第61話 焚き火のほとりで
まさかイグネアが助けに来てくれるだなんて、思ってもいなかった!
そして、すごく強くなってた! 色々話聞きたいなぁ!
クリスタ湖に水を戻し終えたわたしは、そんな気持ちでキャンプに戻る。
ゆらゆら揺れる炎が見える。正直今は炎を見るだけでちょっと気が滅入るけど……。いやぁ今回の竜は危なかった。今こうして居てられるのは、イグネアのおかげだねぇ。
皆揃って焚き火を囲って話をしてるようだ。もちろんその輪にイグネアもいた。
「みんな、ただいま……って、どうかした?」
イグネアは、赤い液体で満たされたグラスを両手で掴むようにしてうつむいていた。その横では水の注がれたグラスを持ったオーキィが。そして、アクセルとグロウ、ウィンディはどこか一歩引いたように焚き火を挟んで座っている。イグネアを挟むようにオーキィの反対側に座っているフィンが、呆れたような顔でこちらを見上げて来た。
「よぉ、ティエナか。どこいってたんだよ。イグネアがよぉ……」
そこで、イグネアが唐突に顔をあげ、フィンの言葉を遮るように声をあげる。
「あらあらティエナ! どこにいってましらの! はやくこちらに座りなはい!」
そう言いながら手でフィンをぐいと押しやると、わたしが座るスペースを作ってくれた。手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干すと、脇に置いてあった瓶から飲み物を注ぐ。オーキィが「そろそろ止めて、水にしませんか?」と遠慮がちにグラスを差し出す。
イグネアの隣に腰をおろすと、イグネアがぐっと肩をつかんできた。
「えええ? なにごと? どうしたの──って、お酒くさっ!」
思わず顔をしかめちゃった!
「ティエナものみなさいよ、ほらほら」
「いや、わたしは飲まないから~!」
なんで? こんなにへべれけなの? いつものキリっとしたイグネアはどこに行ったの?
イグネアを止める様子もなく、フィンが干し肉にかじりつく。
「半年間何をしてたか聞いたあたりから、ずっとその調子なんだよ」
焚き火の向こう側からグロウがボヤく声が聞こえた。
「俺の時みたいに魔法で強制酔い覚ましすればいいじゃねぇか」
「グロウは一日中飲んでたし、あの時は緊急で用件が入ったでしょ? それと、今とは状況が違うわ」
ウィンディがグロウをたしなめると「へいへい」と適当な相槌をうっていた。
アクセルが焚き火に新しく薪を足す。炎が大きく揺らぎパチパチと爆ぜる音が静かな夜に賑わいをもたらす。
「俺達はよく知らないが、そちらのお嬢さんは普段からそんな感じではないのか」
「わたくし、お酒をたしなむことはありましても、逆にのまれることはございませんわ」
「あぁぁ、イグネア! 零れてる零れてる! グラス傾けちゃダメだって!」
「じゃあ、注ぎますわ!」
「その瓶もう空っぽですよ、イグネアさま!」
「じゃあ、あたらしいのをあけますわ! うふふふ!」
赤ら顔で大きな口を開けて笑うイグネアが、腰の収納袋に手を突っ込む。
あきらかに酔っ払いの動きをしている……!
「うわー、このイグネア見てらんない! ごめんね、イグネア!
彼女の体内を浄化し、あるべき姿に『解毒』!」
どう……? イグネアの動きが一瞬止まる。
あれ? でも顔真っ赤なままだね? 手もプルプル震えちゃって。
ひょっとしてお酒抜けてない?
イグネアは顔を伏せると、喉の奥から絞り出すような微かな声で「くぅぅ」と漏らした。
手を口にあてたオーキィがぼそっと呟く。
「ティエナちゃん、それは残酷だわ」
*
「この度は竜討伐ご苦労様でしたティエナ」
焚き火の赤い光が、背筋を伸ばして微笑むイグネアの顔を美しく照らす。
「いや、そのトーンで切り出すの無理があるだ──痛ぇ! 足を、踏むなっ!」
「グロウは黙ってなさい」
グロウとウィンディが軽く言い合うのをよそに、イグネアが照れくさそうに目を伏せて咳払いをする。
「来てくれてありがとうイグネア! 本当に助かったよ。何回お礼言っても言い足りない!」
「ほんと、よく来たよな。サラマンダーの大群の中を突っ切っていくヤベェ奴がいると思ったらイグネアで驚いたぜ」
フィンの言葉にオーキィが深く頷く。
アクセルが手に持ったグラスを傾けると縁に沿ってキラリと光が走った。……これもアクセルが魔法で光らせてるんだよねぇー? 器用だなぁ!
「イグネア嬢は竜討伐の依頼を受けて来たわけではないんだろう? どうやって場所を割り出してきたんだい?」
前髪をふわりとかきあげる。
「当家の情報網にかかった──とだけ申し上げておきますわ」
イグネアのお兄さんユリウス・フレアローズ。
わたしは会ったことないけど、どうも向こうはわたしの事を把握しているらしいし、謎の情報収集能力を持つお兄さん。
今回イグネアが正確にクリスタ湖へ来れたのも、お兄さんの情報あってのことだそうだ。
『帝国領土で未曾有の災厄が発生しようとしている。水の少女と共に必ず仕留めてくるように』って言われたんだって。
この場でそれを言わないのは、きっとアクセルたちがアクレディア帝国の民だから。フレアローズ家はノアランデ王国に仕えていることもあって、詳細を伏せてるんだと思う。
実際に、イグネアはこうして来て助けてくれたわけだから、お兄さんの情報収集能力の高さは本物。すごいよね?
すごいと言えばイグネアもそうだ。
わたしはイグネアの横顔をじっと見つめる。姿勢正しく伸びた背筋に、凛とした表情。
本当に、すごく強くなってた。きっとこの半年で勉強や修行をたくさんしたんだろうなぁ。
「ねぇ、イグネア!」
「どうかいたしまして?」
「前にもらった手紙にさ、『カイネス兄様と修行の旅に出る』って書いてたと思うんだけど、その修行で強くなったの?」
わたしの質問に、イグネアの笑顔が固まった。そしてフィンやオーキィが視線を逸らす。なんで?
「え、ええ。修行ですわね。ええ、行ってまいりましたとも」
引きつった笑顔のままイグネアの手がカタカタ震えている。
「あら、そういえばワインはどこにしまってたかしら」
「だめだめ! イグネアさまストップ―!」
収納袋に突っ込んだイグネアの手をオーキィが掴んで引き留める。
……ええええ? そんなにトラウマになるような修行してたってことぉぉ?




