第52話 焚火に香るベーコンの夜
五日目の夜——遅れてルーミナを出発した魔術師たちがついに合流を果たした。
魔術師たちはそれぞれ自分のパーティの元へ、魔導軍の人は兵士たちの集まりへと散っていく。
オーキィもわたしたちの元にたどり着くと、ナップザックを下ろして自らの肩を揉んだ。
いつも通りの落ち着いた笑みで、疲れを微塵も見せない。日頃からダンジョン探索で鍛えられてるだけあって、五日間の行軍でも元気そうだった。
フィンが焚火の前に座ったまま、顔をオーキィに向けて「よぉ」と声をかける。
「やっと追いついたわ」ボヤいているようだけど、笑顔でフィンの横に腰を下ろす。二人のやり取りを見届けて、わたしも口を開いた。
「おかえり、オーキィ! 道中問題なかった?」
「先に行った皆が倒してくれたんでしょう? 魔物どころか動物一匹すら出てこなかったわ」
まるで退屈だったと言わんばかりだ。オーキィは身体を大きく伸ばして、軽く息を吐いた。
野営地は各パーティごとに固まっているので色んな所で焚火の明かりが揺れ、爆ぜる音が聞こえてくる。
フィンがベーコンを串に刺して、炎の傍に突き立てる。
パチパチと音を立てて宙に消える炎をオーキィはじっと見つめていた。
「サラマンダーはもう出てきたんでしょう? フィンくんは怪我してない?」
そう言いながら、楽しそうにフィンの肩や脇腹を手で触れるオーキィ。
「おい、辞めろ! どこも怪我してねぇから!」
フィンが身をよじる。
「え~、残念」……これはちょっと本気で思ってそう。回復中毒は治らないのだ。
「だいたいどのパーティもサラマンダー単体としか戦闘してないし、怪我もほぼねぇよ。群れの半分以上はティエナが倒してるんだぜ?」
「おー、さっすがティエナちゃん」
その言葉に、得意げに胸を反らして、どやっとアピールしてみせる。
「サラマンダーなら楽勝だよ。竜もこんな感じに楽に倒せたらいいんだけどね」
「楽かどうかはともかく、ティエナちゃんで無理なら他の人だとお手上げだよね……」
思わず三人とも唸ってしまう。
サラマンダーが徘徊している事と、「赤い竜」という情報から間違いなく炎系の竜だと思うんだけど、本当にそうだったら相性良しでわたしがゴリ押せる。と良いなぁなんて。
本物を見ていないので結論なんて出るはずもない。そこでオーキィが話題を変えるように口を開いた。
「あ、そういえば見張り番はどんな順番になってる? ティエナちゃん起きてて大丈夫なの?」
「今はアクセルとウィンディが寝てるよ。グロウは見張り番に出てるはず。わたしは好きに寝て良いんだってさ。どうせサラマンダーが来たら起こされるから」
そこでフィンがふっと笑った。
「実はさ、冒険者も兵士も全員集めて、夜の見張り番の話したんだよ。ティエナと同じ組だと安心だよなって」
わたしは黙って相槌をうっておく。
「それはそうだよね。サラマンダー戦ってわかってれば私だってティエナちゃんと同じ組で見張りしたいよ」
「だろ? もちろん、皆同じ意見になったわけよ。それで協議の結果、逆に『ティエナは見張りしない』ということで平等性を保ったんだ。まるで特別待遇だろ?」
「だからわたしは、自由に寝てて良いって話」
そう言いながら、香ばしい匂いを放つベーコン串を焚き火の傍から拾い上げた。
食欲をそそる良い香り~! 息を吹きかけて少し冷ましてからかぶりつく。口の中に溢れる肉の味わい! 真夜中に食べるベーコンは最大級の贅沢ぅぅー。
「なるほどねー。どうせ敵が来たらたたき起こされるだろうし、その時にティエナちゃんが万全の態勢になっている方が良いか」
「そういうことだな。だからティエナはとっとと寝ろってこと」
「あれ? 急にわたし怒られてる?」
おや~? フィンの突然の裏切りがっ。
「睡眠不足で火力落ちると困るからな」
「えーせっかくオーキィが到着したのに。もっと話したかったな」
わたしは唇を突き出して抗議する。だけど「大丈夫、また明日も話できるよ」とオーキィに言われてしまってはおとなしく寝るしかないね。
うーんと伸びをして深呼吸。ほっと一息つく。
「そうだね、じゃあわたしは寝てこよっかな。何かあったら起こしてね」
「言われなくても起こすさ」
「おやすみ、ティエナちゃん」
「うん、おやすみ!」
*
でも、その晩はリザードとサラマンダーの襲来で二回起こされた。
リザードの時は「サラマンダーじゃなかったわ! すまん!」と周りの冒険者たちに謝られた。
サラマンダーは体表に炎を纏っている為、夜道に現れるとわかりやすい。かなり遠くから発見してくれたことと、数も五体と少なかったので遠距離から《氷撃の槍》を打ち込むだけで片が付いた。
はぁー、もう一寝入りしよ。




