40話:赤い夜5
赤く染まるのは人側だけだと思うなよー
魔族達にとって、想定外の事態だった。
彼らの受けた命令は王都のかく乱。元より王都を陥落させるつもりはない。
目的は時間稼ぎ。
先だっての森での一件は魔族達を震撼させた。転移門の揺らぎは彼らにも見えていたし、少なからぬ影響を与えていた。
魔族達は北部要塞都市への攻撃という第一の囮、これは魔族達も囮だろうと理解し、それでも見捨てる訳にはいかぬと援軍を送り込んだ。だが精鋭を森に送り込んだ、ように見せた第二の囮には結果的にまんまと引っかかってしまい、本命の冒険者達による攻撃で転移門が破壊されかけた事を重大な危険と受け止めたのだった。
この為、彼らは転移門をより安全に守るべく防護施設の強化を決定したのだが、それにはどうしてもある程度の時間がかかる。
その時間を稼ぐ為、王都へのかく乱攻撃を図ったのだった。
王都という場所への攻撃は全軍を上げての魔族への攻撃が困難になるだけでなく、王都を攻撃されれば当然被害を調べ、修復を行い、再び魔族が侵入しないよう対策を考える必要がある。そして、それにはどうやった所でそれなりのまとまった時間が必要だ。
その為、魔族の特殊部隊は王都へと潜入を果たし、攻撃を開始した訳だが……。
この場にいた魔族達は運が悪かったと言えるだろう。
それでも彼らは歩みを止めない。
実の所、魔族とてこの世界の住人に対して罪悪感や謝罪の気持ちが皆無という訳ではない。自らの先祖が自らの故郷を汚し、互いに争い、滅びの道を歩んだ。その世界から逃れるために偶然繋がったこの世界へと新たな大地を求めて侵攻する。
この世界の民達は自分達の先祖と異なり、未だ世界を破滅させてはいなかった。
そんな世界を奪うべく動く事に、皆殺しにしていく事に魔族とて謝罪の言葉がない訳ではない。
だが、それでも。それでも彼らは動く。理由はそれぞれだ、如何なる手段を取ってもでも自分達の故郷で汚染や自動兵器群の脅威に今も晒され続けている者達を救う為にと心を凍らせた者。単純に死にたくないから相手から殺して奪い取ってでも自分が生きられる場所を得ようとする者。故郷で震える妻子の為に鬼となった者もいれば、命を奪うという殺戮に酔う者もいる。
けれども一つだけは共通。
それは「殺してでも奪い取る」と決意した事。
その決意は立派だろう。あくまでこの世界の住人ではなく、元の世界の住人達視点からすれば、だが。
そして、世の中決意だけで何とかなるものではないというどうにもならない現実があった。
「なっ!?」
転移魔法はあらゆる場所を移動し、移動させる事が出来る魔法だ。
慣性の操作、空間操作もあくまで移動に関する事柄に関してだし、また通常移動出来ないような場所でも術者の力量次第では可能だ。
例えば、橋が流された大河において水上を走る。
そして、橋のない崖を越える為に一時的に空中を馬車が駆けるといった光景すら可能になる。
そして、それは人もまた同じ。
空中を滑るように駆け、移動する。
壁を歩き、地面と平行に立つ。
慣性を無視し、重力を無視するその動きは魔族の兵士を惑わせる。
「ちっ、厄介な」
「焦るな。背中を合わせろ。死角を減らして―」
言いかけた男が背中を向けようとして、突如横に倒れていった。
「え?」
当人の間抜けな声がそれが当人のミスでも何でもない事を匂わせて、次の瞬間。
斬!
上から完全に無防備に晒された首筋へと落ちる銀光一つ。
突然の事に、もう一人は何が起きたか理解出来ない一瞬の空白に剣が投げられる。
足を狙ったそれを慌ててかわすが、かわした!そう思った瞬間空中に停止した剣が弧を描いた。
「え?」
再度声は違えど同じような間抜けな声が辺りに響き、魔族の男は片足を失って倒れこんだ。
一連の事は種を明かせば何という事はない。
転移魔法は移動に関わる魔法であり、物質に干渉する。ならば魔族の男達が着込む鎧に対して干渉する事もまた同じ事。
上半身の鎧のみをいきなり移動させられた結果、最初の男はバランスを崩して倒れこんだ所を。最後の男はより簡単で空中で剣の両端に干渉し、柄を固定し、切っ先を動かせばそれは剣を振るうのと何ら変わりない。余談だが、アシュタールもこれが強化術師や治癒術師相手であれば剣を投げたりはしない。
強化術師であればこの程度なら強化された反射で強引に回避したり、強化された肉体で弾いたりするし、治癒術師なら結界が間に合えば防がれる。
やるならより至近から、回避する余地をなくしてからだ。
「物を動かすだけ、っていうのも案外強いでしょう?さて」
最初の、多分生きている男と最後の足を断たれた男。二人を捕らえようとした時、最後の男が何かを投げるのが目に移った。
何かと思いつつも念の為それに対して転移魔法を発動させようとした瞬間、続けて高速で何かが射出された。
(囮か!)
咄嗟に対象を変更し、射出された物体を空へと移動させる。直後にそれは空中で爆発した。
先に投げたものが最初に倒れた男の傍らで爆発するのはその直後だった。更に、最後の男もまた紅蓮の炎に包まれる。
「……やられた」
もはや脱出は不可能と判断して、自爆。
しかも、不自然な移動を行うと見て取るや囮を兼ねた二重の攻撃を敢行。なかなか判断が素早い。
僅かな希望を持って確認してみたが、どちらもこれで生きているようには見えなかった。最初の方もだが、特に最後の方に至っては鎧内部で爆発した為に原型すら留めてはいない。
「やれやれ、こういう相手は敵に回したくないんだけどね」
相手が殴りかかって来る以上そうもいかないのが辛い所だった。
という訳で次話をお送りします




