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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第19話 街灯の下、冒険はひとやすみ

──ダンジョン探索、2日目の朝。


前日、ティエナたちは1階層から10階層を一気に踏破し、途中の安全な区画で宿営を取った。

初めての本格探索にしては順調な滑り出しだったが、油断はできない。


焚き火の名残がほのかに漂う暗がりの中、

フィンは腰のランタンを手に取って、軽く振ってみた。


──ぱち、ぱち……沈黙。


「……おいおい。昨日はついてたんだけどな」


何度か叩いてみるも、光は戻らない。


「フィンくん、また不良品つかまされたの?」とオーキィがくすっと笑い、

「最近こんなんばっかだな……」とフィンがぼやく。

「前からだよ?」と、オーキィは楽しげに続けた。


そのやりとりの横で、ノクの灯光球がふわりと浮かび、淡い光が周囲を照らしていた。

“朝”といっても、ダンジョンには時間の移ろいを告げる日差しも空の色もない。ただ、体と感覚が目覚めの刻を知らせているだけだった。


ティエナはごろごろと布団から這い出て、ゆっくりと伸びをしながら小さくあくびをもらした。


「昨日のクッキーってどこで買ったやつなの?」とオーキィが横から声をかける。

「大通りでいっぱい買ったからわかんない!」とティエナが笑いながら返す。

「……あのパッケージはギルド近くにある有名店のものですわよ」とイグネアがさりげなく補足し、

「ええー、イグネアさまもチェックしてるんですねー!」とオーキィが少し驚いた声を上げた。


三人のやり取りを聞きながら、フィンは少しだけ距離を取って背負い袋の点検を続けていた。

(……女子三人で盛り上がってるな。まぁ、オーキィも楽しそうでなによりだ)


ふと、ティエナが振り返って言った。

「ふあー……ねむ……でも、今日ってセーフレスト着けるよね!」


フィンはそっと息をついたが、ティエナの問いには答えなかった。


これまでの進行は、異常なほど順調だった。

物資の消耗は誤差範囲、罠もすべて回避成功。

過去の最速記録に並ぶかもしれない勢い。


だが、その完璧さの中に、どこか釈然としない感覚があった。

フィンは背負い袋を締め直す手を一瞬止め、ちらりとティエナの背中を見る。

ほんの数拍、視線がそこに留まったが、何も言わずに手を動かし始めた。


「……こういう時に浮足立つと失敗しかねん。気を引き締めておかないとな」


ティエナは返事がないことに気づいて唇を尖らせ、オーキィは「うふふ、フィンくんってば、ほんとに真面目なんだから」と、まるで年下をあやすような声音で笑いながら包帯の補充をしている。 イグネアはすでに装備を整え、ノクは光球をふわふわと浮かべながら周囲の魔力の流れを確認していた。


進行再開。


10階層を過ぎたあたりから、全体的に魔物の質が一段階上がったような気配があった。中には岩のような装甲をまとった個体も混ざりはじめ、警戒が必要と思われたが――

多少の苦戦も予想されていたが、意外にも戦闘はすべて短時間で収束した。


「ダストスパイダー」「ダストホネスト」「ダストツリー」などと、冒険者たちの間で“石くず系”と呼ばれている雑魚たちが、進路を塞ぐように現れては、ティエナの矢やイグネアの火球、オーキィの補助により次々と処理されていく。


道中、砕けた魔石や、魔銅らしき素材を拾い集めながら、一行はテンポよく階層を下っていった。


途中、装甲の分厚い敵──両腕が鋏状の魔物シェルシザーが現れたときは、一瞬だけ空気が変わった。

ティエナの矢が、急所を狙ったにもかかわらず、硬い殻に阻まれて弾かれてしまったのだ。

「なっ……これ、魔銅の甲殻!? 矢が効かない……」


ノクが叫ぶ。「あれ、殻の硬さが尋常じゃないよ! 魔核だけうまく抜ければ……!」


そこに割って入ったのは、オーキィだった。

「だったら、ちょっとだけ失礼するわね♡」

彼女は片手で振りかぶったメイスを──


──ごしゃん!!


