第59話 再会、共闘、終焉
目の前に、イグネアが居る。
いろんな想いが頭の中を駆け巡って、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「座っている暇はありませんわよ? 早くお立ちになって!」
グラーヴァルガのブレスを耐えきったイグネアが、力強くわたしの手を引っ張る。
その温もりに——視界が淡く滲んでしまう。
再会の余韻に浸りたかったけど、今はまだ戦闘中だ。気を引き締めて、わたしは目の滴を手の甲で拭った。
改めて、《清流の手》で水を呼び始める。
「イグネア、どうしてここに!?」
当然の疑問を投げかけた。
「あなたが手紙をくださったんでしょう? それにユリウス兄さまが『早くルーミナに行った方がいいぞ』っておっしゃるものですから……。なんとか間に合って良かったですわ!」
相変わらず、謎なお兄さんの情報収集能力……。
でも、今回はそれに助けられました。ありがとうまだ見ぬお兄さん!
グラーヴァルガはブレスに続いて火球を次々吐き出してくる。
だけどイグネアは全く動じていなかった。
「炎の力比べで……わたくしが負けるわけありませんわ!」
イグネアがレイピアを眼前で握りしめる。
見たことのないレイピアだった。その柄には赤く輝く宝石が埋め込まれており、光り輝くと刀身まで赤い炎で包み込む。
イグネアが飛来する火球へレイピアを差し出すと、火球の炎がいなされるようにレイピアに纏わりつく。流れるように次々と火球の炎を吸収していった。
レイピアの刀身に膨れ上がる炎の塊。かなりの熱を放っているはずだけど、イグネアは涼しそうな顔をしていた。
「もう終わりですの? では、お返しいたしますわ!」
イグネアがレイピアを振るうと、灼熱の炎が螺旋を描く幾条の束となって、竜の顔へと突きささる。炸裂——竜の顔面で、幾度も爆発が咲いた。
一瞬、竜の甲高い声が漏れる。
爆煙が晴れ、姿を見せたグラーヴァルガは少し煤けていたものの、依然その瞳は力強く輝いていた。
「これぐらいじゃ、効きませんのね」
イグネアはレイピアを軽く振りおろし、刀身の煤を払う。
「かっこいい……!」
「あら? 感想の第一声がそれですの? 残念ですわ。『強くなったね』ではございませんのね」
綺麗に整えられた金髪の縦ロールを揺らして、イグネアが微笑む。
わたしの胸にも熱い気持ちがこみあげてくる。
「強くなった! すごい! さっきの何あれ! というか熱さ平気なの!? その新しい武器綺麗だね、それどうしたの!? どんな力持ってるの!? アーマードレスも新しくなってるし……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! 感想と質問が多いですわ!」
そう言いながらも、イグネアは飛んでくる竜の炎を的確にいなしていく。流れる動きで優雅に。美しく。その姿はまるで炎を従える女王のようだった。
あーもう、なんて頼もしいんだろう!
「あーもう、いろいろ聞きたいのに! でも、先に目の前の竜退治だね!」
「そうですわ。さっさと片付けて……お茶の時間とまいりましょう!」
一人だったら押し込まれてたけど、二人だったら負ける気がしない!
イグネアが竜の攻撃を防いでくれるおかげで、わたしは水を貯めることに集中できる。
「あ、そうだ! あの竜にわたしの水、効かないんだった……! 近づく前に熱で全部蒸発させられちゃう!」
「そんなことですの? では、わたくしにお任せくださいな。ティエナはそのまま水の確保に集中して」
イグネアが収納袋から、手のひらサイズの赤く美しい宝石を取り出した。その宝石の内部には、赤い炎が揺らめいてキラキラと光を放っていた。
「それは?」
「炎の魔晶をわたくし用に特別加工したものですわ。これがあればわたくしもマナ切れを気にせずに炎の魔法を使えますの。まあ見ててくださいまし」
イグネアは空いた手を竜に向けて突き出すと、詠唱をはじめる。
「その身に纏う炎よ、熱よ! 我が意に従い終息せよ! 『赤熱剥離』!」
竜の身体が赤く光を放ったかと思うと、一瞬にしてその光がイグネアの手の中に吸い込まれる。
グラーヴァルガは自身に何が起こったのか理解ができないようだった。その身に纏っていた炎も熱も全て消え失せていた。
「いまならいける!」
イグネアが作ってくれたチャンス! わたしの後ろには、ちょっとした泉といってもいいぐらいに貯めに貯めた水の塊! カラカラになったクリスタ湖も、この後でちゃんとたっぷり水をもどしてあげるから!
「さあ、いよいよ仕上げだね——水の壁から槍を産み出そう!」
青く揺らぐ水の表面から先端を尖らせた水の螺旋を次々と呼び出す!
水面に波紋を残しながら生まれたばかりの水の螺旋を頂点から熱を奪い取り氷結させる。
パキパキと音を立てて、仕上がったのは数多に浮かぶ凍てつく槍。
「じゃあね、グラーヴァルガ。正直ちょっと怖かったよ! いっけえええええ!《氷撃の槍》!」
わたしはグラーヴァルガに向けて、槍を一斉に解き放った。
凍てつく螺旋が次々と空を切り裂き、白い軌跡を空中に残しながら赤い竜を抉っていった。苦悶の声をあげ空に顔を向ける竜。《氷撃の槍》が刺さったところからは竜の体温すらも奪い取り、やがてそこには氷の彫像と化した竜が残った。




