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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第78話 地の底、白き竜の眠る場所

 平原を抜け、森を越え、そのまた向こう――。山岳地帯に足を踏み入れる。

 帝国領を抜けた先は、亜人たちが暮らす領域。

 魔物たちに襲われたのだろう。焼け落ちた家屋に、大地を(えぐ)る爪痕。見るも無残な姿になった集落を横目に、わたしたちは足早に進むしかなかった。


 山道も荒れ果てており、視界の端々に倒木が映り、地面には焦げ跡が至る所に残っていた。

 そして――。


 オーキィが目を伏せ、そっと首を横に振る。腕の中の重みを、静かに大地へ返した。


 わたしたちが進む道には、魔物に襲われて命を落とした亜人たちや帝国兵の亡骸が、埋葬されることなく放置されていた。

 特に亜人の遺体は、時間の経過もあってか腐臭を放っており、教団へと続くこの道は、まるで地獄への入口のようだった。


 ――弔ってあげたいけど、今はその時間がない。

 後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、わたしたちは険しい山道を進んでいった。


 シルヴィオさんたちが先行してくれていたおかげか、この凄惨な道中に魔物の姿はほとんどなかった。

 時折現れる魔物も、徒党を組むことなく散発的で、対処は容易だった。

 ――きっと精鋭部隊が、ほとんど討ち払ってしまったのだろう。

 その証拠のように、回収されずに放置された魔核が、あちこちに散らばっていた。


 夜を越え、朝を迎えても、重たい空気に誰もが押し黙り――ただ、ひたすら足を動かす。

 暗雲が星空を覆い隠し、明けても陽の差さぬ道を歩き続ける。


 ふと気付けば、ぽつ、ぽつ、と滴が頬を打った。

「……雨だ」


 次の瞬間、すべての音をかき消すように、激しい雨音が大地を叩きつけた。

 まだ少し空気に冷たさが残る季節。身体が濡れれば体力を奪われる。

 わたしは《澄流の膜》を展開し、仲間たちを包み込むようにして雨を防いだ。


 濁流のように黒ずんだ空に、稲光が閃く。

 遅れて、大地を揺るがすような轟音が鼓膜を震わせた。


 ――目的地は、もうすぐだ。



 一見するとただの炭鉱入り口だ。木枠に支えられた坑道が、奥へ奥へと伸びている。

 そこかしこに戦闘の跡が残る。削れた坑木、抉れた地面、転がる魔核──そして、ここでも命を落とした者たちの姿があった。


 フィンが先頭に立って索敵と罠探知を行ってくれている。

 激戦の跡が残る道を進むことになったけれど、先行した精鋭たちのおかげで、魔物との遭遇は最小限に抑えられているのだと痛感する。

 この爪痕だらけの道を辿れば、きっと目指す場所に辿り着いてしまう。


 胸の奥が焦げつくように熱く、痛い。

 誰かの犠牲の上に、今のわたしがある。

 けれど、前に進む以外に道はない。


 先頭を行くフィンのランタンと、最後尾のイグネアが手のひらの上で灯す魔法の炎を頼りに、暗い坑道を進んでいく。

 奥へ進むほどに、地の底から響くような唸りが足元を震わせた。

 時折、天井からぱらぱらと土が降り落ち、崩落の危険も感じられる。


 息が詰まるような地の底を歩き続ける。

 しばらくして、ふとフィンが足を止め、皆を呼び寄せた。


「おい、明かりが見えたぞ」


 ――前方の奥に、薄っすらと光が差していた。ほんの微かな、淡い明かり。

 きっと、あの先が目的地だ。


 わたしたちは顔を見合わせ、小さく頷き合う。


 ――その瞬間、ひときわ大きな地震がわたしたちを襲った。

 頭上から土と石が降り注ぐ。――天井が崩れる!


「どけぇ!」

 とっさにフィンがわたしとイグネアを突き飛ばす。

 そのフィンを庇うように、オーキィが飛び出した。


 次の瞬間、わたしたちの退路を遮るように、天井から岩石の塊がオーキィの上へと降り注ぐ。

 ――通路が完全に塞がった。


「ちょっと! オーキィ! フィン!」

「ふたりとも返事をなさい!」

 わたしとイグネアは瓦礫の向こうへ声を張り上げた。


 息が止まる。

 ――たったひと呼吸の時間が、永遠にも感じられる。


 その静寂を破るように、遠くから小さな声が届いた。


「私もフィンくんも大丈夫! ふたりとも、先に進んで! こっちは回り道を探してみるから!」


 わたしとイグネアは顔を見合わせ、大きく息を吐く。


「危険を感じましたら、速やかに撤退し応援をお呼びなさい! 決して無理なさいませんように!」

 イグネアの声に続いて、「はーい!」と微かに返事が響いた。


「ひとまず無事でよかったぁ……」

 膝が抜けそうになる。本当に、心臓が止まるかと思った。


「気を抜いている場合じゃありませんわよ、ティエナ。きっとこの先が――」

 イグネアの鋭い視線が、通路の奥に差す光を射抜く。


「うん、そうだね。行こう、イグネア。ノクを取り戻しに!」


 はやる気持ちを押さえながら、慎重に足を進めた。


 ──光の先に待ち受けていたのは、まるで別世界のような広大な空間。

 地底に生い茂る植物が地面を覆い、その合間には無数の兵の骸が折り重なっている。


 そして、その奥に――。


 白く美しい毛並みを持つ、巨大な竜。

 竜を閉じ込めるように張られた強力な結界。

 それを必死の形相で維持する老魔術師と――地面に突っ伏したシルヴィオさんの姿があった。

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