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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第8話 評価査定、ちょっと騒がしくなりまして

 冒険者ギルドの素材買取室。幅の広いどっしりしたカウンターの奥で、筋肉質な中年の職員ガルドが短く問いかけた。


「で、買取素材はどれだ?」


 分厚い腕を組み、皮ベストの下に見える傷跡の数々。どこからどう見ても歴戦の男だ。


「い、いまから出しますね!」


 ティエナはやや緊張気味に答えながら、すっ……とイグネアの背中へ回り込む。

 イグネアは、ティエナの行動に戸惑いながらも、彼女を庇うように背筋を伸ばし、少しだけ足を広げた


「……なにをしていらっしゃるの?」

「う、うしろに隠れて出すから。……この力で出すの、見られると困るんだよね」

「はあ……」


 イグネアは呆れたように天を仰ぎ、目を泳がせた。

 そして、静かに一歩前へ出て隠れ蓑になってくれる。

 後ろ姿が頼もしい。ちょっとだけお姉さん感がある。ティエナは、イグネアのその姿に頬を綻ばせた。


「はい、どうぞ。お好きになさいまし」


 ティエナはそっと腰のポーチから小瓶を取り出す。

 イグネアの背後で、他の視線に隠れるように魔力を込め、《水葬の泡》を解除。


 小瓶の中から、泡状になっていた素材がふわりと現れ、弾けると同時に元の形を取り戻す。姿を現したのは、エンラットのまるごと一匹――腐毛も牙も、丁寧に洗浄・清浄されている。


