39話:赤い夜4
明日は出かける予定な為、お休みします
……台風次第では出かけられなくなる可能性ありますけど
私、アシュタールにとって、不利な状況というのは当り前の事でした。
勇者と祭り上げられていた事で待遇は良かったものの、それは死刑囚への最期の食事と同じ事。つまり、見目や実力、その他諸々で祭り上げられる事で逆に、敵である死者達からは執拗に狙われたのです。その結果が私などよりずっと経験豊富で強かった他の勇者役の人達が次々と戦死していった事からも明らかでしょう。
だからでしょうね。
勇者となった者同士の仲は非常に良かったです。
見た目で勇者に選ばれたような人にはみんなが同情していました。
何しろ、戦う力もないのに見た目がいいって理由で勇者に選ばれて最前線に赴かないといけないんですから……。そう、最前線です。
昔、死者との戦争が始まった初期の頃には前線には赴かない、箔付けの為の名ばかり勇者や、後方で活動するのが専門の外見重視の歌って踊れる勇者なんかもいたらしいですが、冥府の王率いる死者との戦争が激化するに連れて、そんな勇者は消えていきました。名ばかり勇者の中には、後の戦局悪化で泣き喚くのを無理やり引きずられて戦闘に送り込まれた人もいたそうです。
それを権力を使って、妨害しようとした有力者の中にはそれを理由に逮捕されて、財産は戦争の為の資金として没収。当人は名ばかり勇者と一緒に最前線に放り込まれたという話が伝わっています。
こうした勇者に関しては元より本当の意味での勇者としては期待されておらず、薬を投与して狂戦士として戦死し、それを美談に仕立て上げてといった使われ方をされたそうです。
もっとも、これらはいずれも私が先輩勇者達の人達から聞いた話。
私が勇者になった頃にはそんな人達はおらず、この話は先輩達から「昔はこんな勇者もいたんだぜ」と笑い話のように教えてもらった話です。
何の因果か、私は生き延び、異世界に来てまで戦っています。
三人の魔族は確かに厳しい訓練を積み、連携も取れているけれどこの程度の不利でやられるようでは生き残れませんでしたからね。
なにせあちらと来たら、正真正銘の化け物揃い。
冥府の王の配下である死者と一口に言いますが、冥府の王は「全ての死者の王」なのです。代わりに地上には本来手を出せないはずだったのですが……それを余計な事をした馬鹿が地上に干渉する力を与えてしまった訳ですね。
そして、その「全ての死者」の中には人跡未踏の地に生きる太古の種族や、かつて生きていた強大な種族、或いは空を舞う飛竜といった怪物達もまた含まれるのです。
お分かりでしょう?
そんな連中が死者故に疲れもせず、眠りも不要、飯も食わない不眠不休で襲ってくるんですよ。
よくもまあ、私が大人になった時点でまだ人が滅んでいないものだと勇者の一人になって一般には伏せられている話を教えてもらえた時に思ったものです。
いえ、違いますね。それは私より大人だった人達が命がけで勝ち取ったものだったんです。そして、多くの場合、文字通り命と引き換えにしてまで守り抜いたものだったんです。
そんな状況で勇者となった私は当り前のように前線で活動する事になりました。
ただし、先輩勇者達が暇を見ては訓練をつけてくれましたし、危ない所は彼らが引き受けてくれました。
「俺達も未熟だった時は先輩達がそうしてくれたんだ」
「だから俺達がいなくなった時はお前が次の奴にそうしてやってくれ」
そう言って彼らは笑っていました。
え?人が良すぎるんじゃないか?
そりゃそうですよ。腕は良くても、人に嫌われるような人が誰もが命がけの戦場で生き残れると思いますか?
無理なんですよ。そんなの。
利益を供与するにしても、金も女も無理です。そんな余裕ありませんからね。
そうなると自然と慕われるような人しか残らない、残れなかったんです。
私にそんな魅力があったのかは分かりません。ただ、あの人達の想いを裏切るような事だけはしたくありませんでした。
一人、また一人と欠けていく中、私は生き残り続けました。
あの地獄の中使っていた武器に比べれば、今使っている武器の方が劣ります。仕方ないですね、これは魔法技術の差です。
でも、それなら剣で受け流しなどしなければ良いだけの事です。
「ッ!」
無言のまま、足音も立てずに距離を詰めての鋭い一撃。
ああ、良い一撃ですね。褒めてあげましょう。
踏み出した足に向けて軽く一振り。気づいた相手は無理にそれを避けようとした結果、バランスを崩しますが、それをカバーする為でしょう。別の一人が突進してきます。もう一人はと言えば周囲の警戒。そうでしょうね、彼らにとってはここは敵地で冒険者の援軍が何時やってくるかも分からない。最低一人は警戒に残さねばならないのは当然でしょう。
ですが……。
「!?」
逆に言えばそれは一人は必ず突っ込んでくるという事でもあります。
そして、それが分かっていれば後は簡単。
魔法なり何か離れた場所を攻撃出来るものがあればまた別でしょうけれど、それならそれで対処の仕様がありましたからね。少なくとも最初の一人を無力化するのは可能だったでしょう。
しかし、今回はそれは後。
移動魔法を二連続で無詠唱で用います。
一つは自らの移動。
彼らの感覚で言えば完全に一人に向いていた私の体がそのままの姿勢で一気に加速します。
転移魔法を用いる移動術師との戦闘経験が圧倒的に足りないのでしょうね。もっとも仕方のない事でしょう。この世界で転移魔法を攻撃に使おうという方は少なく、私も知っているのは私以外にはいません。魔族がこのような戦い方を知らないのも当然でしょう。
そして、もう一つの魔法が剣自体の移動。
移動、加速、加速!!
体さえ耐えられるならより高速に出来るが、強化術師でない私にはこれが限界。
それでも普通に剣を振るうよりも速く一撃が走る。それも予想外の角度で。
移動術師の転移魔法の中には高速でより大型の物体を急角度で曲げられる魔法が既に存在している。どうもこれ、盗賊から逃げる際に馬車を急角度、それこそ直角に曲げるなんて事を可能にしたり、或いは急ぎの荷を運ぶ際に全力ですっ飛ばしながら曲がり角は全て転移魔法で補うなんて荒業の為に開発されたらしい。
元が馬車を動かす為の魔法だから後はそれをちょいちょいと弄れば、剣を動かすのはそう難しくはなかった。加速の術式を組み込めたのも馬車より遥かに軽いものを動かす事を前提にしていたからだ。
「ぐっ……!」
これでも声を抑えたか。
それでもさすがに無言では済まなかったな。
ナイフを持つ右手首を上から関節部を正確に狙って斬り落とし、振り下ろされた剣は途中で角度を変えて膝の皿を砕く。二本の腕を持ち、二本の足で歩いてるんだから構造も似たようなものだろうと思っていましたがどうやら当たりのようですね。
普通、こんな急角度で曲がる剣など予想していなかったらしく、そのまま転がりました。
さて、これで素早い動きは無理になったでしょう。
残るは二人。さて、彼らはどう動きますかね?
アシュタールの戦闘です




