表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
157/161

第96話 弓に宿る想い

 ネリオの額を矢が捉え――眉間を貫き、そのまま彼方へと飛んでいく。


「がっ……!」

 ネリオの身体が大きく揺らぎ、その場に膝をつく。

 このあやふやな意識下の空間において、致命傷というものはないのかもしれない。

 ただ、ネリオの意識がじわじわと拡散していくことだけが見て取れた。


 わたしは弓を携えたまま、ネリオへと歩み寄った。

 輪郭がほころんでいくネリオが、弓をきつく睨みつける。


忌々(いまいま)しい……リヴァードめ……! 人の心のない悪鬼が、最後の最後まで……邪魔をするのか……!」

 腹の底から怨嗟(えんさ)の声を、うめくように吐き出す。


 ネリオとじいちゃんの間に何があったのだろう。

 それはわからない。わからないけど……。


 わたしの家族を、そんな風に言うことだけは、どうしても許せない……!


「じいちゃんのこと、何にも知らないくせに……! 勝手なことばっかり言って……!」

 わたしはネリオの眼前に弓を突きつけた。

 涙がポロポロとこぼれた。


「じいちゃんのこと、何もわかってないくせに! じいちゃんはね……厳しかったけど、凄く優しかった……。じいちゃんを貶める言葉、わたしは絶対に許さないから!」


 ネリオがニタリと口角を吊り上げ、いやらしく笑う。


「奴もどうせ神の力に魅入られて、手元で育てていただけさ。いつか必ずその力を奪おうと考えてな。へまをして先に死んでしまっただけだろう」


 パァン!


「……最低」


 わたしは思わずネリオの頬を叩いていた。

 涙が止まらない。


 ……残念だけど、この人とは、分かり合うことは出来ない。


「神の力は全て返してもらうけど……最後に貴方にも見せてあげる」


 まずわたしは目を閉じて、自分の中に――ネリオに奪われていた神の欠片も含めて――権能がすべて戻っていることを確かめた。


 そして……

 これは、やらなくてもわかっていたから、今まで一度もやったことはなかったけど――

 ネリオに見せてやろう。じいちゃんの想いを。


《泡涙のさざ波》

 物品や場に染みついた『感情の残滓(ざんし)』を読み取る、感応型の権能だ。誰かが何かに込められた強い想い、記憶、情動などが残っている時にだけ、その一端に触れられる。

 それを、じいちゃんの形見の弓に使う。


 この場は意識下の空間。わたしとネリオの意識が繋がっている場所だ。――だから、ネリオにもきっと鮮明に見えることだろう。


 弓に宿った想いが形になる――。


 空間に煌く粒子が現れたかと思うと、泡のように膨れ上がり――やがて人の形を成していく。


 白髪の目つきの鋭い老人――いつもどこか不機嫌そうで、でも鋭い視線の奥にはいつだって水のような優しさを湛えている。

 その視線がわたしに触れる。

 そして小さく頷くと、一歩ずつ、ゆっくりと、わたしの方へ歩み寄ってくる。


「ティエナか……ここまで、よく耐えてきた。よく頑張ったな」

 武骨な手が、わたしの髪を優しく撫でた。


 懐かしい、大きな手――。

 旅を終えた後も、生活のために、わたしのために、ずっと酷使し続けてきた、じいちゃんの硬い指先が――わたしの髪を梳く。

 

「じいちゃん……」

 さらに涙が溢れてしまう。顔がもうぐしゃぐしゃだ……。

 神の力を隠すのにも、じいちゃんの名声に助けられた。

 この旅の中で、わたしはじいちゃんの面影に――たくさん、たくさん抱きしめられて、ここまでやってきた。


 わたしは、じいちゃんの大きな身体に手を回して、ぎゅっと力いっぱい抱きしめた。


 じいちゃんがそっと身体を抱き留めてくれる。

 少しの間、その温もりを感じていた。

「積もる話もあるだろうが、ここに長居は禁物だティエナ。もう行きなさい」

 それだけ言うと、肩をつかんで、優しく引き離す。


 ……もっと一緒に居たい。離れたくない。

 でも、わかってる。

 これはじいちゃんの残滓(ざんし)。お別れは――もうとうの昔に済ませたのだ。


「うん、ありがとう、じいちゃん。わたし……行ってくる」

 最後ぐらいは涙を拭いて、笑顔でお別れをしよう。


 じいちゃんの身体からそっと離れて。にっこり笑った。

 わたしの顔を見つめて、じいちゃんも微笑みを浮かべる。


 わたしはネリオに振り返り、

「さっきの悪口は、じいちゃんに直接謝ってよね。……じゃあね」

 それだけ言うと、意識を集中して――この意識下の空間から抜けてわたしの身体へ戻るように、神の力を働かせた――。


*****


 養女(むすめ)を見送ったリヴァードは、ネリオを振り返る。

 その相貌は、先ほどまでの優しい面持ちとはかけ離れており、視線だけで射殺すかのように冷たく、鋭かった。


「ひっ!」


 ネリオが思わず小さな悲鳴をあげる。


「お前……俺の養女(むすめ)に酷いことをしてくれたようだな」


 自意識の崩れから輪郭が崩壊し始めているネリオは、リヴァードの気迫におされ尻をついて後退る。

 声を震わせながらリヴァードに呪詛を投げかけた。


「おおお、お前が……水の資質で私より優れていたお前が、私の家に養子になど来なければ……私は両親に認められ続けたはずなのに……!」


「だから……出て行ってやっただろう」


「その後も、私はずっと比べられ続けた……! だから、調べた……! お前……王家の血(・・・・)を引いていたんだな!? ずるい、ずるいぞ! あのヴァルセリオと同じ資質……! そんな奴が忌子(いみご)として隠され……私の家に来るなど、私が勝てるはずもない……!」


 リヴァードは腕を組み、黙って聞いていた。


「それなのに水の神官としての地位も名も何もかも捨てて、ただの『狩人』として生きるだって? ば、馬鹿にしやがって! お前が『リヴァード・アクレディア』として生きてくれていれば私はこんなに追い詰められなかった……! 私が……生家を滅ぼすこともなかった……!」


 リヴァードは、軽くため息をついて顔を上げた。


「言いたいことは、それだけか?」


 リヴァードは、ゆるりとネリオへ詰め寄っていく。

 そしてネリオの顔へ開いた手を近づけていく。


「ひ、ひいいいいい!!!」


 ネリオは恐怖に顔を引きつらせ――そのまま輪郭を失って霧散した。

 リヴァードはつまらなそうに、眉を上げる。


「リヴァード・アクレディアなんて名乗ったら……養女(むすめ)が怖がるだろうが」


 そうしてリヴァードの残滓(ざんし)もまた、無へと帰した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