第51話 奔流の一閃
わたしはすぐ後ろに控える帝国兵たちの盾に、《澄流の膜》で水の保護を与える。
「これで少しぐらいなら火球に耐えられると思う! でも油断しないで!」
そう告げると、手前のサラマンダーをサイドステップでかわし、奥の群れへと駆け出す。
手を掲げ、水を腕に纏って《氷撃の槍》を成型し、遠くのサラマンダーたちへ続けざまに四本射ち放った。三体は氷の中に閉じ込められたが、一体は口から吐いた火球で《氷撃の槍》を相殺してみせる。
間近の一体が爪を振り下ろしてくるが、それも横に回避。すぐさま首の横へ滑り込み、首筋のエラめがけてナイフを突き立てる。首元から吹き出した熱波がわたしの頬をなでた。
サラマンダーは甲高い断末魔を上げ、光の粒子となって崩れ落ちる。だが、わたしの足はもう次の個体へと向かっている。
後方からは冒険者たちの咆哮と剣戟の音が響いてくる。ちらりと視線をやると、サラマンダー一体に対して一つのパーティがあたっており、戦況は押し切れる見込みだった。
飛んでくる火球を《清流の手》で呼び出した水に呑み込ませて消し飛ばす。そして、手近な一体の下へ滑り込み、ナイフで喉を引き裂いた。
兵たちが防衛していたラインより、さらに前方へ進むことができた。奥から新たなサラマンダーの影が見えるが、まだ距離がある。こちらに到達するまで、わずかな余裕があるはずだ。
──だったら。
「一掃しちゃおうか!」
詠唱は必要ないけれど後方の視線を気遣い、せめて詠唱のフリだけでもしておこう。
「水よ──理を鎮め、流れを束ね、命を守る環となれ。いまこそ奔りて、すべてを清めよ──!」
わたしの身体のまわりから水が渦を巻き、空へと昇る。詠唱に呼応するように空中へ大量の水が集い、龍のごとくうねりを描く。
「《天涙奔流》!!!」
両手を突き出すと、圧倒的な水流がサラマンダーへと襲いかかる。火球の迎撃など全く意味をなさない。
奔流はサラマンダーたちを容赦なく呑み込み、群れごと押し流し――戦場を一瞬にして水で塗り替えた。
視界の端々で粒子化する光が瞬いた。
奔流が跡形もなく消え去ったとき、そこにサラマンダーの姿はもうなかった。
わたしが両手のひらを払って前方の安全を確認していると、後方からワッと歓声があがる。
「いいぞ! よくやった!」「すげえ! 全部倒したぞ!」
冒険者たちはすでにサラマンダーを討ち終えたようで、わたしに手を振ったり拍手を送ったり、仲間と肩を抱き合って喜んだりと、思い思いに無事を分かち合っていた。
えへへ、どうもどうも。
もてはやされるのはちょっと照れるけど——みんな無事でよかった。
わたしも、みんなのところに戻って兵士たちの無事を祝おう。
駆け寄った先で、片手を掲げて待っているアクセル。わたしはその手に自分の手をパチンと合わせた。
「いえーい!」
「流石だなティエナ! 見事な水魔法攻撃だった」
「伝説の冒険者リヴァード仕込みの必殺魔法は伊達じゃねぇな」
フィンがわざとらしく大きな声でじいちゃんの名前を出す。
フィンは、わたしが元神だってことをまだ知らない……ハズ。
わたしが「力の源泉を話せないし知られたくない」とエルデンバルでフィンと話したこと、もう随分前の事なのにちゃんと覚えてくれていたようだった。
能力バレを避けるために、一芝居打ってくれているのだろう。
わたしが手を合わせてお辞儀すると、フィンは軽く笑って一度だけ頷いた。
……持つべきものは友達だ。ありがたい。
すると周囲の冒険者たちが口々に噂を広げていく。
「リヴァードと言えば弓だろ? 水魔法もすごかったのか?」
「お前もぐりだねぇ? リヴァードは帝国の由緒正しい水神官の血筋らしいぜ」
「なるほどねぇ。秘伝の水魔法ってわけか」
勝手に話が膨らんでくれるのは助かるなぁ。こうしてると、今でもじいちゃんに守られてる気がするよ。……ありがと、じいちゃん。
その後、わたしは冒険者や兵士たちに囲まれ、じいちゃんの武勇や修行の話をしつこく聞かれてしまった。答えられる範囲で笑ってごまかした。
……内心ひやひやだったけど、狩人修行の厳しさの話は本当だしね。大丈夫、大丈夫――と自分に言い聞かせる。
*
五日目の行軍を終えて野営していると、後発の魔術師たちが追い付いてきた。
ひときわ背の高いオーキィの姿は、遠くの隊列の中でもすぐに目に留まった。
わたしが手を振ると、オーキィもこちらに気付いたようで振り返してくれる。
こうして、先行部隊約三十名と防衛にあたっていた兵士十余名、さらに後発隊十余名が合流し、総勢六十名近くの大所帯となった。
竜のもとへたどり着くまで、あと二日。大きな戦いを前に、騒がしい夜が更けていく――。




