29 出発1日目 ~お勉強 その8~
「アルバートはそっとしておいてやって下さい。それで、我々には教えてもらってもいいですか?」
エドワードとニールが側に寄って来た。
「え~とね、ジャグマガサってキノコ知ってる?」
「っ!?」
「……知りません」
エドワードはキョトンとしてるけど、ニールの顔色が変わった。
「オリチアウは知ってるよね?」
「知っていますが、それとどう関係が?」
「オリチアウの尻尾の先って素材になるのって知ってる?」
「いえ、オリチアウは腐乱体ですから体から一切素材が取れず、飛膜と魔石のみとしか……」
「うん、合ってるよ。これは、特級薬師とか特級魔導具技師とか、特定の人しかしらないんだけど、オリチアウの腐乱体を維持する器官が尻尾の先なの。昔調べた人が居たみたい。それでね、別にオリチアウの尻尾の先が素材になるわけじゃなくて、そこを苗床に生えてくるキノコ『ジャグマガサ』が素材になるの。で、そのキノコって尻尾の先と同じ作用を起こす危険があるから、情報統制したみたい」
「……そのような危険なキノコを我々が知らないのは」
「ああ、別に触っても害はないし、食べてもお腹壊すぐらいだから、特別な加工をしない限りは大丈夫だから、知らなくて当たり前だと思うわ」
「そうですか……」
エドワードはちょっと納得いってない感じかな。
ふと、ニールを見ると目が据わっていた。
あ、もしかしてニール知ってるのかな?
「えっと……でね、オリチアウから出る体液に触れたら皮膚がただれるだけなんだけど、もしその体液や腐乱肉を食べたらどうなるか知ってる?」
「は? いえ、そんな事をする者が居ると思えないのですが……」
「居たんですよ、そんな馬鹿が!」
考え事を終えたニールが、吐き捨てるように言った。
ちょ、確かにバカだと思うけど、抑えて抑えて。
「イラルド国でその昔、ヨーワ教国から来た修道士が回復魔法の修行の一環として、オリチアウの腐乱体を食べたんですよ」
「え? ば……阿呆ですか?」
エドワード、フォロー出来てないよ……。
「しかも、食べた場所はイラルド国内でしたが、採取してきたのはもちろん魔の森です。修道士が回復せずに悶え苦しむ姿を見て、一緒に来ていた他の修道士が『毒を飲まされたんじゃないか』と騒いで、魔の森を管理しているアルナ領の責任を問う大問題に発展しました。あわや修道士達とアルナ領が対立する所でしたが、マルナ領の司祭の方が駆けつけて下さり、ジャグマガサを使って修道士を回復させ、その修道士の問題行動を指摘して、修道士の独断で起こしたはた迷惑な騒ぎとして片付けられました」
「? ジャグマガサで回ふ……」
「イラルド国としては当時、アルナ領が一つも悪くないのに庇えば教会を撤退させるとか今後治療をしないとか、一部の司祭から散々脅されたようで、かなりヨーワ教国に反感を抱いたそうです。その後、教会に修道士達の常識を問う声が上がって、イラルド国に入国する修道士に対して必ずこの出来事を伝え、同じような騒ぎを起こした場合は強制送還、並びに永久入国拒否になりました」
「そうか……」
ニールの嫌悪の表情に気圧されて、質問出来なかったエドワードから『どうにかしてください』と視線が飛んでくるけど、私としてもこの出来事に対しては苦々しく思ってるので、うんうん頷いちゃう。
「レミー様もご存じだったので?」
「……お勉強したのよ……スーと……」
遠い目になるのは許してほしい。
ポンっと机に出された物が、あんな邪悪キノコだと思わないじゃない。
しっかり触っちゃったのよ、私。
泣きながら、手を一生懸命洗ったわよ。
「レミー様は尻尾の先と同じ作用と言いましたが、ニールの話では回復させたと。相反する効果があるのですか?」
「あれは、特別な加工を施さなければ使えないキノコで、しかも調合によっては相反する効果を出せるのよ。スーが覚えておいて損はないからって……泣きながら覚えたわよ……」
「……これ以上は聞きません」
「ええ、そうしてくれると有り難いわ」
3人共無言になり、気持ちを落ちつけようと各々自分の武器を取り出し、磨き始めた。
……あれはただのキノコ、今日は触ってない……。
無心? で手入れをしていると、ミアンが採取した果実を籠に入れて持ってきてくれ、夕食について訊いてきたので、一緒に調理する事にしました。
「……レミー様、なんでそんなに手際が良いんですか?」
「ほぇ?」
「そうですね。ミアンより良いですわね」
ミアンとスーさんに挟まれて食材を切っていると、2人に手元を凝視されていた。
私達が作っている夕食は、私と臣下5人が食べる分。
護衛のエドワード達とイェネオミナスの分は、各々が作る。
食あたり等の危険性を考えて―――結構失礼だなと思った―――、一緒の物は食べないんだって。
「レミー様は魔道具製作もされていらっしゃいますし、手先が器用なのですね」
そう言うスーさんも、手慣れた感じで食材を切っていた。
ミアンは……と見れば、
「……私は不器用ですから」
涙目で、危ない手つきで野菜を切っていた。
うん、ミアン、指を切る前に止めようか。
あまりのミアンの不器用さに味見という任務を与えて調理から外し、スーさんに補助をしてもらいながら、スープと野菜炒めを作ればミアンからキラキラの眼差しが。
うん、味見係だもんね、どうぞ。
生温い眼差しでお皿を差し出せば、恐る恐る料理を口に入れるミアン。
「!! 美味しいです……」
唖然とした表情で呟やかれて、ちょっとムッとする。
「……美味しくないと思ってたんだ」
「あっ、いえ、そうではなくて、その……」
「ふふふ、レミー様の御歳で食事を作る事が出来るなんて思いませんからね」
スーさんよ、それは『マズイ食事を覚悟していた』って事なのかい?
「レミー様がお作りになった食事を食べられる機会は早々ありませんから、楽しみにしていたんですよ?」
嬉しそうに言われれば、怒れませんよ。
スーさん、持ち上げるのが上手いです。
テレテレしながら朝食の下ごしらえもしていると、アルバートが様子を見に来た。
「え?! これレミー様が本当に作ったんですか?!」
「そうよ」
「……見た目は大丈夫そうですね」
「ちょっと! 味も良いわよ! ミアンが美味しいって言ってくれたんだから!」
「ミアンの美味しいは信用できません!」
「アルバートさん?! どういう事ですか?!」
ミアンが拳を振り上げ、アルバートを問い詰めるべく追いかけ始めた。
ミアン、私の分も殴っといて。
アルバート達の鬼ごっこを見物していると、遠くからイェネオミナスの皆が帰って来るのが見えた。
鬼ごっこをしているアルバート達を不思議そうに見ながらテントの傍まで来ると、私達の夕食が既に準備出来ているのを見て慌てて調理を始めた。




