表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
152/161

第91話 粛然なる帝都オルガナリア

 ヴァルセリオ・アクレディア――帝国を統べる皇帝。わたしを呼びつける為に国土の人間を凍結させた危険な人物。

 神政院院主セレノス――天界の『私』に干渉して地上へ堕とし、『私』が死ぬ原因を作った張本人。


 帝都に行けば、他にもまだ誰か待ち構えていたりするのかな……。

 ひょっとしたら、帝都の人間だけは凍結していなくて、普通に生活していたりする可能性もある……?


 ……まるで頭の中に(もや)がかかったみたいで、考えがまとまらない。

 考えても仕方の無いことばかり脳裏を巡り、ずっしりと頭にのしかかるようだった。


 心なしか重く感じる足を、引きずるかのように一歩一歩前に進ませ……気が付けば街の外にまで辿り着いていた。

 視線の先の石畳に、ぽつぽつと黒い染みが生まれる。

「さっきまで晴れてたのにな」

 顔を上げれば陽を(さえぎ)るように雲が(おお)い、大粒の雨が地面を濡らし始めた。

 水が地面を打つ音は、あっという間に絶え間なく鳴り続けるようになる。


 髪の毛が額にべっとりと(まと)わりつくけど……払う気にもならなかった。


「……アルバのところに戻らなきゃ」

 厩舎(きゅうしゃ)……あっちだ。


 通りには雨ざらしの氷像たちが立ち並んでいる。雨粒が頭の先から頬を伝い顎先へ、そして地面へ滴る。それはまるで涙を流しているように見えた。そして雨に打たれても氷が溶けることは――無い。


 人々の意識はあるんだろうか。もし意識があったら、きっととても辛いことだろう。いっそ意識が無い方が楽に違いない。――そんなことを考えていたら、頬に、ふっと温かい感触が当たる。


 白い鼻面がわたしの顔に押し付けられ、そのまま力を込めて身体を押してくる。

 白銀のたてがみが頬を()で、くすぐったかった。


「ちょ、ちょっとアルバ、なになに? 押さないでっ」


 わたしが不甲斐ないから怒ってるの?

 ……違うか。元気づけようとしてくれてるんだよね?

 それにお前だって、シルヴィオさんが戻ってこないと困るもんね。


「うん、ありがとう。大丈夫、ちゃんとやるよ」

 わたしはアルバの鼻先を撫で返して頬を寄せる。


 わたしにはやるべきことがあるんだ。――先に進もう。


「いこう、アルバ。オルガナリアへ」

 白い首筋をぽんぽんと軽く叩いて、わたしは背中に飛び乗った。

 アルバが身体を持ち上げて、天高くいななく。


 白い尾をたなびかせるアルバと共に、降りしきる雨の街道を、水も泥もはね上げながら全力で突き抜ける。

 すべてのケリをつけるために。



「ありがとう、アルバ。ここまででいいよ。待っててくれたら嬉しいけど……お腹が空いたなら、どこへ行ってもいいからね」

 アルバの頭を抱きしめて、その温もりを確かめる。


 本当は「また迎えに来るから」って笑って言いたかった。けれど――これから向かう先に、必ず帰り道があるとは言い切れない。

 ここまで連れてきてくれて、ありがとうね。


「じゃあ、行ってくるよ」


 弓の弦に指をかけて張り具合を確かめ、矢筒に残された矢を確認。矢自体は収納袋にも入れてあるけれど、すぐに対応できる分だけは矢筒に移しておかないといけない。

 権能で戦えるなら問題ないけれど、対人間で戦闘するのであればきっと速さが物を言う。

 あとは腿ベルトのナイフ。わたしが物理戦闘するならこの弓とナイフの二つになる。

 どちらも状態は問題ない。

 ――よし、前に進もう。


 幾夜を越えて辿り着いた先に見えるのは、均一に加工された青黒い石が積み上げられた巨大な城壁。

 どこまでも整然と伸び続けるその姿は「わずかなズレも歪みも許さない」という主張を強く感じる。

 城門に向かって足を進ませる。


「……ルーミナと同じ、か」

 思わず口から零れた声。

 街道から城門に向けて綺麗に整列した入場者たちと、これから旅に出立しようとしている人たち。もれなく凍結していた。


「帝都の人だろうがお構いなしに凍らせちゃうんだね……」

 城門前を見ただけでわかる。――これは帝都の人も既に全滅しているだろう。


 胸の奥にずっと何かが詰まったような苛立ちを抱えながら、城門を目指す。


 もちろん城門は――開け放たれており、その先には凍り付いていない(・・・・・・・・)ローブ姿の者が待ち構えていた。


 わたしは考えるより先に、弓を構えていた。

「……セレノス!」

 力の限り弦を引き絞った。

 目の前の老獪(ろうかい)な男は、長い顎髭(あごひげ)を撫でながら、落ち着いた素振りで笑ってみせる。


「ふふふふ、オルガナリアまでようこそおいで下さいましたティエル=ナイア様。

 どうかその弓はおろしていただけませんかな? この身体は本物でして、それで射られては死んでしまいます」


 こいつは……! 

 頭の中が煮えたぎるようだ。

 思わず手が滑って額を射抜いてしまいかねない。歯を食いしばって怒りを抑える。


「これほどの命を巻き込んでおきながら、自分の命は惜しいという理屈が通ると思うの!?」

「いやはや、私なんぞは老い先短い命。それを惜しむのは当然でございましょう。

 それと勘違いされては困りますが――誰も死んでなどおりませぬ。今はまだ、ね」


 ……こいつの言う『今はまだ』というのは、裏を返せば『いつだって皆殺しにできる』と。そう言いたいのだろう。

 吐きそうなほど腹が立つけど……途方もない人数の人たちが人質に取られている以上、わたしも無茶はできない。

 不本意だけど……わたしは弓を下ろした。


 その姿を見て、セレノスが満足そうに大きく頷いた。


「ご理解いただけたようで何よりです。では――陛下の下へまいりましょう」


 片手を胸の前にあて、仰々しく礼をしてみせるセレノス。

 そして踵を返し、城に向けてゆっくりと歩き出した。


 城壁の内側に入ると、前方には城へと続く大通りが伸びている。

 はるか遠くまで、幾重にも区画を区切る塔や屋根の影がかすかに見える。

 本来ならば人が行き交い賑わっているのであろう。

 ただ延々と氷像が立ち並ぶだけの、悪趣味な美術館のようだ。


 ――少し遅れてわたしも歩きはじめる。ただ、拳を握り締めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