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42話:赤い夜7

遅れました…

 実の所、出撃を命じた指揮官、現在城で兵権を預かっていた副司令官はそこまで無能でも、腐っていた訳でもない。

 実家が名門の軍人貴族であった彼は当然のように、将軍の地位を目指した。

 そうして、彼はモルテン将軍の指揮官としての能力を認めてもいた。しかし、同時にモルテン将軍に対して大きな不満点を持ってもいた。

 それは彼の行動。

 将軍という軍を率いる責任ある立場でありながら、極少数を率いて自ら危険極まりない魔の森への調査に向かうといった行動に代表される事柄に対してだった。

 この行動が示すように、過去幾度かにおいてモルテン将軍は同じようなトラブルを起こしていたし、その際に部隊を突然押し付けられて書類仕事などが激増するのは彼を含めた部下達だ。将軍が自ら危険地帯に少数の精鋭と共に偵察に向かう、といえば聞こえはいいし、実際その冒険というべき行動を英雄的な行動だと持て囃す貴族もいるが突然、上司がいなくなって走り回る事になる部下としてはたまったものではない。

 

 『指揮官としての才能は認めるが、将軍としては相応しい人物とは思えない』


 という気持ちを彼が抱くようになったのは当然と言えるだろう。

 そんな折訪れた、今回の機会。

 次の将軍位を狙う者は複数おり、各人がそれぞれに次期将軍への絶好のアピールとなる機会に活発に動き出した。

 彼にとって問題だったのはその中には「指揮官として相応しくない」者が他にもいた事だ。

 モルテン将軍に憧れ、同様に独断的な行動を過去に幾度も取った事がある者。

 モルテン将軍自身がそうした行動を取っている上、大きな問題を起こしていないから問題視まではされていないが、指揮官として相応しいとは思えない!

 現実に見て無能な者。

 過去幾度も失敗を繰り返しながら、実家の権力でもってこれまで庇われてきた癖に自尊心だけは大きい者。

 この他、実際に兵を率いた経験がなく軍での仕事は書類整理だけの文官というべき者や、極度の神経質でヒステリー気味な者。

 もちろん、真っ当な指揮官候補の方が総数でいえば無能な者、将軍に相応しくないと感じるレベルの者より多かったが、万が一そうした者が宮廷活動の結果、兵権を預かったらたまったものではない。そう考えて、彼もまた宮廷活動を行い、今回兵権を得た。

 生真面目だが神経質という訳ではない彼はモルテン将軍とは少々相性が悪い所はあったものの、実は「まあ、彼なら」とほとんどの兵士はほっとしたぐらいの力はあった。

 モルテン将軍自身も猛抗議して引きずりおろす必要がある程無能な者ではなかった事から、幾度も叱られていた事による苦手意識もあって歓迎という訳ではないにせよ黙認はした。

 おそらく、このまま無難にこなせば次の将軍となるのは確実だっただろう。

 

 そんな時に起きたのが今回の奇襲だった。

 はっきり言おう、運が悪かったしか言いようがない。

 軍に属する者は彼が悪いと考えた者はほとんどいなかった。自分が同じ立場にあっても今回の奇襲は防げなかっただろうと感じていたからだ。

 しかし、責任は誰かが取らねばならない。

 そしてそれは今現在、兵権を預かる彼が取る事になるだろうというのもまた必然だった。


 (納得いくか!)


 このままではまず間違いなく、よくて左遷、最悪軍を辞任。

 ここから逆転するには何かしらの功績を立てなければならない。少なくとも「失敗はしたが、それを自ら挽回した」と周囲から見てもらえるだけの行動が!

 それが彼が嫌うモルテン将軍同様の行動だったのは皮肉だと言えるだろう。

 モルテン将軍より科学による兵器、という話を伝えられてはいたものの、当の将軍自身が和真かずまからの又聞きだ。

 またモルテン将軍自身が「参考にはしづらい」と判断していた事もあって、「一応の判断材料に」と話していた程度だった。だからこそ魔族の攻撃に対して、彼の常識の範囲で対応してしまったとも言える。

 

 「現在、街に被害が出ている。故に救援の為の部隊を出す!」


 これに対しての反論も限られていた。

 何とかしたいと考える者は他にも大勢いたからだ。

 対応策としても強化術師が防御を固めて、突破するという真っ当なものだった。

 惜しむらくは彼が至極真っ当な考えを持つ真っ当な指揮官だったという事だろう。


 「よし、いくぞ!!」


 強化術師である当人自ら率いて、王城周辺の敵兵を排除、そのまま王都各所への救援に向かい、これを倒す。

 突破に際しては強化術師で最初の一撃を防ぎ、そのまま治癒術師らを守りながら前進というものだった。

 彼は王城周辺の敵兵を完全に排除できるとは考えておらず、下手に強化術師と治癒術師らを別々に動かせばそこを狙われる可能性があると考えていた。だからこそ、守りながら治癒術師や攻撃術師らと共に敵の攻撃を突破する!そう考えていた。

 しかし、それは必然的に強化術師だけで行動するのとは異なり、進軍速度は遅れる。

 だが、治癒術師らを連れて行かねば怪我した民がいた際に何も出来ない。

 どちらがいいとは誰にも言えない。

 ただ、結果のみがその答えを示す。

 爆発に対して強化術師が防ぐ。

 飛来する物体を確認すれば攻撃術師が迎撃を行い、可能な限り空中で爆発させる。

 治癒術師は必要ならば結界を張る。

 城周辺は見晴らしがよい。

 この一方的に撃たれる状況を少しでも早く突破するべく、しかし焦らずじりじりと歩を進めていた彼らは確かに精鋭だったのだろう。

 事実、この様子を見ていたモルテン将軍も「ほう、あやつらしい堅実なやり方じゃのう」と肯定的に見ていたほどだ。

 しかし。


 「……?ぐっ」


 一人が膝をついた。

 また一人が。

 それも直撃を受けた訳でもない、守られていたはずの治癒術師や攻撃術師にもだ。

 次々と膝をつき、指揮官たる彼もまた足が止まる。

 

 「うぐ、ごはっ!」


 喉の奥からこみあげる熱いもの、吐血。

 

 「まさかこれは……毒かっ!治癒術師っ!!」


 急ぎ指示するが、毒を排除するべく術を行使しても、次々と兵は倒れていく。

 何がどうなったのか分からぬまま、彼もまた倒れこむ。

 もし、ここで治癒術師が用いたのが通常の回復の術式であれば、何とかなっていた可能性はある。回復魔法の本質は「元に戻す」事だからだ。しかし、治癒術師達は「毒」という判断の下、体から異物を排除するべく術を行使した。毒を排除した後に回復させねばまたすぐに元に戻ってしまうからだが、これが今回は裏目に出た。


 (何が……どうなっている)


 そんな思考を最後に指揮官の意識は闇に沈んだ。

 中性子爆弾。

 自らを殺したその兵器の名を知らぬまま、彼は息絶えた。

 

今回魔族側が用いた武器の弾数は限られてます

貴重な品ですが、使いどころと判断して倉庫から引っ張り出してきています

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