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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第4話 その日、ティエナはお腹いっぱいだった

 スタトの街に来てからというもの、ティエナの毎日は発見と驚きと……あと、ちょっとだけ胃袋の限界との戦いだった。


「ノク見て! このパン、ふわっふわ! 甘い! 塩の味しないのに美味しい!」

「それ、いわゆる菓子パンってやつだよ」

「ねぇねぇ、このお茶、渋くないよ!? 爽やかで、良い香りがする! なにこれ!」

「底にレモンのスライスが入ってるね。清涼感があるのはそのせいかな?」


 市場に並ぶ見たこともない料理に、ティエナは目をきらきらと輝かせた。

 大通りを歩き、屋台の店主に「これもどうだい!」と勧められるがまま、次から次へと買っては食べ、食べては感動して、満足げにほっぺをふくらませた。


「味が層になってるの! 重なってるの! すごい、これ神域の料理じゃない!?」

「さすがにそれは盛りすぎ」


 ティエナは『元神さま』という肩書きを忘れたかのように、地に足をつけて買い食いライフを満喫していた。


 そして――夜。

 木もれ日亭の部屋に戻ったティエナは、ベッドの上でうつ伏せに倒れていた。


「……おなかいっぱいで動けない……」

「何食分食べたの?」

 テーブルの上で尾を抱えるように丸まったノクが、呆れた声をティエナに投げかけた。

 ティエナは口元を押さえながら、空いた手で指折り数えていく。


「三……いや、四? 間食もカウントすると五……?」

「それは『暴食』って言うんだよ」

 ノクが容赦なく突き刺した。


「だって美味しいんだもん……。じいちゃんの料理は『体にいい系』ばっかりだったし、ちゃんと味がする料理なんて初めてで……」

「それで、財布の中身は?」

「……えっ?」


 ティエナがぽすっと枕から顔を起こし、ポーチを漁る。

 出てきたのは、銅貨が数枚と、なぜか干からびたレモンの皮。


「……あ、あれ? これ、昨日の紅茶のやつ……?」

「ティエナ、それじゃあ財布じゃなくてゴミ袋だよ」


 しばしの沈黙。


「……ノク」

「なに?」

「わたし、明日からちゃんと働く」

「言い方が完全に『明日から本気出す』のやつだよ、それ」


 苦笑するノクを横目に、ティエナは天井を見上げながら深く息をついた。


「じいちゃんは狩人になれって言って、いろいろ教えてくれたけど……わたし、これからどうしよう」

「冒険者として、働くんでしょ?」

「うん、それはもちろん。でもその先――『どうなりたいか』までは考えたことなかったなーって」


 思い出すのは、じいちゃんの大きな背中。硬くって、でもいつだって温かさを感じさせてくれた。

 ――その背を、追いかけてるだけじゃダメなのかもしれない。


「じいちゃんみたいになりたいって思ってた。でも今は……『わたし』として、ちゃんと歩きたい」

「神さまだった頃の記憶は?」

「ちょっとずつ思い出してるよ。でもね、出てくるのって『あの冒険者かっこいい』とか『人間界のごはん気になる』とか、そんなのばっか」

「……神の威厳、ゼロだねぇ」

 やれやれと言わんばかりに、ノクが口の端をあげて笑う。

「うるさい! 神様だって恋もすれば食欲もあるのよ!」

「はいはい」

 ふて寝のポーズでベッドに転がるティエナに、ノクは顔を綻ばせた。


「でもそれでいいんじゃない? 神さまじゃなくて『今のティエナ』が何を感じて、どう生きるか。そっちの方が、たぶん大事だよ」

「……そっか」


 ティエナはしばらく黙って天井を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「ありがと、ノク」

「どういたしまして」


 ふたりは互いに視線を合わせ、楽しそうに笑って夜を過ごした。


 ――そして、翌朝。


 宿の部屋には穏やかな陽射しが差し込んでいた。

 ティエナが身支度をしていると、ノクの耳がぴくりと動いた。


「……ノク?」

「来るよ。かなり強い魔力」

「え!? ギルドの人? わたしなんかやった!? 水晶は壊したけど、その時は怒られなかったし!?」

