第82話 沈黙を裂く光
殴られた衝撃で杖を手放したエリオットは、地を這いながらそれを必死に手繰り寄せた。
そして杖を支えにして、ゆらりと立ち上がり、鋭くシルマークを睨みつける。
「て、てめぇ……! 絶対に許さねぇ……!」
「普段から良い食事と運動をしとらんから、差が出る」
シルマークは足を振り上げ、一瞬ためてから、転がっていた魔導具を力いっぱい踏み抜いた。金属がひしゃげ、砕ける音が空間を震わせた。
「つまらん小細工じゃな。どうせこれも効果時間に制限があるんじゃろ。そうじゃなければもっと早くに使っていただろうしな? ……さて、これで儂の魔法は大復活かのう」
シルマークが手を広げると、身体の周囲に、火球、氷塊、雷光、岩槍、風刃――さまざまな属性の魔法が彼の周囲に渦を巻いた。
あらゆる属性を無詠唱で操る――人類最高峰の魔術師の姿がそこにあった。
「――詫びはあの世で聞いてやるから、先に逝っとれ」
シルマークが指を鳴らすと、数多の魔法が、エリオット目掛けて次々と撃ち込まれる。
激しい爆発が起こり、音と音が重なって耳を貫く轟音となり空間に響く。
巻き起こる粉塵――だがそれは意外な収束の仕方を見せた。空間の中心に、黒い裂け目が口を開き、全ての魔法を飲み込んでいく。
杖を支えに立つエリオットは、動く気配も見せず、退屈そうに頭をかきむしった。黒い穴は線になり、点となって消える。
「そうそう、いいねぇ、その顔。お前の驚く顔を見るとスカッとするわ。
しかし、わざわざ俺が『魔剣』の話をしてやったのに、聞いてなかったか?
剣の加護でな、俺だって魔法ぐらい使えるようになってるんだよ」
エリオットがにやりと口角を持ち上げる。
シルマークの視界が黒い靄に覆われていく。
思わず手で払うが、触れることはかなわなかった。
闇が、じわじわと視野を喰っていった。
「おいおいおい、闇魔法か。お前さんにピッタリでたちが悪いのう」
「この状況で強がれんのかてめぇ」
空を裂く音がした。
脇腹に鈍い痛み――杖だ、と悟るより早く、シルマークは片膝をついた。
咄嗟に腕を上げ、頭を守る。――が、腕ごと弾かれた。
肩を激しく打ち据えられ、体が転がる。
シルマークは目を閉じたまま、やみくもに身体の周りへ火球や雷撃を展開するが、エリオットは少し距離を置くことで避けた。
地面に転がったままのシルマークは乱れた呼吸も整えずに口早に告げる。
「おいっ、エリオット。打ち据えはもう満足したのか?」
エリオットが杖で地面を叩く音がする。
シルマークはすかさずそちらに氷の槍を放ったが、空を切って壁にぶつかる。エリオットはそこにはいなかった。
「元気だなぁ、シルマーク。音で位置を判断してるのか? その聴覚も消してやるか」
そのエリオットの言葉を最後にシルマークは無音の世界に閉ざされた。
上下の感覚も曖昧になり、シルマークは身体を動かすことを止め、じっと身を強張らせる。
もう聞こえていないシルマークに、エリオットが話しかける。
「最後までなぶってやりたかったが、こうなってはつまらんな。さっさと終わらせて——世界の終焉を見に行こう」
エリオットが再び杖を振り上げる。
だが、その時シルマークの身体の周りを雷撃が覆う。
何も見えず聞こえないシルマークは、明後日の方向に叫ぶ。
「来るなら来てみろ! お前さんも焼き切ってやるぞ!」
エリオットはつまらなさそうに眉間に皺を寄せると、杖を下ろして近づくことを諦めた。
「つまらんなぁシルマーク。俺は魔法も使えるっていっただろう?」
エリオットの身体の前に空間を切り裂くように刃となった闇が染み出る。
「この闇魔法で、まとめて断ち切ってやるよ」
エリオットが前に手を突き出した瞬間――シルマークの周囲を覆っていた雷撃が一条の稲妻となってエリオットを襲った。
「がっ!」
強力な電撃を浴びたエリオットの体が黒煙を上げる。
「な……んで……場所が……」
膝をつく。
次の瞬間、力なく崩れ落ちた。
シルマークがゆっくりと目を開く。
ぼやけた視界に、己の手をかざし、指を開いたり閉じたりする。
手を地につき、よろめきながら身を起こした。
「儂を誰だと思っておる。空間でマナが動けば、その位置ぐらいわかるわ」
エリオットが無力化されたのを確認すると、シルマークはそのまま仰向けに倒れ込んだ。
長い戦いの果てに、静寂だけが残った。
「あーーー。……ケーキ食いてぇ」




