第65話 静寂に潜んだ凍てつく真実
そして、片道一週間の道のり。
一日の半分はシルヴィオさんの背中に捕まり、馬の背に揺られて過ごす。夜には馬を休ませ、焚き火を囲んだ。
春が近づいているとはいえ、夜はまだまだ冷え込む。
シルヴィオさんの前だと権能も使えないので、収納袋の中に入っている物でやりくりしないといけない。暖かな布団も、美味しい串焼きも、甘〜いドーナツも。ぜんぶ、権能で閉じ込めた小瓶の中だ……あーあ。
そんなわけで、収納袋の中には食料もあるけど、できるだけ節約したい。だから道中は獲物を狩りながら進むことにした。
コレンシカを見つけられたら良かったんだけど、居ないものは仕方ない。
岩をひっくり返したり、木の幹の隙間を覗いて冬眠中の蛇を探したり。小型の鳥系魔物を仕留めて、食料にしながらの行軍となった。
下処理が手間なだけで、どれも美味しいから良いんだけどね。まあ、たまには狩人らしいこともしておこうじゃないか。
「そろそろ着くんだよね? 旅の目的はまだ話してくれないの?」
爆ぜる音が夜空に染み込む。ゆらめく炎がシルヴィオさんの顔を赤く照らしていた。
太陽の下では青白く輝く鎧も、この時ばかりはほんのりと温もりを帯び、身体を包んでいるように見えた。
集めて来た木の破片や枝を、シルヴィオさんが焚き火の中にくべる。
そうそう。一緒に旅をしていて気づいたんだけど、シルヴィオさんって、拾ってきた枝とかを焚き火にくべる時、一度マナを通してるんだよね。
何をしているのかと思ったんだけど、木の中に残る水分を抜いているみたいで、そのおかげでよく燃えるようになるらしい。
そういえば、じいちゃんも同じようなことをしてた気がするんだよねぇ。当時はじいちゃんが水の魔法を使えることすら知らなかったから、あの時はあまり気にしてなかった。
……だからじいちゃんの焚き火はよく燃えたのか――今になってようやく合点がいった。
水の魔法を使う人ならではの、生活の知恵って感じだよね。
*
そして夜が明け、少し進んで――。
わたしたちは、石柱が立ち並ぶ遺跡の中にいた。
ここが……シルヴィオさんが連れて来たかった場所なのかな。
遺跡に一歩踏み入れると、周りよりも一段と寒くなった気がした。いや、実際に寒いのかも。
平原には雪の欠片も無かったが、石柱には雪が積もったままになっている。足元に広がる石畳も、心なしか凍っているように感じた。
その間を、シルヴィオさんが迷いなく進んでいく。通いなれた道とでもいうのだろうか。
わたしは置いて行かれないように、後を追う。
しばらく進むと、倒壊した石柱群に埋もれるように、地下へと続く階段が現れた。
シルヴィオさんが手早くランタンに火を灯す。ほんのりとした温かい光が、あたりをやさしく撫でた。そして地下へと足を踏み入れていく――。
地上よりもさらに冷え込む地下通路に、思わず身体を震わせる。じいちゃん譲りのコートを着ていても、足元から冷気が這いあがってくるようだった。
遺跡の地下では分岐路がたびたび現れたが、シルヴィオさんは迷うことなく道を選び進んでいく。
やがて道が行き止まると、シルヴィオさんはその壁にある古びた、重そうな石の扉に力を込め、ゆっくりと開いていった。
がりがりがり――扉と床が擦れあう音がする。
開いたその先は、小さな部屋になっており、壁には人が入れそうなほど大きな瓶がいくつも並び、部屋の中央には朽ちかけた木の机が置かれていた。
シルヴィオさんが手でそっと机の上を撫でる。白い埃が空気中を舞い、ランタンの光を受けて煌めくと、やがて石畳に溶けていった。
「ここは……?」
この期に及んで説明しないとかないだろうね?
静粛な空気に包まれた部屋の中、シルヴィオさんの呼吸の音が、まるで耳元で鳴っているかのようにハッキリと聞こえる。普段表情を見せない彼の瞳にランタンの淡い光が映ると、やがて言葉を選ぶように、ぽつぽつと語り出した。
「ここは、俺の……生まれたところだ」
は? いやいや、嘘でしょ? こんなところで?
わたしは疑わしげな目線で、ぐるりと周囲を見渡す。
崩れ落ちた本棚。壁に並んだ大きな瓶も大半がひび割れ、砕け散っており、足元にはガラスの欠片が散らばっている。煤が広がったままの竈や奥にはベッドと思われる木の残骸もあった。
——確かに誰かが住んでいたのかもしれないけど……あきらかに数百年経過とかいうレベルの廃墟だ。
まさか、本当にここで生まれ育ったとでも言うの?
「この話は誰にもしていない。それこそリヴァードにも」
シルヴィオさんが背を向けて一歩一歩踏みしめるように歩き出す。足元のガラスがシャリシャリと砕ける音がする。そして壁際の巨大ガラス瓶にそっと触れた。
「誰にも言うつもりはなかった。……だが、今からお前に真実を話す上で、伝えておかねばならんと思った」
そしてわたしへ振り返る。
「俺は――魔法生物だ」
わたしは頭を殴られたような感覚がした。軋むように絞り出された低い声が、耳から脳の奥に響く。
わたしが言葉を失っているうちに、シルヴィオさんが再び口を開く。
「そしてお前は、神――ティエル=ナイアだな?」




