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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第90話 霧の中で

 街道を北へ北へと疾駆する。

 夜が来ればアルバの頭を撫で、寄り添いながら夜明けを待った。


 雲ひとつ無く、澄み渡る夜空。

 こうやって見ると、何も変わらないように見える世界。


 今来た道と、これから進む道。ゆっくりと頭を回しながら街道を眺めてみる。


 ……この道を南下してきた時は、皆と一緒だったのにな。

 ほんとについ数日前のことだよ?

 皆でわいわい野営してたのに――。


 ああ、星は、月はこんなにも綺麗なのに。


 焚き火の爆ぜる音が、まるで遠くに聞こえる。

 それは空気に滲んで、呼吸と共に心の奥底に張り付いて、胸をぎゅっと締め付けるようだった。



 数日かけて、ようやく噴水都市ルーミナまで辿り着いた。

 アルバも休ませてやりたくて、ひと息つくつもりで立ち寄ったけど――そこは目をそむけたくなるような光景だった。


「……ちょっと、ここで待っててね」

 街の入口にある厩舎にて、アルバに飼料を渡す。カウンターに代金を置いておいた。

 そしてわたしは慎重に街の中へ足を進ませた。


 都会だけあって、本来なら人も多く、今はその代わりに至る所に氷像が立ち並んでいる。

 街の入口では、兵士たちと商人と思しき人たちが検問を行う姿勢のまま凍り付いていた。その検問所を抜けると、大通りには氷像たちがひしめいている。


 運行中に凍結したであろう船が水路に沈み、飲食店の連なっていた建物は調理人が凍り付き、誰も消すこともできなかったかまどの火だけが店内で燃え広がったのか――棟ごと焼け落ちていた。その中でも氷像は姿を保っており、炎の中でも溶けなかったのであろうことがわかる。


 何かの予感があったわけでもないけど、ルーミナの中心地、メインの観光場所でもある噴水広場に足を向けていた。


 天空から降り注ぐ、圧倒的な水量の噴水。

 その轟音を防ぐための結界が広場の周囲には張られていたが、今は管理する者もいなくなり、結界も壊れている。

 滝のように水を打ちつける音が、街の中にまで轟いていた。

 これも結界が壊れたせいだろう――噴水広場に近づくにつれ、霧が深くなっていく。

 湿度が高まり、空気が肌にまとわりつくように。首筋をひやりと冷たい滴が伝う。


 噴水広場では――陽炎のように揺らぐローブ姿の老人が待っていた。何もかも凍結するこの世界で、ただ一人、凍らずに揺らぐ存在。


 あきらかに異質だ。

 すぐに動けるよう、じいちゃんの弓を構えて、少しずつ距離を詰める。


「あなたは誰!? ここで何をしているの!?」

 ……噴水の轟音にかき消されて、声が届く気がしない。

 もう少し、近寄るか……。


 石畳の上で足をじりじりと慎重に進ませる。

 その瞬間、頭の中に反響するような不快な声が、噴水広場を包んだ。


<お初にお目にかかる、ティエル=ナイア様>


 なんと、傲慢で上から響く声なのだろう。

 様をつけられてるのに、全く敬われてる感じはしない。


「何者なの! 答えなさい!」

 思わず叫んでしまう。


<これはこれは、大変失礼いたしました。私は神政院院主セレノスと申します>

 真っ直ぐに伸びた背。セレノスと名乗る老人は長い髭をゆったりと撫で下ろした。


<ここまでの旅路はいかがでしたかな? お楽しみになられましたか?>


「何を白々しいこと言ってるの!? これは貴方の仕業? 早く皆の凍結を解きなさい!」


<ふふふふふ、いえいえ恐れ多い。私などがおこがましい。これは皇帝陛下のお力ですよ>


 楽しくもない笑い声が頭に響く。

 目の前の老人は大仰に腕を広げながら話を続ける。


<私が行ったのは、貴方を天界からこの世界にお招きしたぐらいですよ。思っていた結果にはなりませんでしたがね。

 ところでティエル=ナイア様。ここまでの旅路(・・・・・・・)はいかがでしたかな?>


 背筋が凍りつくようだった。

 瘴気にまみれた天界の神殿が脳裏をよぎる。

 黒い煙に身体を捕まれ、水の大精霊(ウンディーネ)の中に引きずり込まれたあの感触。

 その元凶だと、こいつは言っている……!


「お前が! お前が『私』を殺したのかァ!!!」

 頭の中が沸騰したように、感情がぐちゃぐちゃに沸き立つ。

 引いていた弓を眉間に向けて、思わず放ってしまった。


 放たれた矢は、狙いを寸分たがわずセレノスの眉間を捉えると――霞を突き抜けるように、何事もなく貫通して向こう側へ飛んでいく。


<ふふふふ、まさかこのような小娘になられておいでとは。いくら神の欠片を探しても見つからなかったわけですな。――良くぞ帝国へお戻りになられました>


「黙れ、黙れ黙れェ!!!」

 わたしは太腿のベルトからナイフを抜き放ち、一瞬で距離を詰めセレノスの喉を掻き切る。

 ナイフの軌跡はただ空を引き裂き、噴水広場に満ちた霧に投影されたセレノスの影が揺らぐだけ。――そして、影はそのまま溶けるように消えた。


<ふふふふ、ティエル=ナイア様。水と――生命を育む神よ。

 この大地の生命を助けたいと、そうお望みでしたら、ぜひ帝都オルガナリアまでお越しください。陛下も、心待ちにされていますよ。ふふふふふ>


 広場に響く吐き気がしそうな笑い声も、次第に薄らいでいく。

 天から降り注ぐ荒ぶる噴水の轟音の中で、わたしはただ一人立ち尽くしていた。

 

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