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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第95話 遺された弓

「ネリオォォォォォォ!!!」


 跳躍と共に振りかざしたナイフを、ネリオの頭頂めがけて振り下ろす。


 だけど、ネリオは笑みを崩さずに、


「そのようなもの!」


 迫るナイフを、ネリオは頭上に集めた水で絡め取り、即座に凍結させて受け止めた。

 余裕の笑みを浮かべるネリオ。


「――だよね!」


 もとより、この一撃が通るなんて考えていなかった。

 ナイフが宙に繋ぎ止められた瞬間、わたしは躊躇(ちゅうちょ)なく柄から手を離し、その勢いのままネリオの前へ滑り降り――その手をガッシリと掴んだ。


 ネリオの手を直接掴んだことで、わたしは神性の一端に触れる――!


(わたし)の力、返してもらうよ!」


 渡すことができたのだから、取り戻すことだってできるはずだ。


 戻ってこい、(わたし)の力。

 水よ、応えろ。すべての命を育む清き力よ――。



 キィィーーーーーーン。


 耳鳴りのような音がする。


 変な感じだ。

 上下もわからない。まるで、水の中を揺蕩(たゆた)っているかのようだ。

 暑くも寒くもない。あらゆる感覚が薄れてしまったような空間に、わたしはいる。


 そして同じ空間に――ネリオもいた。

 その表情には、先ほどまでの余裕は微塵(みじん)も感じられなかった。


「なんだここは……意識下の空間――?」


 神の力が共鳴し、互いの意識が混ざり合っている状態――とでも言えばいいのだろうか。


 今なら、少しくらいは言葉が届くかもしれない。

 わたしは胸の内で渦巻いていた問いを、ネリオに投げつけた。

「貴方は何をもって神の力を欲するの? 世界を統べて――その先に何を求めるの?」

 波紋のように空間が揺らぎ、わたしの声はその向こう側にいるネリオへと、確かに届いていく。


「世界を統べたその先――世界中が、誰よりも優秀なのは私だと認める――」


 思わず漏れたその言葉に、ネリオはハッとして口元を押さえた。

 顔は羞恥にまみれ、唇を噛みちぎらんばかりに歪んでいる。


 この空間が意識の底で繋がっているがゆえに、わずかな油断で心の内側をさらけ出してしまうのだろう。意志をしっかり保っていなければ。

 ……まあ、わたしは見られて困るようなものはないけれど、相手は違うようだ。


「そんな――つまらないことなの?」


「おのれおのれおのれ! 貴様にはわかるまい!? 忌々しいリヴァードの娘よ!」


「うん……わかんないや」


「神の力さえあれば、誰も私を無視することは出来なくなる! この力は絶対に返さんぞ!」


 ネリオが咆えると、空間そのものがうねり、水の奔流が現れる。

 権能――《清流の手》による水召喚だ。巨大な水のうねりがわたしへと迫る。


 だが、わたしも同じように権能を用いて水を呼び出し、その奔流を正面からぶつけ返した――。

 荒ぶる水が寄せては返す。

 身体が、心が、その水に呑まれないように。互いに意識をしっかり保ち、その奔流をぶつけ合う。

 永遠にも感じるせめぎあいが、ここで繰り広げられた。


「小娘、貴様も理解していると思うが、ここは意識下の空間。つまり、だ」

 ネリオの相貌が怪しく光る。

 突如ネリオの手に現れる金の錫杖。


「血肉になるまで磨き上げてきた力であれば、この場でも使えるということだろう!?」

「……なにを!?」

 まるで手足のようになるまで振るい続けた武器や術なら、意志の力でこの空間に具現化できるということ……!?

 わたしの反応が一歩遅れた。


 ネリオの魔力が膨れ上がる。

 それは権能とは違う、純粋な魔法の発動。錫杖がわたしに向けられ、その先から光の鎖が(ほとばし)り、瞬く間にわたしの身体を縛り上げる。


 ……しまった!

 これは記憶にある(・・・・・)

 わたしが水の大精霊(ウンディーネ)と同化していた時にネリオが放った『封印術』!

 わたしの神の力を絞り出すように激しい衝撃が全身を襲う!

「ああああああああ!!!」


 身体から……神性が抜ける……!


「気付いたか娘! この『封印術』は吸い出した力を()に封印する魔法! あの日あの時、貴様が自壊などしなければ、あの場で神の全ての力をこの身に宿せていたものを! だが、今度こそすべての力をいただくぞ!」


 ぐ、ぐああああああああ………!!!!!!

 負けない……!

 意識を強く……!


 だけど、術の力は強く――。抵抗も空しく、全身から力が抜けていくのがわかる。

その流れに呑まれるように、わたしの神の力も零れ落ちてしまう。

 そして光の鎖から解き放たれ、わたしは地面ともわからない空間に倒れ込んだ。


「ふ、ふははははは! 神の力を、全ての力を、手に入れたぞ……!」


 勝利に高ぶり両手を握り締めたネリオが、胸を反らせて天を突くような高笑いをあげている。


 視界が(にじ)む。


 意識が混濁(こんだく)していく。


 神の力を失って――わたしには抗う術が――


 視界に映る、わたしの腕に巻かれた銀のブレスレット。それがわずかにキラリと輝く。


 これは――ウィンディがくれた物だ。

 あの時のウィンディの姿が、共にいたアクセル、グロウの姿が脳裏をよぎる。


 そして、次々と、縁のある人たちの顔が思い浮かぶ――。

 ノクとの決戦の時……シルマークさん、やっぱり強かったなぁ。


 レオも……なんだかんだ言って、悪いやつじゃなかったんだよね。ただボタンを掛け違えちゃっただけなのに……大きく道を外れてしまったよね。


 オーキィとフィンが駆け付けて来てくれたことも、嬉しかった。あの二人……ずっと仲良しで、わたしの大事な仲間だ。


 わたしの心が折れそうだった時、イグネアがわたしを叱りつけてくれたね。いつだって、何度だって、わたしを奮い立たせてくれるのはイグネアだった。


 ああ、ノク。ノクは、終焉の竜になっても、とても綺麗で、強かった――。もっと、ずっと一緒に居れるって思ってた。こんな別れが待っていたなんて……。今でも信じられない。


 シルヴィオさん……。ずっとわたしの神の欠片を守ってくれててありがとう。そういえば最後になんて言ってたっけ……。


 ……。


 ああ、そうか。


 まだだ。まだ、わたしはやれる。


 みんなが待ってる。みんなの所に帰らなきゃならない。


 たとえ神の力を失っても――


 血肉になるまで磨き上げてきた力なら――わたしにも、ある――!


 手に力を込める。わたしは意識の底から、最後の武器を掴み取る――!


「ネリオ!」


 わたしの呼びかけに、勝ち誇った顔でネリオがこちらを振り返る。


 もう何もなす術はないと思い込んでいる――その油断を、わたしは見逃さない。


 ――淀む空間に閃く、刹那の躍動。


 ネリオの額を――輝く一本の矢が撃ち貫いた――。

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