第8話 評価査定、ちょっと騒がしくなりまして
冒険者ギルドの素材買取室。幅の広いどっしりしたカウンターの奥で、筋肉質な中年の職員ガルドが短く問いかけた。
「で、買取素材はどれだ?」
分厚い腕を組み、皮ベストの下に見える傷跡の数々。どこからどう見ても歴戦の男だ。
「い、いまから出しますね!」
ティエナはやや緊張気味に答えながら、すっ……とイグネアの背中へ回り込む。
イグネアは、ティエナの行動に戸惑いながらも、彼女を庇うように背筋を伸ばし、少しだけ足を広げた
「……なにをしていらっしゃるの?」
「う、うしろに隠れて出すから。……この力で出すの、見られると困るんだよね」
「はあ……」
イグネアは呆れたように天を仰ぎ、目を泳がせた。
そして、静かに一歩前へ出て隠れ蓑になってくれる。
後ろ姿が頼もしい。ちょっとだけお姉さん感がある。ティエナは、イグネアのその姿に頬を綻ばせた。
「はい、どうぞ。お好きになさいまし」
ティエナはそっと腰のポーチから小瓶を取り出す。
イグネアの背後で、他の視線に隠れるように魔力を込め、《水葬の泡》を解除。
小瓶の中から、泡状になっていた素材がふわりと現れ、弾けると同時に元の形を取り戻す。姿を現したのは、エンラットのまるごと一匹――腐毛も牙も、丁寧に洗浄・清浄されている。
イグネアの影から脇へと現れたエンラットの死体を見て、ガルドの目が一瞬鋭くなった。
「……おお、マジでエンラットだな」
間を置かず、二匹目も同じようにイグネアの背後から出てきた。
イグネアは顎を指で軽く抑え、困惑した表情で天井を見つめた。
「なんと、二匹もいたのか……!」
そのあと、三匹目、四匹目……素材が次々と現れ、床に並べられていく。
「おいおい、まてまて……なんだその収納袋! どんだけ出てくるんだ!」
ガルドが慌てて身を乗り出す。
「え、えっと、まだあります……」
イグネアの背後からティエナがそう言って、最後の一本――やや大きめの小瓶を取り出し、慎重に泡を解除する。
──ドン。
突如、カウンターの床に、一際大きな影が落ちた。重々しく弾け、中から現れたのは、まさしく――
「……」 「……」 「…………キング、じゃねえかっ!?」
次の瞬間、辺り一帯が騒然となった。
「「「キングだってぇぇぇぇぇ!?」」」
素材買取室から聞こえたその叫びに、広間の冒険者たちが一斉に反応する。
「おい今キングって聞こえたぞ!?」「エンラット・キング!?」「嘘だろ、あんなの市内に出たのかよ!?」
ざわめきが瞬く間に広がり、冒険者ギルドは騒然となった。
「ギルド長呼んでこい、誰か!!」
「え? ギルド長……どこにいるんだ……!?」「たしか今日は応接室の方にいたはず……」
「っていうかさ、キングなんて話聞いたら、ギルド長が黙ってるわけないよな……」
そんなざわつきが続く中――
「ったく、騒がしいな……」
不意に重低音のような声が奥から響く。
ガシャン、と大きな足音。鋼鉄のガントレットで扉を押し開けて現れたのは、分厚い胸板と革ジャケット、白髪混じりの短髪の男。
「……キング、だと?」
ギルド長、ドルグ。
現役時代はA級の前衛戦士。今はギルドをまとめる立場のはずだが、顔つきも体つきも、いまだに討伐に出そうな勢いを感じさせる。
床に置かれた素材を一瞥し、ぐいとあごをしゃくる。
「このでかいの、お前が仕留めたのか?」
「え、あ、はい……」
ティエナが思わず手を挙げる。
「なんだお前、ちっこいな!」
ドルグはまずティエナを見下ろしてうなるように言った。
「けど……こいつ倒したの、お前か? 本当にFランクか?」
「えっと、たぶん……」
「ほぉ~~~……リヴァードの孫ってのは聞いてたが、ほんとに育て方がめちゃくちゃだなあいつ」
