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11話:魔族

 魔族。

 そう呼ばれるようになった彼らの侵攻は実に鮮やかで、そして深刻だった。

 通常、戦争があったとしてそれはあくまで陣取り合戦だ。幾ら土地を奪っても、その土地を耕し、鉱山を掘り、木を伐採し、獲物を狩る。そんなそこに生きる人がいなくては単なる無人の荒野と同じだ。もちろん、移住させるという手もあるが、自国での供給先はといえばスラム街などで生きる人々が大多数となってしまう。

 これはどこの領地も役立つ労働力が出ていくのは領主が許さず、出ていくのは耕す土地のない次男三男以降が基本となる。

 王都などで身を立てる事が出来た者はいいが、出来なければスラム街へと落ちる事になる。


 もちろん、冒険者を目指す者も多いけれど、この世界に生まれ育った住人は俺みたいに保障を受けられない。つまり、日銭を稼ぎながら貯金という事が出来ない。

 俺はこの世界に設けられた落ち人向けの保障によって宿と食事が一年無料だった訳だが、これは大きい。家賃(宿賃)と食費というのは日々の生活においてかなりの割合を占め、そしてほとんど削る事が出来ない。

 冒険者であっても、冒険者だからこそ疲れを取る為にちゃんとした宿に泊まり、まともな食事をしなければ体を壊す。体を壊してしまえば、日々の稼ぎもなくなり、しかも駆け出しであれば体が治る前に金が尽きる。宿代と食費でどちらを削るとなると宿代とならざるをえないが、そうなるとより環境の悪い所で生活する事になり、体の治りは悪化する。

 後は坂を転げ落ちるようにして、身を持ち崩してゆく事になり、辿り着く先はスラム街。

 一度スラムに落ちてしまえば、そこから這い上がる事は並大抵の事ではない。

 そして、スラムの住人の生きる術として犯罪がその中に混じる事は決して少ない話でもない。

 さて、そんな犯罪者が間違いなく混じるであろうスラム街から無人の土地に開拓民を募集したとして、犯罪組織までついてくる可能性はかなり高い。

 それぐらいなら、元から住んでいる住人をそのまま自分のものとなった領地で用いればいいし、元からの住人にした所で税金なりが前と変わらなければそう取り立てて騒ぐ事もない。戦争はあくまで上の人達がやる事……そのはずだった。


 魔族は違った。

 奴らは貴族や騎士だけでなく、農民も職人も狩人も皆殺しにした。

 その殺戮から生き延びる者も出るが、そうした人々が近隣の村に逃げ込みその話をすれば、慌てて逃げ出そうとする者が現れる。

 無論、笑って逃げない者もいたが、そうした者は実際に魔族が村へとやって来た時殺された。

 

 (というより、意図的に多少は人を逃がしてるんだろうな)


 それは善意からじゃない。

 むしろ悪意からだ。

 或いは手間を省く為か。

 逃げた人々は近隣の村に逃げ、そこで自分達の村を襲った惨劇を吹聴する。 

 当然、その中から逃げ出す者が現れ、殺す手間が減る。

 逃げ出した者達はより大きな街へと向かい、街はそうした人々を受け入れる事で負担が増え、その分攻略が楽になり手間が減る。

 そこが「これ以上は無理だ!」と受け入れを拒んでも、難民が消える訳じゃない。その難民は旅路の途中で倒れ、死ぬ事で魔族にとっては手間が減り、また他の街へと辿り着けばそこに負担をかける。魔族にとっては二度三度と美味しいという事だろう。

 北部要衝レーベルはそのせいで陥落した。

 ライホルン卿が不在な中、残る部下達は懸命に対応したらしいが、何しろ北部最大の都市でもあるレーベルには多くの難民が押し寄せた。

 ライホルン卿らの予想と異なり、魔族はレーベルの位置こそ確認したが、その後は村人達を追い立て、結果としてレーベルに多数の難民が押し寄せる事態に発展した。

 全てを受け入れられないとして難民キャンプが周囲に作られつつあった所で、満を持して魔族はレーベルを攻撃した。

 さすがに、目の前で女子供関係なく多数が虐殺される光景を目の当たりにしては、レーベルの守備隊も難民を見捨てられず、彼らを受け入れた。生き残った者の証言によれば「そういえば受け入れだした途端に奴らの手が緩んだような気がする」との事だった。

 実際、緩ませたのだろう。

 それによって、多くの難民が都市内に入り込んだ状態で籠城が始まった。

 

 けれど、本来の人口の数倍以上の人を抱え込んだ状態での籠城は無理があった。

 しかも、難民達は着の身着のままの状態だ。

 瞬く間に都市内の食料は不足していった。城内の倉を開けて配給しても、量を絞れば当然不満が生まれる。しかし、何時まで籠城が続くか分からない以上、城側としては配給を増やす訳にもいかない。

 次第に不満は高まり、食料や衣料品などの不足により盗難も増えていく。

 放火も発生し、いつしか「難民の奴らがいなければ」と口にする者が出てくればもう末期だ。難民の側も自分達が不穏な目で見られている事など気づく。

 都市内は不穏な空気が漂い、後はそこに何時の間にか入り込んだ魔族が煽れば完璧だ。

 要衝レーベルは街部分が自滅のような形で崩れ、城門が開けられた。

 しかも、兵士の大部分が街壁で防衛にあたっていたために城内の兵力も完全に不足していた。

 しかも、ライホルン卿はおらず、嫡男は王都で次期北部辺境伯として対応していたためにレーベルには次男三男や部下がいるのみで統一された意志がない。次男三男からすればここで主導権を握って、あわよくば……という狙いもある。

 「この街を守ったのは嫡男ではなく、自分だ!」となれば、確かに大きい。

 だが、その結果が統一された方針の混乱では逆効果。

 そうして、レーベルは陥落した。北部辺境伯の一族や配下はほとんどが殺されたらしい。辺境伯は領地を取り戻せたとしても大変だろう。


 幸いな事に、レーベルを抑えた魔族はすぐに南下はしてこなかった。

 その間に何とか砦を築き、街を強化し、防衛線を築き上げている。

 他国と共同で相談もしてるそうだけど……。


 「ねえ……あなた、どうなるのかしら?」

 「分からん。今は待つしかない」


 腕の中の妻の温かみを感じながら、自分に言い聞かせるようにそう言うしかない自分が歯がゆかった。

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