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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第89話 凍てつく時の中で

 わたしは、ノクの墓標となった剣を見ていた。

 その瞬間。

 どこから吹いたのか、全くわからない、突き刺すような凍てつく風だった。

 だけどそれは確かにわたしの身体をすり抜けた。

 全身を隅々まで針で刺すような不快な痛み――背筋をぞわりと悪寒が走る。

 嫌な――予感だった。


「ティエナ!」


 シルヴィオさんの声に、ハッとなり振り返る。


 洞窟内がやけに静かだった。


 先ほどまで穏やかに話し合っていた、皆は――。



 

 氷像となってその場に立ち尽くしていた。


 蒼く――無機質に輝く氷の結晶。

 その中に、皆が閉じ込められていた。


 シルヴィオさんも足元から凍結が進んでいた。

「シルヴィオさん!」

 慌てて凍結を解除しようと試みるも――。

「なんで!? どうしてわたしの魔法が効かないの!?」

 その間も凍結が進行し、今やシルヴィオさんは首辺りまで凍り付いていた。


「気を付けろ……! 陛下――ヴァルセリオ――絶対に、お前の弓を手放――な!」

 その言葉を最後に頭の先まで蒼い結晶となり――完全に沈黙した。


 いったい、何が……起きたの。

 イグネア……、オーキィ。フィン、レオ……みんな。

 みんな、みんな凍り付いてしまった。

 ひとりひとり順番に、凍結の解除を試みてみたけど……ダメだった。

 凍結を解除できないというより、解除した瞬間に再び凍り付いている。――そんな魔力の流れを感じる。


 ただ、蒼い氷像だけが並んでいた。

 さっきまで、みんなで話をしていたはずなのに。

 突然の静寂に包まれて、耳の奥でキーンと鳴る音だけが響いていた。


 シルヴィオさんにそっと触れてみるも、冷たさで指先がじんじんと痛むばかりだった。


 わたしだけが、無事だった。

 胸が痛くなるほど心臓が大きく跳ねる。


 シルヴィオさんが最期に残した『陛下、ヴァルセリオ』という言葉。

 これが、以前シルヴィオさんの言っていた『底の知れない皇帝の力』というやつなのだろうか。


 落ち着け、わたし。

 今は、取り乱している場合じゃない。

 気持ちを抑えろ。


 皆を救えるとしたら、きっとわたししかいない。


 目を閉じて、深呼吸――。


 そっと目を開いたら、実は夢だった。なんてこともなく。

 現実はやっぱり残酷で。


 だけど、わたしが諦めるわけにはいかない。


「ちょっと待っててね、皆。わたし……行ってくるから」


 シルヴィオさんが最期に残した『弓を手放すな』という言葉が頭をよぎる。

 わたしに遺された弓を、ぎゅっと握りしめる。


 じいちゃん……。お願い、わたしと一緒に戦ってね。


 覚悟を決めて、この炭鉱――エンドレイク教団の巣食っていた大広間を、わたしは後にした。



 炭鉱を抜け、山を下りる。

 道中の骸は放置されたままだった。そのまま捨て置いてしまう罪悪感と、悲しさにかられながらも、足を進めた。

 昼と夜をいくつも越えて山を下りきったが、その間、誰かに出会うこともなかった。

 風にそよぐ草木の音や、森を駆ける動物たちの鳴き声は、ただ日常のように耳元へ届く。

 それなのに、どこか別世界にいるような違和感が、いつまでも胸の中に居座っていた。


「とりあえず、町に行こう。そして馬を借りて、帝都に向かおう」


 誰も聞く者のいない空間に独り言ちる。

 木々のざわめきだけが、返事の代わりに揺れていた。



 来た道を引き返す。森を抜け、草原を越えて、町を目指す。

 休息もほどほどに足を動かし続けて、ようやく町の輪郭が見えて来た。


「良かった、見えてきた! もう少……し……。――えっ」


 目の前の光景を理解できず、言葉がうまく繋がらない。

 これは……いったい……。


 わたしは思わず、足を止めてしまった。

 遠くに見える町からは喧騒も何もない。それは音を失ってしまったようで、まるで人の気配がしない。

 そしてわたしの目の前の街道には、道行く人たちが――歩みを止めた姿のまま、氷漬けになっていた。


 採取籠を背負った男性。

 旅の荷物を抱え、子供と手を握ったままの親子。

 町の入り口に毅然と立つ兵士。


「ひどい……!」


 その全てが凍てついていた。


 なぜ、こんなことに。

 腹の底から、ふつふつと何かが燃えるように感じる。悲しみとも、怒りともつかない何かが。


 町でも至る所に氷像が立ち並んでいた。

 陽の光を浴びて煌く様は、美しいと感じる前に、おぞましく不気味だった。

 太陽の元でも決して溶けない、永久凍結。


 町では食料を求めて動物たちが彷徨(さまよ)う。

 人が動かなければ、他の命だってすぐに(おびや)かされるのだ。


 いったい何をどうすれば、自分の国の民や生命に、こんなことができるのだろう。

 本当にこれが皇帝の仕業なのだろうか。もっと深い、混沌とした魔物の所業と言われた方がまだ納得できる。


 早く、なんとかしなければ。

 足早に町中の中心部――冒険者ギルドのある通りを目指す。


 ほどなくして、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

 だが――ギルドの前には――


「アクセル! グロウ! ウィンディ……!」

 見知った三人の氷像があった。

 腕を組むアクセル。何かを訴えるようにその肩に手を置くグロウ。少し離れて、その二人を見守るような位置でウィンディが凍結していた。


 絶対に……絶対に元に戻すからね、皆……。


 拳をぎゅっと握りしめた、そのときだった。


 ――カツン。


 遠く、石畳を蹄が叩く乾いた音が、静まり返った町に響いた。

 ひとつ、またひとつと、こちらへ近づいてくる。


 振り向くと、そこには見覚えのある白い馬がいた。

 整えられたたてがみ。帝国騎士団の紋章が刻まれた鞍。

 シルヴィオさんが跨っていた、あの白馬だ。


「……来てくれたの?」


 白馬はわたしの前で足を止めると、心配するように鼻先を寄せてきた。

 その体温に触れた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


「ふふっ、石柱遺跡以来だね」


 知り合いが皆、いなくなってしまったこの世界で、少しだけ心を取り戻せたような気がした。


 名前は確か――『アルバ』。

 一緒に野営していた時、シルヴィオさんがそう呼んでいたよね。

 

「あ、でも、あれはシルヴィオさんが悪いんだけどさ。君も、わたしを置いて行ったよね。

 ねぇ、アルバ。今度はちゃんと乗せてってくれる?」


 わたしの声に、白馬が顔を上げていなないた。


「シルヴィオさん……。わたし、行ってくるよ」


 頬を伝う涙を慌てて拭って、そっと手綱を握る。


 ルーミナよりさらに北。帝都オルガナリアを目指すのだ。

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