第41話 地を穿つ竜
蛇のような見た目だが、その身体は鱗の代わりに岩石で覆われている『穿地竜バジルグラーヴ』。その半身は大地の下に根差しているが、地上に出ている部分だけで三階建ての建物に匹敵する巨大さだ。
わたしはその竜に向けて権能による一点集中の水流、《水圧石穿》を放った。
その一撃は轟音を立て竜の岩殻を貫き、堅い身体にピキリと鋭いヒビを走らせた。
「ちょっとは効いたでしょ……って、ひゃああああ!?」
竜は激しく身を震わせると、雨のように岩礫を飛ばしてくる。ひとつひとつがわたしの頭以上のサイズという結構な大きさだ。
ズゴンズゴン!! と地面を抉るように落下してくる。
こんなの直撃したら頭無くなっちゃうよ!?
権能を使い水の防護膜を幾重にも頭上に展開してみるものの……重さがあるせいで普通に突き破ってくる。最終的には身体でちゃんと避けるしかない。
わたしは落ちてくる岩を身をよじってかわしながら、竜目掛けて駆けていく。
さて、どうやって倒すか考えてみたけど、手持ちのナイフや弓じゃあ外殻を貫けそうにないんだよね。
『穿地竜』というだけあって地面に潜るし、 前に戦った『紫煙竜』の時みたいに権能で水攻めも効果が薄そう。結局、《水圧石穿》で削るしかないんだけど、それもあまり距離があると水圧が弱くなって貫通力が落ちてしまうので、できるだけ接近して使いたい。その為には竜に貼りつくのが理想的。
ということで、なんとかして竜の身体に乗っかってしまいたいのだ。
その間にも岩は次々降ってくる。
「こわいこわいこわい!」
口では泣き言みたいな声を上げながらも、心臓は爆発しそうなほど脈打っている。視界の端で巨大な影が動くたびに全身の毛穴が総立ちになり、喉がひどく渇いた。
それでも足は止まらない——止めたら死ぬとわかっているから。
しっかりかわしているわたし。偉い!
地面に突き刺さる岩を足場に跳躍。竜の中腹ぐらいに貼りつくことが出来た。
だけど、ふるい落そうと竜が大きく身体を震わせる。しがみつこうとしたものの、あっという間に空中に放り出されてしまった。
わたしは宙でくるりと身体を回転させて、人差し指を手近な竜の腹に向ける。一発だけでもお見舞いしなきゃ。
「《水圧石穿》!!」
細く鋭い激流がバジルグラーヴの外殻ごと身体を貫き、竜は激しく身もだえしてその場で暴れ狂う。
わたしはそれに巻き込まれないように、着地と共にふたたび距離をとる。
あーしかし……らちがあかないというか……。どうやって仕留めようかなぁ。
などと考えていると、竜が地中に潜っていく。巨体を大地に沈ませることで、あたりには大きな振動と、地面の隆起や陥没が発生。周辺の草木が割れ目に呑み込まれていく。
「わっと、あっぶっない!」
背筋を氷柱でなぞられるような寒気が走る。
わたしはウィンディの魔法のおかげで揺れの耐性を得ているけど、混ぜ返すような大地の動きに巻き込まれないように、震源地から離れるように跳躍を繰り返した。
もしほんの一瞬でも遅れていたら、今頃わたしは草木と一緒にぺしゃんこだ。
震えそうになる足を叱咤して、ひたすら前に進む。——怖い。怖いのに、足は止まらない!
そんなわたしを追いかけるように地面の隆起が追いかけてくる。そして足元が爆ぜるようにしてバジルグラーヴの巨体が地上にあらわれる。
わたしはその突進をなんとかギリギリ転がるように避ける。
土煙と共に、ぺしゃんこになった草木と土の匂いがあたりに立ち込める。
「ひえぇぇ~! 地面に潜るだけで危険すぎるよ!」
これはもう潜らせちゃいけない!
わたしは両手でそっと地面に触れる。両手が淡く輝くと、大量の水が地面を這って広がっていく。
水は亀裂に染み込み大地を侵食していき、地中に隠したバジルグラーヴの半身をも浸していく。
理解できないと言わんがばかりに、竜が首をかしげて地面を見下ろす。
わたしは更に《清流の手》で宙に渦巻く水を呼び出すと、腕を前に突き出した。
「《氷撃の槍》!!」
渦巻く水は数多の氷の螺旋となり、つぎつぎに地面を浸す水へ突き刺さる。そして一面の氷のリンクと姿を変え、竜の身体も氷でがっちりと抑え込んだ。
「よし、これで!」
ほんの一瞬、胸が軽くなる。だけど次の瞬間には心臓を素手で掴まれたような咆哮。鼓膜を破られたかと思うほどの衝撃に、膝ががくりと震える。
世界そのものが崩れていく。竜が吠えるだけで。
轟く叫び声が空気を震わせ鼓膜の奥まで突き抜けるようだった。わたしは思わず耳をおさえる——が、その咆哮の能力なのか、竜を中心にストームが巻き起こり、わたしが作った氷の大地の表面を削りながら岩をも宙に持ち上げる。
氷も岩も吹き荒れるこんな突風に巻き込まれたらタダじゃすまない!
わたしは姿勢を低くし、嵐の中心である竜の元へ一気に詰め寄る。
飛来する石や氷で顔や腕の皮膚が切り裂かれ、うっすらと赤く滲む。
竜はまだ大地に根を張る氷の牢獄から抜け出せずにいる。今しかチャンスはない!
「これで仕留める! 《水圧石穿》!」
喉が焼けるほど叫んだ。祈るように、願うように。どうか、この一撃が届いて——!
地面から生えるバジルグラーヴの根本に貼りついて超至近距離での圧縮水流。竜の胴を貫いた細い激流を、わたしはそのまま横に振り抜いた。岩の外装ごと竜の身体を真っ二つに引き裂く。
竜の咆哮があたりに響き、再び大地が激しく揺れる。やがて竜の身体が粒子となって消えゆく。——が、それと共に、大地の下でも蠢いていた竜の半身が消えたことにより、一帯の地面が陥没しはじめる。
「あわわわわ!」
崩れ行く地面に足をとられながら、今いた場所から慌てて離れる。
しばらくして、崩落が落ち着いたのを見届けてから、深くため息をつく。
「あ~~~、疲れたぁ……」
どさりと腰を落とした瞬間、緊張の糸が切れた。身体の芯から震えがこみ上げる。
息が白く乱れて視界がにじむ。勝った、のかな……? そんな実感すら追いつかないまま、ただ地面の冷たさだけを感じていた。




