第50話 焦熱の遭遇戦
話し合いの結果、明け方に魔術師たちと合流してから移動するオーキィを残し、他のメンバーは先行部隊として急ぎクリスタ湖へ向かうことになった。
わたしは水魔術師と打ち合わせしなくていいのかと聞いてみたけど、オーキィに笑顔でこう言われた。
『ティエナちゃんは規格外だから、足並み揃えない方がいいわ』
……神の力使ってるのがバレても困るからねぇ。ありがたくそうさせてもらいますか。
今、前線を支えているのは、昼間に駆り出されていた兵士たちで、彼らが壊滅しないように、準備が整ったパーティから順次出発していた。
街道を行く列は松明の明かりに照らされ、闇に響くのは靴音と鎧の擦れる音ばかり。夜の行軍は不安を煽るけれど、それでも放っておけば街に危険が及ぶ。だからこそ、多くの冒険者が協力していた。
*
三日目までは、驚くほど順調だった。
道中で小型の魔物に遭遇しても、冒険者たちがあっさり片付けてしまう。夜営の焚き火を囲んで簡素な食事をとり、交代で見張りを立てながら眠る。緊張はあるけれど、どこかに余裕もあった。
「このまま竜まで一直線で行けそうだな」
焚き火のはぜる火を見つめながら、アクセルが呟く。
「いや、それは都合が良すぎるだろ」
フィンが即座に突っ込みを入れる。
「伝令が言ってただろ? サラマンダーの群れが這い出してきたって。楽観するのはいいけど、油断は死を招くぞ?」
「おいおい、脅すなって」
グロウが肩をすくめる。
「脅かしじゃねぇ……正直、もう一度あれと戦うのかと思うと……生きた心地がしねぇ」
フィンの言葉にウィンディが食事の手を止めて顔をあげる。
「まるで戦ったことがあるような言い方だね」
「戦ったさ。近寄るだけでも焼けるように熱いから近接も辛いし、離れたら口から火球吐き出してくるんだぜ。一体一体そこそこ強いのにあいつら群れで出てくるから厄介すぎんだよ。ティエナがいなけりゃ詰んでるぜ」
そこまで言ってから、「不安を煽り過ぎたか」と微妙な表情をするフィン。
「俺、今からでも帰って良いかな?」
真面目な顔で告げるグロウに、フィンは胡散臭い笑顔で返答する。
「魔核がな……凄く高く売却できるんだ。下手したら酒蔵が買えるかもな」
グロウが握った拳を震わせる。
「よし、敵の気を引くのは俺に任せとけ。その代わり報酬大目に頼むぞ」
あ~あ、グロウ騙されて……は、いないんだよねぇ。
サラマンダーが落とすのは炎の魔晶。炎マナが蓄えられた魔核。かなりの金額するのは間違いない。
以前わたしたちが獲得した炎魔晶は全てイグネアが報酬として受け取り、そのかわり他の物は一切なし。という形で分配したっけ。
焚火をぼんやり見つめ、カップのお湯に少し口をつける。ふと、夜空を見上げた。
……イグネアも元気でやってるかな。
*
四日目の昼過ぎ。
街道を進んでいた先頭の冒険者たちが急に足を止めた。茂みの奥からずるりと長い尾が伸び、リザードの群れが道を塞ぐように姿を現す。
「来たな、俺に任せろ!」
アクセルが輝く剣を抜き放ちながら、先頭を駆ける。
「っしゃ、後に続け!」
他の冒険者たちも掛け声を上げ、リザードへ飛びかかった。
サラマンダーではなく、ただのリザードということもあり、戦いはそう長引かなかった。
だけどクリスタ湖周辺にいたリザードが、街道半ばまでやってきている事実を、皆が実感する。
まだ安全圏だと思っていたのに、魔物の侵攻は確実に進んでいた。胸の奥が冷たくなる。
*
そして五日目。
街道の先から焦げ臭い匂いが流れてきた。空気がざわめくように熱を帯びている。
前を行く斥候が駆け戻ってきて、息を荒げながら叫んだ。
「サラマンダーだ! 数は十……いや、それ以上!」
その報を聞いて、わたしたちは斥候と入れ替わるように駆け出した。
しばらく走った先、視界に映るのはサラマンダーを前にじりじりと後ろに下がる帝国兵たちの姿だった。
大盾を前に防御の姿勢を固めているが、サラマンダーの火球で熱を持った盾を放棄した兵もいるようだ。
サラマンダーの群れの中には、黒く焦げ横たわる兵の姿もあった。
前線の兵たちが振り返り、冒険者の一団を見ると安堵の表情を浮かべるが、再び前方に向き直り防御に徹する。
わたしは冒険者の一団を置き去りにするように駆けると、すかさず権能である《澄流の膜》を使い自身に水の防護膜を展開して熱に備える。
そのまま兵士たちの頭の上を跳び越し、落下の勢いを加えてサラマンダーの頭頂にナイフを叩き込んだ。まずは一匹。
粒子化して消えるサラマンダーには気に留めず、周りを見渡す。
赤黒い鱗の巨体は体表に炎を纏い、燃え盛る尾を振り回していた。十匹以上はいる。背後からフィンの声が飛ぶ。
「前方の六体程度は冒険者たちでなんとかなる! ティエナはできるだけ後続が来ないようにしてくれ!」
「わかった!」
ふたたび、サラマンダーたちに向き直る。
焦げ付くような匂いが立ちこめ、いかつい顔の赤いトカゲたちがこちらを睨みつけている。
うん、大丈夫。脅威は感じない。
「やっぱり、わたしこいつらとは相性良さそうだね! さぁ、いくよ!」




