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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第85話 氷霧の向こう、光る双眸

 ノクとわたしの、純粋な力比べがはじまった――。


 わたしは《清流の手》で周囲の水を一気に呼び集める。

 ノクの大きな爪が空気を切り裂き、横薙ぎに迫る。

 その瞬間、衝撃を受ける直前に身体を浮かせ、手のひらを蹴って宙へと逃れた。

 空中で身をひるがえし、じいちゃんの弓を構える。

 水をまとわせた矢を連続で射ると、ノクの白い表皮に突き刺さり、パキパキと音を立てて瞬く間に氷が広がった。

 ――だが、ノクの咆哮ひとつで、その氷は粉々に砕け散る。


 わたしは着地すると、身を低く構えたまま一気に距離を詰め、ノクの懐へと潜り込む。

 指先に水流の圧力を溜め込み――


「《水圧石穿》!!」


 細く鋭い激流が迸り、瞬時にノクの胴を貫いて、その後方の岩壁までも削った。


 続けざまに、イグネアの炎の槍がノクへと殺到する。

 腕から肩にかけて次々と突き刺さり、炎を噴き上げながら爆ぜた。

 ノクが大きく仰け反った隙を逃さず、シルヴィオさんの氷の斬撃がノクの腕を裂き、その傷を凍てつかせる。


 ノクの咆哮が、地をも揺るがす轟音となって洞窟を満たした。

 あたりの空気が震え、吹き荒れる突風がすべてを巻き込む。

 さらにノクが魔法を展開。突風に光の刃が混ざり合い、強烈な風圧と輝く斬撃が無差別に荒れ狂った。

 わたしは周囲に水流を展開し、それらを受け流してなんとか踏みとどまる。

 だが、イグネアとシルヴィオさんは斬撃と風圧に弾かれ、大地に叩きつけられて転がった。


 一瞬、ふたりの様子に気を取られた――その隙を、ノクの尻尾が逃さない。


「ぐっ!」


 咄嗟に左腕を挟み込んだが、強烈な衝撃でミシミシと骨が軋む音が響く。

 そのまま吹き飛ばされ、背中から土壁に叩きつけられた。


「……っ!」

 左腕が上がらない――骨が折れた。

 鋭い痛みが身体を駆け抜ける。それでも、ここで倒れているわけにはいかなかった。


 水の防壁を氷に変え、次に来るノクの攻撃をほんの一瞬でも遅らせる。

 その隙に、自分へ治癒魔法(ヒール)をかけて回復させた。

 氷の壁はあっという間に薙ぎ払われたが、なんとか治療は間に合った。


 こんな戦い方じゃダメだ。

 わたしが一番ノクのことをわかっている。――もっとノクを削らないと。


 神の権能を全開にし、今引き出せる限りの水を呼び起こす。

 身体の周りの水流を激流へと変え、ノクの周囲の空間へと一気に押し込む。


 窒息させる――なんて甘い考えじゃない。

 ノクは補助魔法が得意だ。すぐに対応してくる。

 白い毛並みが淡く輝き、水圧低下や水中呼吸の魔法が展開され、動きに一切の支障がなくなる。


「想定内、だよ!」


 わたしは水を一瞬で冷却し、巨大な氷の牢獄へと変えた。

 ノクの動きを封じる――はずだった。


 氷漬けの白い竜は微動だにしない。

 ……ほんの刹那、静止。

 次の瞬間、内側から光が走り――氷塊は弾け飛ぶように砕け散った。


 視界の隅に、ハッとしたようにこちらを見るイグネアの姿が映る。

 あぁ、良かった――イグネアも無事だ。


「まあ、閉じ込めるというのは、そんな簡単じゃないよね。――でもっ!」


 わたしとイグネアの視線が交差する。

 わたしは再び水を張り巡らせた。さっきと同じ――いや、それ以上に。

 ノクは凍結を警戒している。今のまま凍らせるだけでは、さっきより早く破られる。

 少しだけ――時間が欲しい。

 そう思った、その瞬間。


「天を穿て――『氷天衝(アイスグレイブ)』!!」

 空気を震わせるシルヴィオさんの凛とした声と共に、ノクの足元から幾多の先鋭化した氷山が地面を割って立ち昇り、辺り一帯に冷気が吹き荒れた。

 咆哮と共に、ノクの白銀の毛が宙に舞った。


 一瞬の時間が……出来た!

 わたしはノクを再び水没させ、周囲の水層をいくつにも分割して多重の水のドームを形成する。

 そして、その全てを凍結させ――イグネアの真正面、一点だけ穴を残した。


 ノクの凍結が始まる。だが、それもすぐに解けるだろう。


「――イグネア、お願い!」


「わかりましたわ、持ちうるすべての力で!」


 イグネアが両手に握りしめた『魔宝石(マナバッテリー)』が強い輝きを放つ。

 内部の炎が燃え盛り、光の揺らぎが炎の尾のように彼女の腕を包む。


「幕引きにしてさしあげますわ!」


 イグネアが保有する全マナが、一条の炎の槍へと収束する。

 赤く揺らいでいた炎は白く輝き、さらに青白い光を帯びて、鋭く強く尖った。


「焦熱の先へ! 『獄炎穿槍(ゲイボルグ)』!!」


 刹那――氷のドームに残した穴を貫き、青い炎が一直線に凍ったノクへと迫る。


 その瞬間、わたしはドームの穴を凍結させ、完全に塞いだ。


 イグネアの魔法がノクに着弾した瞬間――

 超低温の氷と超高温の炎が衝突し、内部の水蒸気が爆発的に膨張する。

 ドーム内部で轟く、水蒸気爆発。


 重い炸裂音が幾重にも重なって鼓膜を打ち、

 多重の氷のドームは内側から破り裂かれるように砕け散った。


 幾重に重ねた壁でも相殺しきれなかった衝撃の余波が吹き荒れ、高熱の霧がわたしたちの頬を(なぶ)った。

 あたり一帯に深い霧が立ち込める。その霧の向こうで大きな影が揺らいでいる。

 陽炎のようにあやふやなシルエットの両目が――強く光った。

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