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見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る  作者: 通りすがりの冒険者


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第42話 『SKYFALL』②


 公園のブランコに揺られながらフランチェスカは隣のブランコに腰かける学の話を聞く。


「そう、そんなことがね……」

「はい……もちろん勉強が大事なのはわかってるんです。でも……」

「なんのためにやるのかが分からない。そんなところね?」

「はい……」

「そっか。ま、あたしも勉強はキライだけどね。ついでに言うとシスターになるのもイヤ」


 聖職者らしからぬ物言いに、学は思わず隣のブランコで揺れる見習いシスターを見やった。

 ふと公園の時計を見る。

 

「あ、僕そろそろ塾に行かないと……話を聞いてくれてありがとうございました。なんだか、胸のつかえがおりた気分です」

「そう? そのわりにはまだ納得してない顔よ?」

「で、でも、勉強はしないと……」


 フランチェスカがきぃこきぃこと前後に揺れ、やがて「よっ!」と言うと前方にジャンプして見事な着地を見せた。

 学が呆気にとられるなか、当の見習いシスターはくるりとこちらを向く。


「ね、塾の電話番号わかる?」 

「え? それなら僕のカードに……」


 塾の学生証を渡す。


「OK。ありがと」

「でも、どうするんですか? それ……」


 だが、それには答えずにカードの裏に記載されている番号を見ながらスマホを操作する。

 担当者が出たらしく、二言三言交わす。


「はい、すみません。ではよろしくお願いします」と通話を切って学生証を返す。


「え、あの」

「塾の人に体調が優れないから、おやすみさせてくださいって言っておいたわ。もちろんあたしが保護者の代わりとしてね」

「え……!?」


 (おどろ)く学をよそにフランチェスカが続ける。


「たまには息抜きも大事よ。あたしが塾で勉強するより何倍も有意義なことを教えてあげる!」


 そう言って悪戯(いたずら)っぽく、ウインクをひとつ。


 †††


 しんと静まりかえった研究所の廊下をふたりは歩く。病院の通路を思わせるその廊下は冷気によるものか、足元がひんやりとする。

 目の前の壁に細い影がゆらゆらと揺れるのを認めたふたりは足を止める。

 フランチェスカはいつでも撃てるよう拳銃を構え、彼女の後ろでは学が慣れない手つきで拳銃を握りしめている。

 意を決して角を曲がると、その正体はわかった。天井から垂れ下がったケーブルが明滅する蛍光灯の光を浴びて、それが壁に反射しているのだ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。他愛のないその正体に学はほっとひと息つく。


 ――――その時だった。


 左のドアから勢いよく飛び出した――異形(いぎょう)の者が咆哮(ほうこう)をあげて襲いかからんとする!


「ひぃっ!」


 学は思わず目を閉じた。次の瞬間には銃声――。

 恐る恐ると目を開けると異形の者の醜悪な顔の額には、フランチェスカの放った銃弾が命中していた。


「油断しちゃダメ! 後続がくるわよ!」

 

 彼女の言うとおり、異形の者が倒れたあとに通路の向こうから、わらわらと牙を剥きながら襲いかからんとする――――!


「数が多いわね!」


 ならばとハンドガンからマシンガンへと持ち替え、フルオートに切り替えて連射、連射、連射!

 銃口からマズルフラッシュを瞬かせながら、正確に急所を撃ち抜いていく。

 銃の扱いに()けている彼女の前では、異形の者たちは為す術もなく(むくろ)と化すのみだ。


「す、すごい……」

「敵が多いときにはマシンガンに限るわよ。そこ、よそ見しないで!」

「は、はぃい……!」


 十分後、ラスボスを倒してゲームをクリアしたフランチェスカは備え付けのピストルを戻す。


「んー! カ・イ・カ・ン♡ どう? スカッとしたでしょ?」と隣に立つ学を見る。

「あ、はい。でも恐かったです……」

  

 グロテスクでリアルな敵キャラに手も足も出なかった学がそう答える。そもそもゲームセンターは親に禁じられて以来、足を運んでいない。


「でも、フランチェスカさんすごいです。ほとんど当ててるし、それに比べてぼくなんて、弾が全然当たらないし……」

「両手でしっかりグリップしてないからよ。このピストル、ホンモノみたいにブローバックするからマズルジャンプ(発射の際に銃口が跳ね上がる現象)が起きるしね」

「はぁ……」

 

 普段の生活ではまず役に立たないであろう豆知識を教えられた学はピストルを所定の場所に戻す。と、すぐそばでフランチェスカが手を差し出す。


「はい」

「……え、えと、なんですか?」

「ハイタッチ知らないの? ふたりでラスボス倒したんだから、あんたも手を上げて」

 

 学がためらいがちに手を上げると、すかさず見習いシスターがぱちんと小気味良い音を立てる。


「さぁ次のゲームに行くわよ!」


 意気揚々と隣の筐体(きょうたい)へ向かう彼女の背中を見やり、次にハイタッチされた手を見る。

 まだジンジンとする手のひらには、達成感という感覚が残っている。それは勉強では得られないものだ。

 「どうしたの? ゲームしないの!?」と向こうから見習いシスターの呼ぶ声に学は「やります!」と元気よく答えた。


 †††

 

 夜空に満月が輝くなか、郊外の峠道では二台のスポーツカーのヘッドライトが我先にと駆け抜ける。

 パールホワイトの車をメタリックブルーの車がなんとか追い抜こうとするが、そうはさせまいと巧みにハンドルを操作して妨害する。

 メタリックブルーのドライバー、学は慣れないステアリング操作とアクセルペダルを踏み込みながら、なんとか食いついていく。

 半分まで差しかかったところで、目の前の、フランチェスカが運転するパールホワイトのテールランプがいきなり赤く点灯した。


 スピードが落ちた!? でもチャンスだ!


 この機会を逃してなるものかとアクセルを目いっぱい踏み込む。メタリックブルーが前にぐんぐん進み、ついに追い抜いた――――!


「やった!」


 喜んだのもつかの間。

 目の前に急なカーブを認めたとき、学は慌ててブレーキを踏むが、間に合わなかった。

 タイヤを軋ませながら、メタリックブルーはそのままガードレールに激突し、フランチェスカの車は急カーブを卓越したステアリングで曲がっていく。

 学の目の前には『GAME OVER』のロゴが。同時に悲しい音楽が流れていく。

 「そんなスピード出してたら、急カーブ曲がりきれないわよ。コースを把握する者がレースを制するのよ。覚えといてね」と隣のシートから見習いシスターの茶目っ気たっぷりのウインク。


「こうみえてもあたし、以前にメキシコで車を運転したことあるのよ。ま、無免許だけどね」

「はぁ……」

「ね、次は格ゲーしない?」


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