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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第87話 涙のあとに

 足元に、白く輝く魔核が落ちていた。


 そっと拾い上げる。 片手にすっぽりと収まる、美しいかけら。

 震える指先で、結晶の硬さを確かめるようにその表面をなぞった。

 冷たいような――だけど、どこか少しだけ温もりが残っているような。そんな気がした。


 その結晶に、ぽつ、ぽつ、と涙が落ちて染みを作る。


 ああ、ノク。……ノク。


 胸の奥が裏返るように痛い。息が吸えない。

 頬をつたう涙が止まらない。止められない。


「う、ううああ……うわあああああああああああああ!!!!」


 力が抜けて、その場に崩れ落ちる。

 宝石みたいな魔核を、必死に抱きしめて。

 嗚咽(おえつ)が喉の奥から勝手に(あふ)れ出す。()き止められない。


「ノク、ノク……! やだよ……!

 お願いだから……ひとりにしないでよぉぉぉぉ!!!」



 世界を救っても、ノクが居ない。

 胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたみたいだ。

 わたしのやったことは正しかったの? これがわたしの望む姿だったの?


「ねえ、ノク。お願いだよ、声を聞かせてよ……。

 わたしを、また正しい道に導いてよ。

 わたし、神様なのに……わからないことばかりなんだよ……」


 力なく――その場に身体を崩してしまう。

 身を丸めるようにして、ノクだった結晶を抱きしめて、そのまま泣いた。

 まるで赤ん坊のように声をあげて。

 泣きつかれて眠ってしまうまで、ただひたすら叫び声をあげた――。



 暗い。真っ暗だ。

 ここはどこだろう。夢の世界かな。

 ああ、なんだか、すごく――悲しい夢を見ていた気がする。


<ホントに、いつまでたっても子供のままだなぁティエナは>


「えええ……そんなことないよ。

 もう……どこからどう見ても立派なレディでしょ」


<……はぁ。立派なレディは、ポケットにお菓子いっぱい詰め込まないんだよ>


「……一個あげるからそれには目を(つむ)って」


<まったくもう。じいちゃんの弓、ちゃんと持った?>


「いつも肌身離さず持ち歩いているよ、ほら」


<狩人の目をしてる時は立派なんだけどなぁ。いつもその調子でやってよね?>


「……うん、わかった。頑張る」


<じゃあ、もう大丈夫だね。頑張って、ティエナ>


 そうしてまた意識が混濁する。

 夢だったのかな。

 それとも現実だったのかな。

 暗闇の中は、まるで優しい温もりを持った揺り(かご)みたいに。

 涙で傷だらけになった心の痛みが和らぐまで、ただそっと抱きしめてくれているようだった。



「おはようございますわ。少しはお休みになれましたかしら?」


 ゆっくりと目をあけると、そこには優しく微笑むイグネアの顔があった。

 ああ……そうか。わたし、眠っていたんだ。


 まだ少し頭がぼんやりしている。

 もう少し寝ていたいな……そう思って寝返りをうとうとした瞬間、

 頭の下にふわりと柔らかい感触があった。


 ……ん?

 あ、あー、なるほど。


「ご、ごめんイグネア!」

 わたし、膝枕してもらってたんだ!?

 慌てて身体を起こそうとすると、イグネアがそっと肩に手を添え、

 軽く押し戻すようにして膝の上へ戻す。


「あら? わたくしの膝ではご不満でして?」

「そ、そーいうわけじゃないけどぉ! ちょっと照れくさいというか……その……!」


 そのとき、わたしは腕の中に固い感触があることに気づいた。

 ああ……そうだった。ノクの――宝石。

 白くて綺麗で、そして、どこかとても優しい輝き。


 ほんの少しだけ、ぎゅっと抱きしめる。


 イグネアが、そっと優しい眼差しでわたしを覗き込んでいた。


「――もう、大丈夫ですの?」


「うん……だいじょうぶ。ノクに『立派に頑張れ』って言われちゃったしね」


 わたしは宝石を目の前に掲げる。

 イグネアの視線も、同じ一点へと吸い寄せられる。


「……綺麗ですわね」


「……うん」


 そのまま、わたしはしばらくの間、イグネアの膝に頭を預けていた。

 静かに流れる時間。

 わたしの心が落ち着くまで、イグネアは何も言わず、ただ傍にいてくれた。



 うん、よし。

 頑張ろう、わたし。


 身体をゆっくり起こす。

 今度はイグネアも押しとどめることはしなかった。


「ん~~~!」

 背中から、ゆっくりと順番に力を込める場所を移動させながら腕の先まで伸ばしていく。

「ふぅっ!」

 ――脱力。

 うん、ちょっとすっきりした。


 洞窟の天井に空いた穴を見上げる。

 美しい月が差し込んでいたはずのその天窓には、わたしが目覚めた時にはもう、透き通る青空を覗かせていた。

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