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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第98話 ベッドサイドの再会

「ここは……どこ……?」

 知らないベッドで寝かされていた。

 黒い石壁。部屋に置かれた調度品も、どこか豪華に感じる。


「よぉ、目ぇ覚めたかね、嬢ちゃん」


 渋い声が聞こえてくる。

 この声は……シルマークさんだ。


 身体を起こして、ゆっくり周りを見渡すと、壁際の椅子に腰をかけた魔術師がいた。

 白を基調に金刺繍が施された華やかなローブ、そして同じ色調の山高帽。だけど、その布地はあちこち裂け、焼け焦げている。


「服、ボロボロだね?」


 思わずクスリと笑ってしまった。

 シルマークさんが片眉を吊り上げる。


「そりゃ嬢ちゃん、こんな爺をこき使う若者が悪いじゃろ……。

 このローブ特注品じゃから、着替えも用意が間に合わんし……。年寄りが引退できるように、早う代替わりしてくれんかのぅ」


 そう言って、ニヤリと笑う。

 つられてわたしも口元が緩む。


 そこで、ふと気づいた。わたしのベッドのすぐそばで、ベッドにうつ伏せるように眠る、赤いドレスの少女。


「イグネア……!」


 声をかけようとしたところで、シルマークさんが口髭の前に人差し指を立てる。


「嬢ちゃんが心配でずっと離れんかったんじゃ。そっと寝かしておいてやりな」


 ……。

 そっか。

 ありがと、イグネア。


 わたしは、その美しい金髪を静かに撫でた。

 普段見せない、無防備な寝顔で気持ちよさそうに眠っている。


「ここは? ノアランデなの?」


「……そんなわけないじゃろ。オルガナリアの黒曜宮殿にある、来賓用の一室じゃ」


 シルマークさんは呆れたように髭をさする。


「ここまで皆を連れ戻るのに、苦労したんじゃぞ。そこの赤い嬢ちゃんにマナポーションをがぶ飲みさせられてな、『急いでオルガナリアまで飛んでくださいましー!』って。儂ゃ空飛ぶ馬車じゃないんじゃがな!?

 まったく……これでも宮廷魔術師なんじゃぞ。もう少し敬ってほしいもんじゃわい」


 そう愚痴を吐き出しながらも、シルマークさんは楽しそうだった。


「あれから、どれくらい経ったの? 皆は無事?」


「難しい質問じゃな。シルヴィオから『全員凍結させられていた』と聞いたが、そのせいで、嬢ちゃんと離れてからの正確な日数が、どうにも掴めんくてな。

 各地の街の崩落や焼失の具合から、十日以上は経過してると言うことじゃったが。

 まぁとりあえず、儂らが自由に動けるようになって三日というところじゃ。

 あぁ、ここは炭鉱からオルガナリアまで二往復を二日で成し遂げた儂を褒めるところじゃからな?」


 シルマークさんがニヤニヤと笑っているけど、わたしはあえて突っ込まなかった! 変に喜びそうだし!

 シルマークさんは話を続ける。


「それと、嬢ちゃんを保護してくれた兵によると、嬢ちゃんが昏倒してから三日目でもある」


「そっか、そんなに寝てたんだ、わたし……」


 話をしていると、部屋の外からドカドカと大きな足音が迫ってきた。やがて足音の主は部屋の前で立ち止まり、そのまま乱暴に扉を開いた。

 金属鎧をかっちり着込んだ騎士風の男性。全力で走ってきたのか肩で息をしている。鎧重たいもんね。……あれ? なんかどこかで見たことあるなぁ……。


「シルマーク老! こんなところで何をしているんですか!」

「うぉ、びっくりした……! カミュ騎士団長どうしてここに? そんなことより、ここは病人がおるんじゃぞ、静かにせんか」


 突然の来訪にシルマークさんも目を開き肩をすくめて驚いていた。


「それはスイマセンでした! というか帝国に滞留しないで下さい! 本国に仕事溜まってますよ!」

「お前さんも南の防衛ラインにおったよな? ……それを言うためだけに、ここまで来たのか? どうやって?」

「魔導軍に多重バフかけてもらって、走ってきました!」

「……そんな脳筋じゃったっけ?」


 シルマークさんが、肺の底から吐き出すように深く息をつく。


「なんにせよ、嬢ちゃんが無事で良かったわい。さて、儂も交代で容態を見ておっただけじゃからな。他の奴らにも目覚めたことを教えてくるか」


 そう言うと、重そうに腰を上げ、カミュ騎士団長の肩を軽く叩いて一緒に部屋から出ていった。


 部屋にはわたしと眠るイグネアだけが残された。


 イグネアの髪の毛、さらさらだなぁ。もっと撫でていたいけど――。


「さすがに起きてるよね、イグネア?」


 わたしは、にやりと笑って耳元で声をかけてあげる。


 えへへへ、ほらほら! 顔が真っ赤になってきた!


 ゆっくりと身体を起こし、頬を赤く染めたイグネアは「こほん」と軽く咳払いをする。


「……目覚めの挨拶をするタイミングを見計らっていただけですわ」


「またまたぁ。もっと頭撫でて欲しかった? 布団の上に頭乗せて良いよ? 何ならイグネアがやってくれたみたいに膝を貸そうか?」


 イグネアは顎に指先をあてて少し考える素振りを見せたけど、慌てて頭を横に振った。


「結構ですわ! ……それより、元気そうで安心しました」


 驚いたように見開いた目から優しい眼差しまで、ころころと表情を変えるイグネア。

 わたしはそれが少しおかしくて、声を殺して笑った。


 そしてまたイグネアは真剣な表情でわたしを見つめる。


「わたくし達の――あの戦いの後、いったい何があったんですの?」


 じっと見据える二つの赤い瞳。

 わたしの中の変化も、敏感に感じ取っているのだろうか。

 でも、察してくださいというのは不誠実だよね。説明はしておかないと。


「うん、そうだね。皆にもちゃんと話しておこっか――。わたしと帝国のあいだにあったことと、それと――ノクとのことを」

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