第77話 最果ての町
立ち止まってる暇なんてない。宿に置きっぱなしだった荷物を急いで引き上げた。
権能を隠してる場合でもない。《水葬の泡》で小瓶に封じてた食料も、今回はガンガン使っていく。
……エルデンバルで買ったままだったスイーツも、ようやく食べられるね。ちょっとした気力回復になりそう。
改めて、みんなと集合。とにかく急いで南下しないと。
フィンがギルド経由で馬を手配してくれてた。最南端の街までは馬で駆け抜ける。そこから先は平原を抜けて、森を越えて、帝国を出たら山岳地帯。――そこにある炭鉱をめざす。
アクレディア帝国に来た時はあんなに冷たい風が吹いてた街道も、今は少しだけ柔らかい空気になっている。
ようやくだ。なんとしてでもケリをつける。その思いで、ひたすら南へと駆けた。
*
「やっぱり夜はまだ寒いねぇ。ティエナちゃんお布団お願い」
「はいはい、ちょっと待ってねー」
野営の時間。わたしは《水葬の泡》で瓶の中に片付けてた、ふかふかのお布団を取り出してオーキィに渡した。
帝国に来てからは権能を使うのを極力避けてたから、こうして使うのは久しぶりだ。いい布団で寝れるのも久しぶり。
フィンが収納袋から調理用の魔導具を取り出して、フライパンで肉を炒め始めた。
香ばしい匂いが夜風に乗って鼻をくすぐる。
そういえばフィンって収納袋持ってなかったよね? いつの間に手に入れたんだろ。
「フィンってさ、収納袋とか調理用の魔導具、買ったの?」
「あー、オーキィがな。ルーミナで良い魔導具屋があるって言って買ってきた」
「ええー、そうなんだ!? でも、めちゃくちゃ高いでしょ?」
オーキィが得意げに胸を張った。
「ダンジョンで得た報酬があったから楽勝だったよ。ほら、フィンくんは自分の報酬ほとんど孤児院に寄付しちゃったでしょ? スカンピンになった頑張り屋さんに、お姉さんからのプレゼント」
「よく言うぜ! 自分だと無くしそうだから管理よろしくって押し付けてきたの誰だよ! だいたいオレはギルドの手伝いとかしてたし、困るほど貧乏してねぇって!」
「そうやってダンジョン潜る頻度が減ったから、私は退屈なのよ!」
オーキィが枕をフィンに投げつけると、横顔にベチンと命中。柔らかいはずの枕もオーキィの腕力が加わると弾丸のようだ。
「あっぶな! 今、火を扱ってんだよ!? あぶねーからやめろって!」
「ああ! フィン! マントの裾、燃えてる!」
「ええ!? このマント買ったばっかだぞ!」
すぐにわたしが《清流の手》で水を呼び出して消火する。
背筋を伸ばして綺麗な所作で食事していたイグネアが、クロスで口元を拭きながら呟いた。
「フィンの不運が漏れ出てますわね」
「不運とかじゃねーよ! どう考えても人災だろ!」
「はははは!」
「笑い事じゃねぇ!」
あー楽しい!
空には視界いっぱいに星々が煌いていた。笑い声と一緒に白い吐息がこぼれ、空に薄く広がって消えていく。
絶対に勝つつもりだけど、きっと厳しい戦いが待っている。だから今だけは、この温かくて楽しい空気に浸っていたい。
――夜が明けたら、またこの大地を南へ駆け続けよう。
*
南下の旅は驚くほど順調で、わたしたちは無事に帝国南端の街へ到着した。
ギルドで馬を返却して、首筋を撫でながら「ありがとうね」と別れを告げる。短い付き合いだったけど、いい子たちだったな。
この街は普段は寂れてるらしいけど、今は南の防衛線へ向かう帝国兵や冒険者たちでごった返してる。
その中で――ホントに偶然、アクセルたちに出会うことができた。
神様が気を利かせてくれたのかな? まあ、こんな気まぐれなことするのは風の神様『セラル=ディア』くらいだけど。……わたしのこと覗かないでよねー?
金の前髪をかきあげたアクセルが笑うと、いつものように白い歯がキラッと光る。毎度の魔法で光らせる演出、ご苦労さまです。
もちろん、グレイとウィンディの姿もすぐそばにあった。
アクセルが笑顔で前に出て、わたしの手を掴んで固い握手をしてくる。
「追いついてきたのか。勝手に討伐隊に志願してすまなかったな」
「気にしないで。アクセルたちなら、この戦いで名を上げるチャンスだし。……どうせ私は討伐隊には参加できなかったしね」
グレイが少し手を上げて何かを言いかけたが、迷うように口を閉じて頭を掻いた。
そして、バツが悪そうに話を切り出す。
「まあ、だいたい察しはつくけどよ。――親玉を叩きに行くんだな?」
どう返せば心配かけないか考えたけど……何言ってもバレるよね。
だから、わたしは素直に頷いた。
「うん。まあ、わたしはノクを取り返せたらそれでいいんだけど。危険そうな竜がいたら、ついでに退治してくるよ」
「はっ! 『ついでに竜退治』とは、お前はホントにやべぇ奴だな!」
グレイが笑いながら、今度はわたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。
あーもう! 髪の毛が乱れるってば!
その光景を見ていたウィンディが頬を緩め、静かに歩み寄った。
「ティエナ、気を付けてね。絶対に……無事で戻ってくるんだよ」
ウィンディは自分の手首をなぞると、そこにあった銀のブレスレットを外し、わたしの手を取って優しく巻きつけた。
「まあ、ただのアクセサリーだから何か効果があるわけじゃないけど……お守り代わりにね」
「うん、ありがとう、ウィンディ! そっちも気を付けてね!」
「ああ、そうだ、ティエナ。ちょっといいか」
アクセルがいつになく真面目な声を出した。
「今回の討伐戦、ここで俺たちが魔物を狩ることになっているんだが――シルヴィオ卿が率いる精鋭部隊は、既にエンドレイク教団の本拠地へ強襲に向かってるらしい」
……あー、やっぱり。先に動いてるよね、シルヴィオさん。
倒してくれても構わないけど――ノクだけは、わたしが絶対助けなきゃ。
「それともう一つ。ノアランデ王国から、宮廷魔術師も同行してるらしいぞ」
「え!? シルマークさんが!?」
「やっぱり知り合いか。伝説の冒険者が集う場所……俺も見てみたかったな。もし会うことがあったらサインをもらっておいてくれ」
それだけ言うと、アクセルは指を二本立てて、歯をキラリと輝かせて去っていった。
あー、これは急がないと……!
シルマークさんなら問答無用で炭鉱ごと吹き飛ばしかねない。
――敵を倒す心配より、ノクを助ける心配をしなきゃいけないの、なんか違う気がするんだけど!?




