31話:いざ始動
世の中、こんなもんだよな。
俺こと霧生和真としては、つくづくそう思う。
まず北部要塞都市への包囲は軍はきっちりやってのけた。
モルテン将軍は前回、自分自身がほぼ単独で魔の森に入り込んだ事をあちらこちらから怒られて、その処罰というのとはちょっと違うが、今回は留守居役だ。つまり、前線に出る事はなく、王都で後詰という名の書類整理の真っ最中。
意外かもしれないが、そういう事が全然出来ないようでは将軍にはなれない。
軍を行軍させるのに「飯の量が足りません」「金がありません」という状況で、むやみやたらと行軍させたり、金や飯がないなりの戦いが出来ないようでは即行将軍解任だ。
とはいえ好き嫌いで言ったら間違いなく、体を動かすのが得意なのがモルテン将軍だ。きっと今頃はぶつくさ言いながら仕事をしている事だろう。
その上で別の将軍が北部要塞都市に対する軍事行動を行った訳だが、こちらはきっちりとやってのけた。
元々自分達の都なだけあって、攻めるべき場所などがはっきりしている。
おまけに元からの住人は皆無で、魔族だけとなれば遠慮もいらない。魔族達には魔族の事情があるのかもしれないが、この「遠慮がいらない」という点に関しては魔族の失態だったかもしれない。いや、都市内部に多数の潜在的な敵を抱え込むというのとはどちらがマシなのかは俺には分からんけど。
ただし、魔族が何か奥の手を隠しているとも限らないし、そもそも本来の目的は魔族の援軍も釣りだすのが目的。
だからこそ、魔の森方面の包囲は薄めにしてすぐに後退可能なように準備していたが、遂に魔族側の援軍が到着した。その数は予想以上で、しかし、だからといって人側を圧倒するという程ではなく結果として魔族側と人側は互いに睨み合っている膠着状態に陥っているらしい。
「人側の狙い通りにね」
とは、俺達に出撃を命じた冒険者ギルド側の責任者の言葉だ。
それに伴い、俺達冒険者と、軍は別々に出発した。
一応は護衛部隊としての態を装っている。
軍は軍の補給部隊の護衛役として、冒険者達はその軍相手に商売をする商人の護衛として。魔族も情報の大切さは重々理解しているはずだ、というよりその重要さはもし、銃や大砲といった近代戦を理解している世界から来たならこの世界以上に理解しているだろう。
幸いというか、この世界には数多の世界の落ち人がやって来るお陰で、中にはそうした情報の重要性を理解した世界からの落ち人もいた。お陰でそれなりに優れた情報収集の為の手段が構築されている。軍の精鋭が都市部限定だったとはいえ情報収集に長けていたのもそこら辺の事情がある。
さて、そう考えると魔族も後方に対して斥候を放っている可能性は高い。
ローブとかで姿を隠せば、人族から情報を買う事だって出来るだろう。大体、一口に「魔族」といったって実際に魔族を見た奴というのは意外と少ない。直に見た奴はほとんど殺されてるし、噂という奴は話す当人から離れれば離れる程どんどん尾ひれがついて別物になっていく。
例えば、ある兵士が話をした時に相手が全然驚いた様子がない為に、ちょっと話を盛って「それだけじゃないぞ、奴らの頭には禍々しい角が生えていて~」と語ったりする。
例えば、吟遊詩人が盛り上げる為に「魔族はその鱗に包まれ、凶悪な爪をはやした腕を振り上げ」と謳ったとする。
例えば、そうした話を聞いた者が別の者に語った時につい「それだけじゃないぜ、何でも尻尾が生えていて」と語ったりする。
そうした話がやがては入り混じり、更に新たな話が加わり、何時しか本来の魔族の姿とはまるで別物が誕生する。
事実、俺が聞いた話だけでも、「人の倍ほどもある背丈で、背中には翼が生え、頭部にはねじくれた角が複数生えている。口元には怖ろしげな牙が覗き、体は鱗に覆われて四本の腕にはナイフのような爪が生えている」なんて話が極当り前のように語られていた。
では、実際はどうか、実物を見た事のあるモルテン将軍や実際に見た話から言えば、「背丈は人と変わらず、肌は真っ青。髪は銀に近い白髪で額には第三の目にも見えるが目とは異なる赤い球体が埋め込まれている。また本来の目も真っ赤だが肌や爪などは普通の人と大差ない」といったものだ。
全然、本来の姿とは別の姿が世間一般には広がっている。一旦広がってしまったこれを修正するのは楽な話じゃない。
この世界にはテレビなんてものはないからな。広報として立て札立てても見ない奴は見ないし、話で伝わればやっぱりどこかで話は歪む。元々あった噂と入り混じればまた別の姿の出来上がりだ。
つまり、魔族が虐殺を行わないなら、人の側に潜入して情報を集める事は不可能ではない。
スラムに潜んだり、田舎の村に行商人を装って立ち寄って情報を集めるならなまじ色んな姿の奴がいる世界ゆえに知らない奴は堂々と姿をさらしていてもまったく気づかない。
見た目だけで言うなら、複数の腕や足、頭を持つ種族、魚にしか見えない種族なんてのもいるからなあ……。
それに慣れてるせいで、この世界の住人は見知らぬ種族が来ても不思議に思う奴がいない。自分達が見た事がない変わった姿をしてる奴らでも「どっか余所からきた種族かな」ぐらいにしか思わない訳だ。
だからこそ、欺瞞工作は必要だと俺達も理解してた。
そこまでは良かったんだが……。
「アホだな、あいつら」
「うん、アホだ」
そうだよなあ、俺だってそう思う。
アシュタールも呆れてるのかパーティメンバーの他の連中がそんな事を呟いているのを止めない。
というのも、軍の部隊の連中、前回の失敗を反省したまではいいが、その対策としてより大人数での行動を行っているんだ……。
確かに、魔の森での行動で前回失敗したのは少数での魔獣対策に失敗した点が大きいのは分かる。分かるんだが……だからといって「ならば魔獣に対応可能なだけの人数でもって行動する」というのはどうなんだ?そもそも、最終目的が魔族に感づかれる事なく接近し、奴らの門と思われる代物を破壊する事だって理解してるのかね?
とはいえ、冒険者ギルドの幹部が会議での件を「ついうっかり」もらしたせいで、冒険者達もいちいち教えたり、カバーする気なさそうだしな……。
これは先行きが暗くどころか、真っ暗になってきた気分だよ。
運動すべきなのは分かってるけど、なかなか運動が習慣にならない
うーん、せめて腹筋ぐらいはやってみるべきか(健康診断の結果見ながら




