道行説明
すみません、予約投稿にしておくのすっかり忘れていました……
今回は日本への帰り道ですね。
帰りつくまでが遠足だ‼とはよく言ったものです
皇国兵が水の上でてんやわんやの大慌てをしている頃、水深50mのポイントにおける海流に乗った大型潜水空母・『伊400』の中で、旭日は笑い転げていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……あ~笑った。ヨー、サンキューな」
旭日の視線の先には、ニコニコと笑っている、大日本帝国の軍服に身を包んだぽっちゃりした体系の女性の姿があった。
「いえいえ。それにしても司令も悪いお方ですね」
「ま、昨日の航海の時点で明らかに難破しているらしい風を装った船が見えたんでな。『あ、あれだな』ってすぐに気づけたけどな」
そう、旭日は沖合へ出たら難破船に偽装した『伊400』に乗り込んで本国へ帰るつもりだったのだ。
半ばバクチのような作戦だったが、本人に言わせれば『陸路をちんたら歩くよりはよっぽど速い』ということである。
「でも大変だったんですよ。皇国の哨戒艦に見つかりにくいところに陣取るの」
「悪かったって。雲龍もご苦労さん。ま、帰るまでが偵察というか視察だから油断だけはしないようにな」
「はい、司令。心得ております」
「ヨー、今どのくらいの速度で航行してる?」
「かなり早い海流に乗っているようでして、機関を使用せずに8ノット近い速度が出ております。水上へ出れば、機関駆動も併せて20ノット近い速度が出せるのではないかと」
「そりゃかなり速いな。もうしばらくしたら浮上して水上航行に切り替えてくれ」
「かしこまりました」
ヨーはその場を離れていくが、歩くだけでそのぽっちゃりした体から汗がしたたり落ちる。
なにせ、当時の潜水艦という存在は居住性が現代とは比較にならないほどに悪く、機関を回している時などは地獄の如き暑さで大変だったという。
まして肉感的で健康的な意味でぽっちゃりしたヨーとくれば、汗だくになってもおかしくはない。
「まぁ、もう少しばかりこの暑さを我慢してください、ダンナ」
旭日に話しかけられたヴァルゴはポカンとしているほかなかったが、旭日と雲龍は平然としたものである。
「旭日殿……これはいったいなんなのだ?まさか、これも船だというのか?」
「はい。これは潜水艦と言いまして、海の中に潜れる船なんですよ」
「う、海の中に!?まるでヒュドラかクラーケンですな……」
この世界にはヒュドラと呼ばれる100m級のウミヘビや、クラーケンという化け物タコが生息している。
だが、この『伊400』の大きさはそれをはるかに上回るのだ。
「まさかこのような兵器が存在するとは……なるほど、皇国が勝てないとはよく言ったものですな」
ヴァルゴも多少は軍事に詳しいため、この世界の兵装では基本的に水中に潜る敵を攻撃できないということを知っている。
そもそも、海魔と言うべき魔物たちが存在していたことから、『水の中に潜って戦う』というのは水棲系種族以外には考えの及ばない話であった。
もっとも、実際のところ海魔と呼ばれる魔物たちは鉄の塊である潜水艦を不気味に思ってほとんど近づかないため、襲われる心配は基本的にはないのだが。
「もうしばらくしたら浮上して各部の点検をする予定ですから、その際に色々と案内をしますよ」
「うむ……しかし海に潜る船か……そのような考え方、アイゼンガイスト帝国にすらなかったかもしれんぞ」
つまり、世界最強と言われている国にも水の中に潜って戦うという概念が存在しないのかもしれない、と旭日は考えた。
それから1時間後、艦内がにわかに騒がしくなる。
「メインタンクブロー」
「放出開始、これより浮上します」
操艦を担う軍人たちも汗だくになりながらゆっくりと船を浮上させる。
やがて下手な海魔を上回る巨体が、水の上に出現したのだった。
ヨーは旭日の前で敬礼し、浮上したことを報告する。
「これより機関を始動し、巡航します。先ほど説明した通り、かなり早い海流に乗っていることもありますので、このぽっちゃり体系でも20ノット近くで巡航できると思います」
サラッと自分のことをぽっちゃり体系と言う辺り、本人も結構気にしているのかもしれない。
旭日は『少しくらいお肉が付いている方が健康的』という考え方なのでそれほど気にしてはいないのだが。
「それでは、まずは甲板をご案内しましょうか。言っておきますけど、こいつの存在は本来最重要機密の1つなんですよ?」
つまり、言外に『秘密にしないと命の保証はできない』と言っているのも同然であった。
そしてそれが分からぬヴァルゴではなく、コクリと頷いた。
表へ出ると、爽やかな潮風が髪を撫でていく。
「んん~……やっぱ外の風は心地いいねぇ」
そう言いながら、まずは艦尾へ歩いて行った。
そこには、1基の単装砲が設置されていた。
