第55話 燃え盛る虚像
「前には出ないだろうけどフィンくんにも『耐熱保護』かけておいたからね」
オーキィの魔法により、一瞬、オレの身体が光に包まれる。
「おう、助かるぜ」
魔法のおかげで、押し寄せる熱風がそよ風に感じる。熱さが和らいだおかげで頭もクリアになってくる。
前方には街道を埋め尽くすように現れるサラマンダーの大群と、空を飛ぶ燃える男。
「ふはははっはは！ 死ぬ！ 死ね！」
こいつが「竜の信徒」で間違いないんだろうが、どうにも様子がおかしい。
おかしいってのは精神的な意味じゃなくて——
オレは腕のボウガンで男の頭を狙う。放った矢が空気を切り裂き、男のこめかみを貫く。だが、損傷部からは大きく炎が噴き出すだけで、男は全く意に介さない。
これだ、おかしなところは。ダメージは通っていないのか？ まさか炎が血の代わりってわけじゃないよな。
魔術師たちによる水魔法の砲撃が当たったときだけは、男の炎がかき消える。だがそれですら、一呼吸もおかずに再び燃え上がり、元の姿に戻ってしまった。
マジか。人間辞めて炎の精霊になりました、なんて冗談は勘弁して欲しいところだぜ。
次の矢を番えた瞬間、男の赤い目がぎょろりとオレを捉えた。
「……ちっ、こっち向いたかよ」
どうせ効かないだろうが、けん制の意味を込めて矢を放つ。男の腕を貫くも、炎が噴き出すばかりで、やはりダメージにはなっていなさそうだ。そして、お返しとばかりに何本も炎の槍が飛んでくる。
「やっぱ効かねぇよな！」
飛んでくる炎を身を捻りながら回避するが、全ては躱し切れそうになかった。だが、そこに大盾持ちの冒険者が割って入り、直撃するはずの炎を受け止めてくれた。水の保護を受けた盾がジュっと炎をかき消す。
「あんた、良い盾持ってんな！ 助かったぜ！」オレの言葉に戦士は軽く頷いた。
打開策を考えながら走る最中、グロウの声を聴いた。
「おい、アクセル！ 幻影だ！ 気を付けろ！」
幻影？ サラマンダーと戦っている冒険者たちに目をむけると、確かに実体の無い物が混ざっているようだ。戦士が切りかかると炎を噴き上げて炸裂する。
幻影というか……蜥蜴の形をした炎の爆弾じゃねぇか。だがその性質は……燃える男と一緒だよな。
……なるほど。そういうことか。
この男も幻影の類か。本体はどっか別に居るな。
そう思い周りを見渡してみるが……冒険者と蜥蜴が入り乱れる戦場に、幻影魔法を維持していそうな魔術師は見当たらない。
最悪のケースは身内にいることだが……。今回の遠征に炎属性を主体とする魔術師は一人もいないし、どの魔術師もそれぞれの属性魔法を行使しているのは確認できている。複数属性使う高位の魔術師だったら話は別だが、ここにいるのは冒険者ランクＢ級以下がほとんどで、Ａ級で参加している者も身分はしっかりしている。
だから、一旦身内に敵がいる考えは除外だ。
「……近くに居ない？ まさか、遠隔操作まで出来るのか？」
幻影蜥蜴は最初からサラマンダーに混ざってやって来た。男も同じく、街道の向こう側からやって来た。
だとしたら、本体はクリスタ湖に居るってことか？
この数の幻影蜥蜴と、独立して行動する分身を遠隔で制御している？
そんな事が可能なのか、という疑問が脳裏をよぎった。だが、その答えはガーランドが既に示していた。奴同様に人知を超える力を手に入れているならば、有り得ることだと呑み込むしかない。
オレは慌てて周りを見渡す。
「オーキィ！ 魔術師何人か連れてティエナの元へ行け！」
「えええ！？ 今ここ離れたら、サラマンダーの群れに崩されちゃうよ！？」
「向こうの方が多分やべぇ！」
サラマンダーが吐きだす火球や、燃える男の炎槍を回避しながら声のかぎり叫ぶ。
そんな、オレたちの横を掻い潜るように、ひとつの影が駆け抜けていく。
声をかける間もなかった。
吹き荒れる炎の中を迷いなく突き進むその背中は、あっという間に炎の向こうへ消えていった。
