬間、サンドワームの腹が内側から破裂するように炸裂する――!


 鈍い悲鳴のような振動音を最後に、巨体が大地に倒れこむ。


 その身をよじる暇もなく、サンドワームは白い粒子となって崩れ落ち、空へと吸い込まれるように消えていった。


 ……空に舞う粒子が落ち着くと同時に、静寂が辺りを満たしていく。


「……やったぁぁぁぁーーっ!」


 ノクが空中でバタバタと手足を振りながら、歓喜の声をあげた。


「はぁ……いつか食われるかと思ったぜ……」


 フィンはその場にへたり込み、肩で息をしながら苦笑いする。


「ふふっ……みんな、おつかれさまですわ」


 イグネアが微笑み、レイピアを納めた。


 誰かが大きく息を吐く音がした。


 皆の顔に、張りつめていた緊張がようやく解ける。


 フィンが頭をがしがしとかきながらつぶやく。

「もうサンドワームはコリゴリだぜ……マジで胃が痛くなるタイプだ、あいつ」


 レオは剣を肩に担ぎながら、口元を緩めて笑う。

「でも、やったな。あんなふうに凍らせるとは思わなかったぜ、ティエナ!」


「レオさんの……カチカチのパンのおかげだね」 ティエナは腕を組み、うんうんと真面目な顔で頷いた。


「はぁ? なんだそれ」 レオは訝しげに眉をひそめながら、バスタードソードを背中の鞘へと戻した。


 フィンが溜め息まじりに笑う。

「ったく……戦利品ぐらい残っててくれよな。でなきゃ、わりに合わねぇ」


 仲間たちも思わず笑いながら、視線をサンドワームの消えた地面へ向けていく。



 荒れた砂地の静けさが、ようやく戦いの終わりを告げていた。


 サンドワームが消えた跡には、大きな土属性の魔晶と、サンドワームが飲み込んでいたらしき装備品の山。そして、地面の崩落と共に消えていた“ゲートの構造体”が――


 まるで時間を巻き戻すかのように、滑らかに地面から姿を現していた。


「……元に戻ってる……?」 


 ……本来なら戻るはずのないゲート。崩れた地面の再生。


 誰ともなく呟いたその言葉が、このダンジョンの“異常さ”を何よりも雄弁に物語っていた。

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