第79話 交わる三つの因縁
巨大な白い竜が、大空洞の奥に鎮座している。
そして、それを囲うように張られた、途方もなく巨大な結界を――必死の形相で維持し続けているのは、じいちゃんの元パーティメンバーであり、宮廷魔術師のシルマークさんだった。
結界の内側にフード姿の人物が二人いるのが見えたが、それよりもシルマークさんの後ろで地面に伏せている、銀髪の騎士に、わたしの意識は全て持っていかれた。
「シルヴィオさん!!!」
わたしは、地面を抉るように蹴り出し、一直線にシルヴィオさんのもとへ駆けつけた。
伏せた顔色を伺う。呼吸はしていそうだ。
あぁ、こんな時にオーキィが居てくれたら。そう思わずにはいられない。でも、今はわたしがなんとかしなければ。
急いで治癒魔法の詠唱に入る。
手のひらから放たれる水のマナの輝きが、シルヴィオさんを包んだ。
そこへ、シルマークさんが背中越しに声をかけてきた。
「やぁ、お嬢ちゃんか。よく来てくれた。おじいちゃん、ちーっとばかり無理をしててな。間もなく結界が綻ぶ。そうすると、閉じ込めてるヤバい奴が出てきちまう」
「ヤバいのって――竜だよね!?」
見上げると、そこにいたのは白い毛並みを持つ巨大な竜だった。
その瞳を見た瞬間、わたしの心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。
あぁ、なんということだ。
あれは――ノクだ。
わたしの膝丈ぐらいだったあの愛らしい小さな竜が、今やエルデンバルの城壁をも越えそうなほど、巨大な竜となって大地を見下ろしていた。
「やっぱ、あれは嬢ちゃんのツレか。前に見た時より随分と育っちまってよ。
だが、嬢ちゃん――ヤバいのはあの竜だけじゃねぇ。
今は結界の中に閉じ込めてるが、フードの戦士もだ。
もう一人の老骨は、まだ手の内も見せてきてねぇ。
だけど、もう結界の維持は無理だ。間もなく、奴らが解き放たれる。
いいか、今のうちに準備をできるだけ済ませるんだ」
わたしは小さく頷き、腕の中のシルヴィオさんの様子を確かめた。
治癒は済んだはずなのに、目を覚ます気配はない。
仕方がない……少しでも安全な場所で休んでいて。
わたしは岩陰を探して周囲を見渡す。
そのとき、視線の先に――呆然と立ち尽くすイグネアの姿があった。
彼女の紅い瞳は、ただ一点、フードの戦士を見据えていた。
その戦士がフードを下ろし、顔を晒してこちらを見つめる。
「よぉ、遅かったじゃねぇか」
「ど、どうして! どうして貴方がここに……!」
いうやいなや、イグネアは眉を吊り上げ、口を結び、凛々しく細剣を振るう戦士の顔つきとなり、走り出す。
フードの戦士がスラリを剣を引き抜くと、
「まぁこの結界も邪魔だな」
剣を一閃しただけで、シルマークさんの結界が悲鳴のような音を立てて砕け散った。
その瞬間、疾風のように走り抜けたイグネアが放つ、鋭い細剣の一撃が戦士に迫る。
戦士は剣の腹で的確にそれを受け止めた。辺りに大きな金属音が鳴り響く。
ふたりの視線が重なり、剣と剣が火花を散らす。
イグネアの紅い瞳が、怒りに燃える。今まで見た事のない――本気の殺意。
視界のものを焼き尽くさんばかりの熱が、戦士を射抜いた。
「ここで、何をしているのです! レオ!」
*
「おいおいおい、もう少し持つはずだったのに、嘘だろう!?」
容易く結界が断ち切られたことに、シルマークさんが目を丸くした。思わず姿勢を崩し、地面に膝を着いた。
「くそ! 嬢ちゃんはノクのところに行け! もう一人は儂が引き止める!」
シルヴィオさんを岩陰に移したわたしは、その言葉に頷き、駆け出した。
そこに、腰を曲げたフードの老人の声が響く。
「いつまでも俺の上にいれると思ってやがる。昔からいけすかねぇ野郎だ」
シルマークさんの頬を冷たい汗がひとしずく伝って、地面に落ちる。
「ははっ、そりゃ儂の方がいつだって一枚上手だからな。……だが、お前さんなんで生きてるんだ、エリオット」
かつてじいちゃんと共に大精霊を討った冒険者。
『蒼き剣と七つの遺跡』の著者として名を馳せ、金も名誉も手にした男――だが、過去の因縁から殺害されたはずのシーフ、エリオット。
老人は懐から魔道具を取り出し、口角を吊り上げる。
「そりゃあ、――世界に復讐するためさ」




