第99話 もと女神は冒険者はじめます!
シルマークさんが退室し、入れ替わるように他の皆がやってくる。
真っ先に飛び込んできたのは、バタバタと足音を立てたオーキィだった。入ってくるなり、わたしに抱きつき、泣きながら無事を喜んでくれた。
その後に続いて、フィンがいつもと変わらぬ様子で「よぉ」とだけ言って入ってくる。
最後に、シルヴィオさんが何も言わず、静かに扉を閉めてから部屋に入ってきた。
シルヴィオさんの顔を見て、わたしはここまで連れてきてくれたアルバのことを思い出す。しまった、アルバはまだ外で待ってたりする……!?
「あ、シルヴィオさん! アルバは……?」
「ん? ああ、あいつなら自分の厩舎に勝手に戻って寝ていたぞ」
ええ? あーそうか。もともとシルヴィオさんが帝都から駆り出してるんだから、ここに自分の家があるんだね、アルバも。
「どうかしたのか?」
「ううん。アルバにここまで連れてきてもらったから、ちゃんとお礼しないとなって」
それを聞くとシルヴィオさんが優しく微笑み「そうか」とだけ呟いた。
さて、シルマークさんはカミュさんに連れ去られたまま公務かな? ……もう戻ってこなさそうだよねぇ。
このまま話をはじめようか。
わたしはイグネアの瞳をのぞき込む。イグネアが頷く。
「じゃあ、ノク――終焉の竜を倒した後に何があったか説明するね――」
わたしはベッドに腰かけたまま、心配する皆の瞳に囲まれて、あったことを一つ一つ順を追って説明していった。
そして、最後に神の力を返還したことも。
話終えた時は、わたしよりも皆の顔の方が陰っていたように思う。
「――というわけでさ。わたし、神様やめました! ただの『人』のティエナになっちゃったけど、これからもよろしくね!」
しんみりするような話じゃないし、元気よく、ね?
皆が気遣いをするような視線を送る中、ひとりだけいつも通りの口調で声を出す人がいた。
「おいおい、なんだよティエナ。お前実力がすげえからって神様気どりだったのか? それは痛いぜ……って、ん? ……何、この空気」
皆の視線がフィンに釘付けになる。
「おいおい、何だよ。まさか神様とかいう与太話が本当とか言わんよな?」
フィンが慌てて周りに目をやると、全員視線を外していく。
「待て、まさか知らなかったの……オレだけか?」
「さぁさぁ、フィンくんはわたしとちょっと向こうでこれからについて話し合いましょうね~。皆さん、お邪魔しました、フィンくんには説明しておきますので!」
元気よく言い放つと、オーキィがフィンの首根っこを掴んで、引き摺りながら扉の外に出ていった。フィンは最後まで「おい! ちゃんと説明しろ!」と叫んでいた。
イグネアがボソッと「……いままで、本当に気付いておられなかったのですね」と呟く。
わたしが大勢の前で権能を使った時に、神の力だとバレないようにフォローしてくれたのも、本当に何も知らないままやってくれてたんだ?
ホント、口は悪いのに、お人好しだよねぇ。
「フィンがあの調子なら、他の人も気付かずに『リヴァードの弟子』って認識でいてくれそうだね」
なんだか、拍子抜けしちゃったな!
でも、おかげでちょっと安心した。
「……これなら、きっと何も変わらない生活が送れるかな」
「それは無理だろう」
ぼそっと呟くわたしの言葉に反応したのはシルヴィオさんだった。
「えええ!? なんで?」
「皇帝を暗殺した国賊を討伐したのがお前ということになってるからだ」
「はぁ!?」
なんで、どうしてそうなるの!?
「いや、確かに、ネリオを倒したのはわたしかもしれないけど、皇帝の無念を晴らすとかじゃないし!」
「謁見の間に詰め寄った兵士たちが、口を揃えて『最強の冒険者に救われた』と言っててな。
どうも、国賊の侵入を察知して、竜討伐のときのように颯爽と現れ、討ち果たした英雄――という扱いになっているようだ。
おそらく、相当の地位や恩賞が与えられるだろう」
「無理無理無理! ヤダよ、そんなの! わたし、これからはもっと自由に旅したいんだから!」
「あら、そうなるとティエナはアクレディア帝国での一代貴族となるわけですのね。ノアランデ王国に忠誠を誓っている我が家系とは疎遠になりそうですわねぇ」
「あーん、イグネアもいじわるなこと言わないでよ!」
シルヴィオさんが静かに口角をあげ、声を殺すように笑った。
「くくっ、すまない。そう言うと思って、殿下には予め説明しておいた」
「殿下?」
「メルセイン・アクレディア皇太子殿下だ。亡きヴァルセリオ陛下の後を継ぐお方になるな。とはいえ、メルセイン殿下も凍結させられていたわけだが……」
「あのお爺さん本当にヤバかったんだね……」
ネリオが介入してなかったら、わたしはヴァルセリオに殺されていたかもしれない。
そう言った意味では、運命って本当にどう転ぶかわからないものだ。
しかし、身内をも凍結させるとか、ヴァルセリオは本当に自分の命の事しか価値を感じていなかったんだなぁ。
でも……同情の余地がないのは……ちょっと助かる。
命に優劣はつけたくないけど、助けたい人とそうでない人が出てしまうのは……仕方ない。
わたしだって家族が一番大切だったんだから――。
命を狙われた帝国で貴族になるとかまっぴらごめんだし、恩賞だけ貰ったら――
「そうだ、これからはイグネアと冒険に行くんだから! スイーツ店いろいろ回って、たくさん依頼受けて、困っている人を助けて、大陸中冒険しよう! 良いよね、イグネア!?」
「それは素敵なお誘いですわ。では、ユリウス兄様に相談して、ティエナに最適な修行を見繕っていただきましょう」
「……え、なんでそうなるの!」
「だって、わたくしは死に物狂いで炎魔法の修行してまいりましたけど、ティエナは神の力に頼っていたから水魔法はそこそこどまりでしょう? パーティとして対等になっていただかないと」
イグネアが頬に手をあてて意地悪そうに微笑む。
「うええええええ、スイーツ食べながら適度な冒険にしようよぉ!」
部屋の中が笑い声に包まれた。
わたしは、ちゃんと元の場所に帰ってこれた気がする。
たくさん冒険して、力をもっと付けて、そして――ケーキ買ってノクの所に遊びに行かなきゃいけない。
ここから、また新たな冒険が始まるんだ。
『人として』のわたしの冒険が、目の前に広がっている――。
――じゃあ、最後に、大きな声で宣言しちゃおっか?
「もと女神は冒険者はじめます!」




