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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第53話 忍び寄る狂気の火種

 六日目の朝。野営地を片付け終えると、冒険者たちは一団となって進み始めた。

 その道中、オーキィから水の魔術師たちとの打ち合わせ内容を聞かされる。


 戦闘が始まれば、水魔術師は攻撃魔法チームと保護魔法チームに分かれる。保護魔法チームは先頭を行く剣士系に優先して耐熱魔法を付与する。耐衝撃魔法の付与は他属性の魔術師が補う。耐熱が行き渡った後は、保護魔法チームの半数が火球避けとして水の壁を展開と維持を行い、残り半数は治療に回るという手筈だった。

 その水の壁は防御の要であると同時に、負傷者にとっての退避先の目印にもなる。混乱の中でも壁を目指せば治療が受けられる——そんな安心感を持たせる意味があるらしい。


 攻撃魔法チームも状況に応じて二手に分かれる。竜と雑魚が同時に現れた場合、初撃は火力を半分ずつに分けるが、その後は雑魚の殲滅を優先する方針だ。竜に集中するのは、まず周りを片付けてから。


 何より優先されるのは自分たちの命なので、もし敵の火力が想定を超えた場合は、全員で保護魔法の維持に回り、撤退も視野に入れる。

 オーキィの説明を聞きながら、わたしは「なるほど、理にかなってるな」と素直に頷いていた。


「ティエナちゃんはこの枠組みに入らないので、攻撃魔法チームの初撃が飛んだら雑魚は無視して速攻竜の元に行ってね。あと他の冒険者の治療とかも考えずに竜を倒すことだけを考えて」

 まあそうなるよね。

 眠っててくれればその間に大量の水召喚して《氷撃の槍》打ち放題できるんだけどなー。


 傍を歩いていたグロウが軽く手をあげる。

「ガーランドのおっさんみたいな竜の信徒が居た場合はどうするんだ?」

 わたしが口を開こうかと思った矢先、前を歩くアクセルが振り返ることなく声を上げる。

「その時は、俺たちが引き受ければいいだけだ。ティエナは安心して竜にかかってくれ」

 アクセルの軽く掲げた手甲がキラリと輝く。

 なんとも頼もしい限り。信徒が居ない時は竜討伐手伝ってね?



 そしてこの日は——驚くほど何もなかった。

 敵の気配も、そして動物や鳥の気配すらも。不気味なほどに街道は静まり返っていた。

 また一夜明け、七日目がやってくる。



「ちょっと、皆止まってくれ!」

 間もなくクリスタ湖に辿り着こうかというころ、先頭を歩いていた冒険者グループの戦士が足を止めて叫んだ。


 遠くに人の姿が見えた。手には何も持たず、ふらふらと街道をこちらに歩いてくる男性。見た感じ三十歳ぐらいだろうか。手入れのされていないボサボサの髪に、擦り切れた麻布の服。身体の線も細く、ただの町人のように見えた。問題は「なぜここに?」だ。


 疑問は皆も同じらしく、戦士は剣を抜いた上で大きな声で呼びかける。

「おい、そこのお前。止まれ! ここで何をしている!」


 男は、ふらふらとよろめきながらこちらに近づいてくる。ブツブツと何かつぶやいているようだった。

「——死んでしまう。死んでしまう。死にたくない。死にたくない」

 青ざめた顔を手で覆いながら、ゆっくりと近寄ってくる。


 何かに怯えるように歩くその男に、戦士は敵意無しと判断して近づいていく。

 そしてそっと肩をつかんだ。

「おい、お前。何に怯えているんだ。何があった?」


 戦士の問いに男は答えず、同じ言葉を繰り返しながら戦士の両肩に掴みかかる。


「死んでしまう。死にたくない。死んでしまう。死にたくない」


「おい、なんだ、離せ!」


「死んで——!」

 その時、男の身体から大きな炎が吹き上がり戦士を巻き込んで燃え上がった。

 いったい何が起きた!?


 戦士の仲間が、すかさず男の手首を切り落として戦士を引きはがす。

 わたしは慌てて《清流の手》で水を呼び出し、戦士に浴びせかけた。その横でオーキィが駆け寄り、『治癒(ヒール)』の光を重ねる。


 ふらふらと後ろへよろめいた男はその足を止めると、燃え上がる身体のままに天を仰ぐ。その目に理性の光はなかった。叫びは悲鳴から嘲笑に変わり、声は歪んで響く。


「死ぬ、死んでしまう! ふは! ふははははっは!」


 フィンが叫ぶ。

「ティエナ! 先に行け!」

 これは異常事態だ。フィンの言葉に頷いて、わたしは姿勢を低くし、燃える男の脇をすり抜けるように駆け出した。男を横目でちらりと見る。

 全身を炎に包まれながら高笑いするその姿は不気味でしかなかった。肉が焦げ鼻につく匂いがその場に広がる。


 そして、わたしが男をすり抜けた直後、クリスタ湖方面から燃え盛るような熱波が吹き荒れた。

「あっつい! なにこれ!」そう叫びながらも駆ける速度は緩めない。慌てて顔を両腕で覆いながら《澄流の膜》で身体を保護する。

 空気は揺らぎ、肌を焼くように吹き抜ける炎の風。


 あぶない……! 保護が間に合って本当に良かった! 

 熱波をやりすごしたかと思ったけど、その後に控えているのは大量のサラマンダーだった。ひび割れた湖底の窪地から、ぞろぞろと炎を纏った影が現れる。

 そして、後ろからは男の叫び声が聞こえてくる。


「死ぬ! 死ぬんだ! 死にたくない! 俺は死にたくない! だから……皆、死ねぇ!」


 狂気をはらんだ、炎の討伐戦が今はじまった——

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