見事な一撃で、シェルシザーを頭から粉砕した。


「魔核、砕けてる……」とノクがつぶやき、

「ま、そういうこともある。素材ってのは、うまく割らなきゃ価値が落ちるってな」とフィンが肩をすくめた。

少しだけ惜しそうに、ティエナが破片をかき集めていた。


それでも誰ひとり怪我することなく、15階層へと到達した。


そこには、荘厳な転移装置の間が広がっていた。高い天井、刻まれた魔紋、大理石のような白い石材に、魔力の流れが淡く光る。


中央の台座に浮かぶ環状の紋様に、フィンが近づき、起動確認。


「問題ない。ここがセーフレストへの入口だ」


ティエナが息を呑み、「……着いたんだね」とぽつりとつぶやいた。


「では、いきましょうね。セーフレストは小さな街みたいになっていて、いろんな施設があるから、エルデンバルとはまた違った楽しみがあると思うわ」と、オーキィが笑い、

「費用は馬鹿高くて経済的じゃないけどな」とフィンが付け加えると、

ティエナは「……あー、お腹すいたなー。お昼ご飯いくらぐらいするんだろー」とぽつりとつぶやいた。


光が強まり、空間が揺らぐ。

仲間たちは光の前に集まり、四人と一匹は肩を並べて、一斉にその光の中へと歩みを進めていった。



着いた先は、まるで洞窟の中に出現した一つの“都市”だった。

見上げれば、天井を這う蜘蛛の巣のような魔力ケーブル。無数の街灯に魔力を送り、暗い空間を昼のように照らし出している。

セーフレストの奥には、さらなる下層へ潜る転移装置とは別に、エルデンバルへ直通で帰還できる装置も設置されている。

この“帰れる手段”の存在こそが、冒険者たちにとって何よりの救いであり、ここを目指す理由でもある。

そしてこの安全地帯では冒険者たちが交差し、雑多な呼び込みの声も飛び交う。


「さあ、武器をお探しなら万刃商会におまかせあれ!」

「ポーションあるよ、ポーション! 回復ついでに今夜の予定も空けてってね!」

「おにいさん、こっちで遊んでいかない~?」


その隣でイグネアが、周囲を見回しながらつぶやいた。


「……見た目は雑然としてるけれど、商人の熱気と活気に満ちていますわね。まるで小さな都市みたい」


イグネアは目を細めながら周囲の喧騒を見渡し、露店の価格表にちらりと視線を落とした。

「ここで名を上げた者も、きっと少なくありませんわね」

その言葉の裏には、淡い羨望と、自身もまた一歩踏み出したいという思いがにじんでいた。


ティエナがきょろきょろと目を輝かせて叫ぶ。

「見て見て! あの武器屋さん、すっごい武器並んでるよ!」


「……今はいらねえだろ」とフィンがぼそっと返す。


彼らは魔力供給施設を兼ねた魔石買取所へ向かう。

そこは天井の魔力ケーブルが幾筋も集まってくる建物で、魔石を動力として回収・供給する機構が設置されていた。


「いらっしゃいま……って、あれ? フィンじゃねえか!」

受付の男が驚いたように目を見開き、笑う。

「魔石買取とか久しぶりだなー? 石拾い卒業したんじゃなかったっけ?」


「今日は指導で来てるだけだ」


「くーっ、偉くなったもんだねぇ。さすが俺たちの期待の冒険者!」


ティエナが目を丸くする。「ここ、フィンの馴染みの場所だったりするの?」「……素材売りに通ってただけだよ。昔は、ここが唯一の出口だったからな」


軽いやりとりの後、魔石と魔銅の換金を終えた一行は、セーフレストの街をしばし歩いてまわった。

広場には露店が立ち並び、武器や薬、保存食やマントなどがエルデンバルの倍以上の値段で売られている。宿屋もあれば、空いた場所にテントを張っている冒険者も多い。

いかがわしい呼び込みに応じて騒いでいる者たちの姿もあれば、焚き火を囲んで静かに食事をとる小隊のようなパーティもいた。

この都市が“眠らない街”と呼ばれている理由を、ほんのひとまわりするだけで理解するには十分だった。


呼び込みの喧騒の外れでは、古びたマントを羽織った老戦士が無言で腰を下ろし、丁寧に剣を磨いていた。

燃え残った焚き火のそばには、動かないまま仰向けに寝転ぶ若い冒険者の姿もあった。


ノクがぽつりとつぶやく。

「ダンジョンの中とは思えない活気だな……。こんだけ人がいたら、どこかに冒険者酒場もあるんじゃない?」


オーキィも案内するように周囲を見渡しながら微笑む。

「ふふ、あっちには冒険者酒場もあるのよ。滞在費はかさむけれど、必要なものはほとんど揃ってたりするわ。だから外に出ずにここで物資を整えていく人も多いのよ」


ぐるりと歩き終えたところで、フィンが立ち止まる。


ふと街灯の下、ちらつく明かりの中に目を向けた。そこではティエナがひとり、買い食いのパンを両手に持ちながら、天井のケーブル網を見上げていた。

その網は、所々で淡く明滅しながら魔力の脈動を伝えており、まるで夜空に瞬く星のようにも見えた。


「……なんか、こういうのも、冒険って感じがするね」


誰に言うでもなく、ただこぼれたその声に、フィンはわずかに目を細めた。


フィンは何かを言いかけたが、結局、言葉にはせず、ほんのわずかに眉をひそめたまま目をそらした。

指先が無意識に動き、腰袋の留め金をいじる。その金具がかすかに揺れて、微かな音を立てた。


その様子を、少し離れたところでノクがちらりと見上げていたが、何も言わなかった。


「……さて、今回のダンジョン講座はここまでだな。いったんエルデンバルに帰るぞ」


フィンの言葉に、誰も異を唱えなかった。

雑踏の一角、エルデンバルへの帰還装置の前で、四人と一匹は再び肩を並べる。


転移光が満ち、セーフレストの喧騒が徐々に遠ざかっていくように感じられた。

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