ぽんぽんと自分の額を指で叩く。
「……キングがいたなら、俺にも声かけろっての。倒しがいあるじゃねぇか」
「「「行っちゃダメでしょギルド長!」」」
一斉に職員たちからのツッコミが飛ぶ。
「ったく、元気なうちにしか動けねえんだよ! こんな討伐は昔なら俺が一番先に動いてたんだぞ! な、ガルド!」
「しらねぇよ……」
「で、ガルド。素材の査定は?」
ガルドは穢鼠王の前脚を持ち上げ、睨みつけるように品定めをした。口の中も覗き込み、咽喉の奥までしっかりと確認をした。
「……状態は上々。毛皮も毒腺もちゃんと使えるし、浄化されてやがる。銀貨九枚は出せる」
その結果を聞いて、ドルグは満足そうに頷いた。
「ほーう、上出来だ! じゃあギルドからも、討伐報酬として銀貨十二枚出しとけ!」
「えっ」「マジで!?」「破格すぎるだろ!?」
冒険者たちがざわつく中、ドルグはどんと胸を叩いた。
「文句ある奴ぁ、その場でキング倒してから言え!」
「いや、無理です」「ごもっともで」
「じゃあ決まりだ。クラリス、昇格の件も検討しとけ。Fじゃさすがにバランス取れん」
「……了解しました。ティエナさん、Dランクへの昇格申請を進めておきます」
「Dか。おいクラリス、そこに『リヴァードの孫補正』は入ってねえよな?」
「もちろんです。あくまで今回の功績によるものとして処理します」
「……ならいい。あいつには勝てなかったが、せめてその孫にだけはちゃんと筋を通してやらねえとな」
ドルグはぽつりと呟くと、腕を組んでどっかりと壁に寄りかかった。
「D!? すごいの?」
「Fの次はE、その次がDだよ」
ノクがぽそっと補足すると、ティエナはぱぁっと笑顔になった。
「じゃあ、もうちょっとで中堅ってことだね!」
全然わかってなさそうだった。
ノクは説明もめんどくさいとばかりに、ため息だけを返した。
ドルグがふっと笑って口を開いた。
「Dランクになりゃあ、討伐依頼もぐっと幅が広がる。お前さんみたいな新入りにしちゃあ出来すぎだが……これからはギルドにも、しっかり貢献してくれや」
そう言いながら、ガルドに視線をやる。
「素材買取と報酬、まとめて渡してやれ」
「あいよ。まとめて、っと……はい、これが銀貨二十一枚分な」
ティエナは革袋を両手で受け取り、そのずっしりとした重みに目を丸くした。
「うわっ、すごっ……こ、こんなに? ほんとに? すっごい、重たい……!」
袋を胸にぎゅっと抱きしめて、目を輝かせる。
「お布団の上でじゃらじゃら広げてもいいかな!? あとで数えて、並べて、にやにやしてもいいかな!? えへへ……!」
顔がほころびっぱなしのティエナに、ノクがぽそりと呟く。
「はい、現金な反応きました」
とりあえず壁の役目も終えたイグネアは、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。
「はぁ……わたくしは、とりあえず、お風呂に入りたいですわ。泥は綺麗にしていただきましたけれど、気分的にやっぱり、きちんと入りたくて」
それを聞いたティエナが、イグネアの袖をちょんちょんとつついた。
「ねえ、あのね、わたし……言いたいことが……」
その瞳は期待に満ちて、にこにこと輝いていた。
「白霧レモネード……買ってくれるんだよね?」
ティエナがにへらっと笑いながら、目を輝かせる。
あまりにも嬉しそうな顔に、イグネアもつられて頬を緩めた。
「ええ、もちろん。待ち合わせして、美味しい白霧レモネードが飲めるお店へご一緒しましょう」
ふたりは顔を見合わせ、こくりと頷いた。
次の約束を胸に、一度ギルドをあとにする。
「白霧レモネード、楽しみだなぁ……♪」
ギルドを出て、軽く伸びをしながらティエナは小さく呟いた。




