35話:そして魔族のターン
作戦失敗。
死者多数。
この結果に、国は軍を引いた。
奪還するにしても、相手にどれだけの援軍があるか分からない状況では厳しい。魔族の転移門を破壊出来れば新たな援軍を断つ事が出来たが、それが出来ていない状況では最悪攻めている最中に後背から魔族の援軍が襲ってくるという事態になりかねない。
軍の精鋭もだが、冒険者達も未帰還が多数出た。
それは冒険者達が命がけで依頼を果たそうとした証に他ならなかった。
攻撃を行った結果強化術師と移動術師を失い、その結果、魔の森で遭難した者達もいたはずだ。
もし、俺達が見たように移動術師と、盗賊系の強化術師が潜入して破壊工作を行って失敗した場合、当然彼らが死んだ可能性は高い。
そうなると、食料などを運ぶのは残り一人の戦士系強化術師が主体になる。
だが、盗賊系の強化術師を失った事によって魔獣の探知は困難になり、戦士の動きも束縛され、移動の補助もない。しかも場所は魔の森の奥深く……正直、絶望的な状況だと言っていいだろう。事実、帰還出来なかった冒険者の少なからぬ人数がそれで失われたと判断されている。
帰還出来た者もボロボロになっている者や、仲間を更に失いつつやっと、という者が多く、特に攻撃術師の損耗が激しかった。
俺達はそういう意味では幸運な少数のチームの一つだった。
何しろ、全員が無事に生還出来たんだから。
奥さんの、リエラの顔を見れた時は本当にほっとした……ああ、また彼女に生きて会えた、ってね。
それからしばらくはのんびりとまた医者としての活動に戻っていた。
国もギルドもこれからどう動くかを決めかねていたし、動くに動けなかったというのが本当の所だった訳だが、俺達は一つ大事な事を忘れていた。
世の中、っていうのは俺達の都合だけで動いてる訳じゃない、って事に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ズン。
それはある夜の事だった。
重く響く音と振動に目が覚めた。なんの音だ?
隣で眠るリエラも身動ぎして起きたようだ。
ズン、ズ、ズン。
また聞こえた。
今度は目が覚めてから聞こえたせいか先程よりはっきりと聞こえた。間違いなく爆発音、それも連続だ。
「……何の音かしら?」
「爆発音みたいだな」
「爆発音、って……なに?」
リエラが不安そうに呟いた言葉に返事を返す。
だが、リエラから返って来た返事は少々想定外だった。
爆発音を知らない?そう聞き返しかけて、ふと気が付いた。
この世界の魔法というものは爆発音とそれに伴う振動というものは起きないものが非常に多い。
理由は単純だ。音と振動というものが起きても利がないからだ。音が響けば、その分魔獣などに気づかれやすくなる。振動自体は大地系の魔法であればありえるが、それだって魔法で設定された範囲だけを揺るがすもので、効果範囲の外へは振動を洩らすような事はない。
精々、俺が回復魔法の結界を活用して、地盤を崩すといった事をした時ぐらいだ。それにしたって街中で使うような事はない。家庭用品も魔法の道具が一般的だからガス爆発みたいな事も起きない。
つまり、この世界の住人というのは爆発音というものをほとんど耳にした事がない。だから、今のリエラのような反応になる。
じゃあ、今響いてる爆発音とはなんだ?
そこまで考えた直後に飛び起きた。
驚いた様子のリエラに着替えて、子供達も起こすように伝える。
俺自身も急ぎ、身支度を整えて、荷物をまとめる。俺の様子にリエラもただ事ではないと理解してくれたんだろう。何も言わずに従ってくれた。
けど、俺自身の頭の中は焦燥感でいっぱいだった。
そう、『この世界の住人には爆発音は一般的なものじゃない』のなら、じゃあこの世界の住人でなければどうだ?
俺の頭の中に浮かぶ姿は、魔族。
あの科学兵器、と思しき武器を使っていた姿を見て、元の世界の兵器を思い出していた。
火薬を用いた様々な兵器であれば、爆発音は響く。そして、現在俺達は魔族と戦争の真っ最中だって事をよく考えるべきだった。
しまった。
そうだよ、何故決めつけていたんだ
魔族がこちらを奇襲しないなんて!!
「あなた、準備出来たわよ」
「おとうさん……?どうしたの、こんな夜に……」
「眠いよ……」
俺が診察道具や、お金なんかをまとめた所でリエラが子供を連れて戻って来た。
夜だから、子供達は眠そうに目をこすっている。可哀想だが、今は時間が惜しい。俺の様子に、リエラはどこか不安そうだ。
「事情は後で説明する。今はとりあえず移動するよ」
長い夜が始まろうとしていた。
魔族だって殴られっぱなしではありません
間もなく戦闘シーン……というか、まともな戦闘シーンってここまで書いて初めてになるんじゃなかろうか?




