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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第80話 炎の決別

「ここで、何をしているのです――レオ!」


 怒りを押し殺した声が、地の底で反響する。

 イグネアの突進の勢いを乗せた細剣が、火花を散らして弾かれた。

 剣と剣がぶつかり合い、金属音が空洞を震わせる。


「何をしてるかって? 世界のやり直しを手伝ってんだよ!」


 レオが前蹴りを放つ。靴底が風を裂き、イグネアの腹を狙う。

 彼女は反射的に跳び退き、寸前で回避した。

 イグネアは着地すると同時に自身の周りに多数の炎の槍を展開し、レオに向かって一斉に解き放つ。

 轟炎が唸りながらレオに迫るが、羽のように軽い剣(さば)きで次々と切り落としていく。

 二人の間にいくつもの爆炎が炸裂し、黒煙が巻き起こる。

 レオが一層強く剣を振ると、黒煙が薙ぎ払われて霞んで消えた。


 イグネアは構え直しながら、切っ先をわずかに下ろし、低く呟く。


「……貴方の心は、まだドレイクハウルに囚われていらっしゃるのね」


「お前にはわかんねぇよ、イグネア」


 レオが剣を真っ直ぐに向ける。その刃先に、鈍く冷たい光が走る。

「わかりませんわ。――わかってたまるものですか!」


 その瞳が、怒りの炎を宿す。視線だけで相手を穿つように、イグネアは踏み込んだ。


「俺は、こんな腐った権力がのさばる世界をすべて踏み潰して――新しい秩序を作る!」


「貴方が今やろうとしている『力でねじ伏せる』やり方こそ、

 貴方が憎んだドレイクハウルの手口そのもの! なぜ気付けないのですか!」


 言葉が終わるより早く、イグネアが動く。

 レオの切っ先をはじき、懐へと一気に飛び込む。

 空いた手に広げた火球が、閃光のように燃え上がる。イグネアはそれをレオの横腹に叩きつけた。


 轟音。爆炎。黒煙が空間を覆う。

 衝撃で吹き飛ばされたレオの姿が煙の向こうに掻き消えた次の瞬間――煙を裂く閃光が走った。

 剣先が雷鳴のように鋭く、イグネアの身体をかすめる。


「それで避けたつもりか? お前も知ってるだろ。これは――ダンジョン最奥の魔剣だぞ」


 レオの冷徹な声が、煙の向こうから響いた。


 軽く振るっただけで、厚い壁をも寸断する魔剣。

 レオが失踪したときに一緒に持ち去られた神の贈り物。


 イグネアは思わず顔をしかめた。そこには判断を誤ったという強い後悔がにじみ出ていた。


 ――遅れて、紅い飛沫が散る。


 イグネアの左腕が――吹き飛んだ。



 残された右手で、失った腕の切断面を庇いながらイグネアは大地を転がった。そのさらに奥へ飛ばされた腕が、鈍い音を立てて地面に落ちる。

 イグネアはすぐに姿勢を立て直し、下唇を噛みながらも炎の絶えない相貌でレオを睨みつけた。

「俺は別にお前を殺したいわけじゃない。だから――ここで身を引いてくれ」

 ふたたびイグネアの眼前に切っ先が突きつけられた。

 レオは、憐憫めいた感情を抱き、寂しそうな微笑みを浮べる。——そこには、微かに少年時代の面影が残されていた。


 二人の視線が交差し、イグネアは思わず顔を伏せる。

「……ですわよ」

 静寂の中、ぼそぼそとイグネアの口から言葉が漏れる。

 レオは思わず顔をしかめた。

「あぁん?」

 絞り出すような声だったイグネアは、次第に声を荒げていく。

「アナタもワタクシをなめてんじゃないですわよ!!!」

 そして、喉の奥からほとばしる怒号となった。

 それはまるで炎を噴き出すかのように、激しい熱が込められていた。


 その気迫に呑まれ、レオが思わず一歩退いた。

「……なんだよ、くそっ! 死にたいのか!?」


「これしきで、わたくしを倒せると思ってる貴方が! ちゃんちゃらアマちゃんだって申し上げてるんですわぁ!」

 イグネアが腕を抑えたまま、怒りに身を任せてゆらりとその場に立ち上がる。

 体内で燻っていた炎のマナが、イグネアの覇気となって身体からゆらりと昇る。。

 ――熱が、炎が、イグネアの周囲に吹き荒れだした。


「勝敗はもう決しただろうが!」

 目の前にいるのに、はるか遠くに感じる。わけもわからず、レオは張り裂けんばかりに叫んでいた。

 気が付けば、イグネアから立ち上る熱気に、じりじりと後退していた。


 覚悟と決意が、イグネアの視線をさらに鋭く磨き上げた。その視線がレオの心に刃となって突き刺さる。

「フェニックスと地獄を分かち合ってきたワタクシをなめてんじゃありませんわぁぁ!!!!」

 失われた腕の根本から炎が噴き出す。紅蓮の炎が渦を巻き、指先の形を描き始めると、やがて骨も肉も皮膚も、あらゆるものを再生して新たな腕となった。

「今のわたくしは、死をも越えてみせますわ」


 レオは反射的に飛び退いた。

 直後、彼のいた場所を紅蓮の炎が呑み込み、大地を瞬く間に真っ黒に焼き焦がす。


「化け物かよ……!」

「人の心を失った貴方に言われたくありませんわ!」

 空を切り裂く甲高い音とともに、炎の鞭が熱風を巻き起こしながらレオを襲う。


 レオは魔剣で数多の炎を切り伏せていくが、次から次へと襲い掛かる炎の奔流を前になすすべが無かった。一条だった炎はやがてその場を焼き尽くす灼熱の渦となり、その場を全て呑み込んだ。

 声にならない叫び声が上がる。


「偶然手に入れた物を自らの力と過信し、大切なものを全て置き去りにしてしまったのが――貴方の敗因ですわ」


 イグネアはレイピアを一振りし、洗練された所作で鞘に納めると、

 勝利の余韻も無く、ただ寂しそうな表情を浮かべた。

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