第49話 奪還作戦の策定
マルチェロさんがぐるりと見渡し、凛とした声を室内に響かせる。
「では、皆さん揃ったことですし、状況説明をさせていただきます」
わたしたちは物音を立てないように、静かに話を聞いた。
「既にお聞きになられているかと思いますが、西にあるクリスタ湖より魔物が湧き出ており、それの討伐に当たっていた帝国軍小隊が壊滅しました」
壊滅という言葉に反応してか、誰かの唾を飲み込む音が響く。静けさの満ちた室内は、ともすれば呼吸の音も聞こえそうだった。
特に発言が無いのを確認すると、マルチェロさんは話を続ける。
「生還した帝国軍伝令によると、当初はクリスタ湖周辺に出現したリザードの大群と交戦していたそうです。
しかし戦闘の最中、突如として湖から水蒸気が立ち上がり、一帯は白い霧に包まれました。
その霧を割って姿を現したのが──多数のサラマンダーだったとのことです」
サラマンダーか。エルデンバルのダンジョンで見かけた気もするけど、瞬殺した気がするなぁ。
そう思って、フィンとオーキィにこっそり「楽勝だね?」と耳打ちをしてみたが、反応は微妙で、二人ともしかめっ面をしていた。
「ティエナひとりに任せていいか?」とフィンがぼそっと呟く。
あれ? そんなに大変だったっけ……?
マルチェロさんは淡々と続ける。
「帝国軍がそれらと戦っているうちに霧は次第に晴れたそうですが──水が消失しあらわになった湖底。中央には眠るように動かない赤い竜。
ですが壊滅の原因は竜ではなく、その周囲からさらに這い出してきたサラマンダーの群れでした。数に圧倒され、戦況は一気に悪化したようです」
そこでアクセルが素早く手をあげ、質問をする。
「帝国軍小隊——おそらく四十名前後は居ると思うんだが、全滅なのか? 帝国軍なら水魔法に長けた者も多いだろう、相性的には有利じゃないのか?」
自身が光属性だったために、帝国軍への所属すら両親に認められなかったことを思い出し、アクセルは拳をぎゅっと握りしめる。
「そうですね。多少は魔法が使える兵もいたかもしれません。ですが魔導軍ではなく一般兵の集まり。そして敵の数は小隊を圧倒的に上回っていたようです。——伝令を走らせた時点で、残されたのは十名ほど。……残念ながら既に壊滅しているでしょう」
オーキィがそっと手をあげる。
「魔導軍と申しますか……軍所属でなくても構わないのですが、水属性の魔術師の方は今回どれぐらい防衛に参加されるのでしょうか?」
「魔導軍は南方の防衛にかなりの人数を割いていると聞いています。再編成でこちらに来るとしても時間がかかります。軍からは良くて数名——あとは冒険者を募ることになりますね。幸いアクレディア帝国では水属性が得意な方が多いので、Dランク以上に絞り込んでも十名以上はご参加いただけると思います」
「では、ご参加いただける水魔術師たちで打ち合わせする機会を設けてください。戦闘時の方針だけでも共有しておきましょう。攻撃に割くリソースと治療に回るタイミングを誤ると被害が大きくなるでしょうから」
……久しぶりに真面目なオーキィを見た気がする!
思わずじーっと見てしまう。
「どうしたのティエナちゃん?」
「オーキィって……ちゃんとしてたんだなって感心してた!」
「どういう意味かな~?」
あ、いつものオーキィだ。
ドミニクさんが咳払いをする。そこへマルチェロさんが続ける。
「では、ドミニクは参加要請を受けてくれた水魔術師たちを招集してください。明け方に出発し、向かう道中で打ち合わせの場を設けましょう。剣士などでも水魔法を扱える者は、同席させてください」
「かしこまりました。すぐに準備いたします」
マルチェロさんがオーキィに向き直り、
「基本方針はオーキィさんにお願いしてよろしいですか? それともティエナさんの方が?」
ええええ!? わたしに飛び火するの!? って「水魔法が得意です!」という扱いなんだよね、わたし。それズルだから、みんなをまとめるとか無理だよ。
「ティエナは別の役割がありますので、私の方でお話させていただきます」
オーキィがこっちを向いてウインクする。あーもー勝てないなぁ。今度オーキィ用に特別なスイーツ用意しとこう。
そこでフィンが口をはさむ。
「サラマンダーの群れ相手なら、ティエナが一発大きいのかまして一層するのが手っ取り早いんじゃねか?」
エルデンバルでの出来事を思い返しているようだった。
「《天涙奔流》で一気に流すことはできるけど、後続が湧いてきた場合は連発はできないよ?」
一瞬で大量の水を集められるわけではないからね。
「第一陣を流せるだけでもかなり助かるだろう? 問題は、敵さんが固まらずに散ってる時だよな。その時は各個撃破していくしかないか」
「じゃあ、敵が散開している場合は街道を中心に処理しちゃおう。打ち漏らしたり範囲外にいる奴は他の皆に個別対応してもらって、わたしたちは開けた街道を突っ切って竜の元に走る感じかな」
アクセルは力強く頷いた。グロウは眉を寄せ、舌を出して天を仰ぐ。
まあグロウの感覚が正しいんだろうね。
竜退治──普通なら誰だって尻込みする。ましてや、わたしたちは過去に何度も対峙している。だからこそ、危険度は骨身に染みている。出来ることなら、わたしだって本当はやりたくない。
だけど──誰かがやらなければならないのなら。もと女神であるわたしが、ここで踏みとどまるわけにはいかない。胸の内で討伐への決意を固める。
マルチェロさんとドミニクさんが深く頭を下げる。
「今回もあなた達に頼ることになり申し訳ございませんが、どうかよろしくお願いいたします」
皆がひとつ頷き、静かな決意が室内を満たす。こうしてクリスタ湖奪還戦は幕を開けた。
――あーあ、早くノクを取り返して、竜も何もかも終わらせて、エルデンバルのケーキ屋でスイーツを心ゆくまで食べたい。平穏よ、どうか帰ってきて。