 ティエナは慌てて、思わず手に持っていた財布を落とす。

「落ち着いて。敵意はない。でも、なんか派手な気配がするなぁ。足音のテンポもやけに綺麗だし……」


 足音が止まり、部屋の前でぴたりと静寂。


 コン、コン。

 誰かが、丁寧で力強いノックをした。


 ティエナは、財布を両手で強く握りしめながら、ごくりと息をのんだ。


 扉を開けると、そこには金色の縦ロールを揺らした少女が立っていた。

 背筋をぴんと伸ばし、赤を基調にしたドレス風の衣装。

 彼女はそこに立っているだけで、この安宿の廊下にまるでレッドカーペットが敷かれているかのように、空間すべてを豪華な舞台に思わせるオーラを放っていた――が、森からほぼ出歩いたことがないティエナは、ただ訝しむだけだった。

 気品と威圧感をまとったその少女は、まっすぐにティエナを見つめて口を開く。


「はじめまして、ティエナさん。わたくし、イグネア・フレアローズと申しますわ」


 一礼すら優雅に見える動作で自己紹介を済ませると、彼女はぐっと一歩踏み込んだ。


「あなた、わたくしのパーティに入ってくださらない!?」


「……いやですけど?」


 一瞬、空気が静止する。


「……あら? 聞き間違いだったかしら? あなた、わたくしのパーティに入ってくださらない?」


「……だから、いやですけど」


 ティエナは無表情のまま、そっと扉を閉めかけた。


「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいましっ!」

 イグネアが慌てて足をねじ込んでくる。


「……お嬢様が足で止めるの、なかなか見ないよ?」

 ノクが冷静に突っ込む。


「な、なりふり構っていられませんのよっ! どうして、わたくしの誘いをお断りになるのです!?」

「じいちゃんに、知らない人にはついていくなって言われてるので!」

 ティエナは扉を両手で必死に支え、自分のつま先でイグネアの足を全力で押し返す。

「し、知らない!? わたくしを!? わたくしを知らないと仰るの!?」


 ティエナの押しが強まり、イグネアの足がじわじわと押し戻されていく。

 そして――イグネアは慌てて足を引っ込め、ばたん、と扉が閉じた。


 閉じた扉の向こうから、イグネアのくぐもった声が聞こえてくる。


「もしかして、あなた……本当に、わたくしのことをご存じなくて?」


「うん、知らないけど」


「…………っ」


 イグネアは納得した表情でひとり頷く。


「……なるほど。まだまだ、わたくしも精進が足りないようですわね……」


 落ち着きを取り戻したイグネアは笑みを浮かべ、胸元に手を添えて軽く一礼する。


「ではまた、改めますわ。失礼いたします」


 くるりと踵を返すと、スカートをひるがえして廊下を去っていった。

 トントントンッと一定のリズムで響く優雅な足音が、徐々に聞こえなくなっていった。

 静かになった部屋に、ぽかんとした空気だけが残る。


「……誰だったの、今の?」

「多分……面白い人」


 ノクがぼそっと言い、ティエナは苦笑した。


「……ていうか、なんでわたしの名前知ってたんだろ?」

 ティエナが小さくつぶやいた言葉に、ノクは肩の上で小さく笑ってから返答した。


「街道で何か見られたか……どこかで噂になってたか。――どちらにせよ、ここまで辿り着くのは只者じゃないね」

「……まあ、悪い人ではなさそうだったけど」

 ティエナは首をかしげながらも、深くは追及せずに気持ちを切り替える。

 今はなにより、目の前の日銭を稼がなければならなかった。


「よし、とりあえず、ギルド行こっか」

 考えても仕方のないことはさっぱりと忘れて、ティエナは笑顔でノクに振り返った。

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― 新着の感想 ―
すごく読みやすくて、先にどんどん行けそうです。 世界観も入りやすいです。まだ書籍可になってないなんて! ティエナはいい子だしノクも可愛い。イグネアさんも話し方が良いです。お星様もちろんキラキラにつけさ…
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