 イグネアの影から脇へと現れたエンラットの死体を見て、ガルドの目が一瞬鋭くなった。

「……おお、マジでエンラットだな」


 間を置かず、二匹目も同じようにイグネアの背後から出てきた。

 イグネアは顎を指で軽く抑え、困惑した表情で天井を見つめた。


「なんと、二匹もいたのか……!」


 そのあと、三匹目、四匹目……素材が次々と現れ、床に並べられていく。


「おいおい、まてまて……なんだその収納袋! どんだけ出てくるんだ!」


 ガルドが慌てて身を乗り出す。


「え、えっと、まだあります……」


 イグネアの背後からティエナがそう言って、最後の一本――やや大きめの小瓶を取り出し、慎重に泡を解除する。


 ──ドン。


 突如、カウンターの床に、一際大きな影が落ちた。重々しく弾け、中から現れたのは、まさしく――


「……」 「……」 「…………キング、じゃねえかっ!?」


 次の瞬間、辺り一帯が騒然となった。


「「「キングだってぇぇぇぇぇ!?」」」


 素材買取室から聞こえたその叫びに、広間の冒険者たちが一斉に反応する。


「おい今キングって聞こえたぞ!?」「エンラット・キング!?」「嘘だろ、あんなの市内に出たのかよ!?」


 ざわめきが瞬く間に広がり、冒険者ギルドは騒然となった。


「ギルド長呼んでこい、誰か!!」


「え? ギルド長……どこにいるんだ……!?」「たしか今日は応接室の方にいたはず……」


「っていうかさ、キングなんて話聞いたら、ギルド長が黙ってるわけないよな……」


 そんなざわつきが続く中――


「ったく、騒がしいな……」


 不意に重低音のような声が奥から響く。

 ガシャン、と大きな足音。鋼鉄のガントレットで扉を押し開けて現れたのは、分厚い胸板と革ジャケット、白髪混じりの短髪の男。


「……キング、だと?」


 ギルド長、ドルグ。

 現役時代はA級の前衛戦士。今はギルドをまとめる立場のはずだが、顔つきも体つきも、いまだに討伐に出そうな勢いを感じさせる。


 床に置かれた素材を一瞥し、ぐいとあごをしゃくる。


「このでかいの、お前が仕留めたのか?」


「え、あ、はい……」


 ティエナが思わず手を挙げる。


「なんだお前、ちっこいな!」


 ドルグはまずティエナを見下ろしてうなるように言った。


「けど……こいつ倒したの、お前か? 本当にFランクか?」


「えっと、たぶん……」


「ほぉ~~~……リヴァードの孫ってのは聞いてたが、ほんとに育て方がめちゃくちゃだなあいつ」


 ぽんぽんと自分の額を指で叩く。


「……キングがいたなら、俺にも声かけろっての。倒しがいあるじゃねぇか」

「「「行っちゃダメでしょギルド長!」」」


 一斉に職員たちからのツッコミが飛ぶ。


「ったく、元気なうちにしか動けねえんだよ! こんな討伐は昔なら俺が一番先に動いてたんだぞ! な、ガルド!」

「しらねぇよ……」

「で、ガルド。素材の査定は?」


 ガルドは穢鼠王(エンラット・キング)の前脚を持ち上げ、睨みつけるように品定めをした。口の中も覗き込み、咽喉の奥までしっかりと確認をした。

「……状態は上々。毛皮も毒腺もちゃんと使えるし、浄化されてやがる。銀貨九枚は出せる」


 その結果を聞いて、ドルグは満足そうに頷いた。

「ほーう、上出来だ! じゃあギルドからも、討伐報酬として銀貨十二枚出しとけ!」

「えっ」「マジで!?」「破格すぎるだろ!?」

 冒険者たちがざわつく中、ドルグはどんと胸を叩いた。


「文句ある奴ぁ、その場でキング倒してから言え!」

「いや、無理です」「ごもっともで」


「じゃあ決まりだ。クラリス、昇格の件も検討しとけ。Fじゃさすがにバランス取れん」

「……了解しました。ティエナさん、Dランクへの昇格申請を進めておきます」

「Dか。おいクラリス、そこに『リヴァードの孫補正』は入ってねえよな?」

「もちろんです。あくまで今回の功績によるものとして処理します」

「……ならいい。あいつには勝てなかったが、せめてその孫にだけはちゃんと筋を通してやらねえとな」

 ドルグはぽつりと呟くと、腕を組んでどっかりと壁に寄りかかった。


「D!? すごいの?」

「Fの次はE、その次がDだよ」

 ノクがぽそっと補足すると、ティエナはぱぁっと笑顔になった。


「じゃあ、もうちょっとで中堅ってことだね!」

 全然わかってなさそうだった。

 ノクは説明もめんどくさいとばかりに、ため息だけを返した。


 ドルグがふっと笑って口を開いた。

「Dランクになりゃあ、討伐依頼もぐっと幅が広がる。お前さんみたいな新入りにしちゃあ出来すぎだが……これからはギルドにも、しっかり貢献してくれや」


 そう言いながら、ガルドに視線をやる。

「素材買取と報酬、まとめて渡してやれ」

「あいよ。まとめて、っと……はい、これが銀貨二十一枚分な」


 ティエナは革袋を両手で受け取り、そのずっしりとした重みに目を丸くした。

「うわっ、すごっ……こ、こんなに? ほんとに? すっごい、重たい……!」


 袋を胸にぎゅっと抱きしめて、目を輝かせる。

「お布団の上でじゃらじゃら広げてもいいかな!? あとで数えて、並べて、にやにやしてもいいかな!? えへへ……!」


 顔がほころびっぱなしのティエナに、ノクがぽそりと呟く。

「はい、現金な反応きました」


 とりあえず壁の役目も終えたイグネアは、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。

「はぁ……わたくしは、とりあえず、お風呂に入りたいですわ。泥は綺麗にしていただきましたけれど、気分的にやっぱり、きちんと入りたくて」


 それを聞いたティエナが、イグネアの袖をちょんちょんとつついた。

「ねえ、あのね、わたし……言いたいことが……」


 その瞳は期待に満ちて、にこにこと輝いていた。


「白霧レモネード……買ってくれるんだよね?」


 ティエナがにへらっと笑いながら、目を輝かせる。

 あまりにも嬉しそうな顔に、イグネアもつられて頬を緩めた。

「ええ、もちろん。待ち合わせして、美味しい白霧レモネードが飲めるお店へご一緒しましょう」


 ふたりは顔を見合わせ、こくりと頷いた。

 次の約束を胸に、一度ギルドをあとにする。


「白霧レモネード、楽しみだなぁ……♪」

 ギルドを出て、軽く伸びをしながらティエナは小さく呟いた。

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