「これは40口径一一式14cm単装砲と言いまして、有効射程距離は10kmを超える大砲です」
「おぉ……なるほど、水の中に潜ったり浮上したりを繰り返しながら、これで相手を攪乱するのですね……」
「うーん……実はそうでもないんですよ」
「え?」
今度は艦内に戻ると、艦首側へ向かった。
「あ、司令!お疲れ様です‼」
「「「お疲れ様です‼」」」
兵たちが声を揃えて挨拶してくるので、旭日は『おぅ』と鷹揚に頷いて答える。
「どうされました?」
「いや、ヴァルゴのダンナに魚雷のことを教えようと思ってな」
「大丈夫ですか?この世界で魚雷を運用している国家はないと言いますから対策を取られると厄介なのでは?」
だが、旭日は苦笑と共に返した。
「どの道、我が国の最重要機密の1つである潜水艦を公表しているんだ。あと1つや2つは変わらねぇさ。それに、ヴェルモント皇国の技術水準だとようやく魚雷の黎明期って感じで木造帆船にも魚雷が搭載されていた頃だからな。あってもおかしくはないし、知られたからっていきなり対策を取れる技術があるとも思えないさ」
魚雷と言うと第二次大戦以前は水雷艇と駆逐艦から放たれていたイメージが強いが、実は幕末から明治の初期にかけて存在していた木造帆船や、明治期に存在していた前弩級戦艦にも魚雷発射管は搭載されていた。
「ま、知っておいてもらって損はない、ってことさ」
「まぁ、司令がいいと仰るのであれば構いませんが……」
兵との会話を聞いていたヴァルゴは『魚雷』という聞き慣れない単語を耳にして戸惑っていたが、旭日が振り向いて説明に入る。
「これは魚雷発射管と言いまして、スクリューで水中を自走する爆弾のようなものです。これを船底にぶつけて爆発させるんです」
「そうか……水の中は爆圧が逃げにくいから船への損傷具合が大幅に高まる……なるほど。合理的だな。しかし、射程はどうなのだ?」
旭日も『痛い所を突かれた』と言わんばかりに苦笑した。
「実は……この潜水艦に搭載されている魚雷の『最大射程』は10kmを超えますが……『命中を見込めるくらいの有効射程』となると、物にもよりますが実は5km以下なんですよ」
「は!?ご、5km以下!?」
十分すぎるくらいに射程があるように思えるが、さらに気付いた。水中を進む魚雷は砲弾よりも遅いのだから、距離があるほどかわされかねないと。
しかし、そこはヴァルゴ。すぐに思い出した。この船が水に潜れるというその意義を。
「そうか……だから水中に潜れる潜水艦が重要なのですね……」
「はい。潜水艦にも大砲は搭載されていますが、基本的に大砲は副武装と思っていただいた方がいいですね。考えてもみて下さい。相手が全く気付いていない状態で、至近距離まで接近してから魚雷をぶち込まれたら……戦艦だって無事じゃすみません」
「!」
「まぁ、あと魚雷を搭載しているのは巡洋艦や駆逐艦……駆逐艦と言って通じますか?」
「そ、それもよくわからないですな」
旭日は『じゃあ折角なので』と更に説明することを決定した。
ベッドへ戻ると、兵がおにぎりと漬物を持ってきた。
「司令、こちらをどうぞ」
「おぅ、あんがとさん」
旭日はおにぎりをモグモグと頬張りながら説明を続けた。
「魚雷という兵器が登場したことで、鋼鉄製の戦艦や巡洋艦であろうとも、魚雷を受ければ敗れる恐れが出てきました。闇夜に紛れて敵の港近くまで接近した魚雷を主兵装とする船、『水雷艇』を駆逐するべく、小型で小口径の砲を搭載した高速航行可能な船が出現しました。それが『駆逐艦』と言います」
実際に旧世界の日本が経験した日露戦争においては、日本がイギリスから輸入した水雷艇が闇夜に紛れた奇襲を行い、旅順港のロシア艦隊にダメージを与えたことがある。
しかし、第一次大戦後は駆逐艦そのものが大型化し、『特型駆逐艦』以降は対艦能力を高めるべく大量の魚雷を搭載するようになったこともあって、駆逐艦及び軽巡洋艦が水雷艇を兼ねるような立ち位置になるのだった。
その辺りも説明すると、ヴァルゴは完全にポカンとしている。
近代戦はどれだけ敵の攻撃を受けずに、アウトレンジから戦うことが重要かということくらいは彼も理解しているので、砲弾の雨が飛び交う中で相手に肉薄して攻撃を叩き込む、というのは頭のネジが何本か吹っ飛んでしまっているのではないかと思えるほどにイカれていたように思えたからだ。
「まぁ、本格的に魚雷を撃ち込もうと思えば、やはり一番は潜水艦でしょうね。なにせ、水上からは発見されにくいのですから、これ以上ない発射台です」
ちなみに地球では水中調音機やアクティブソナー及び、護衛空母や護衛艦などの対潜兵器の発達によって、第二次大戦中に限って言えばある程度対処ができるようになっていた。
イギリスの『スキッド』やアメリカの『ヘッジホッグ』などは有名な対潜兵装である。
また、旧式兵器ではあったものの低速で扱いやすいことからイギリスでは空飛ぶストリング・バッグことフェアリー『ソードフィッシュ』が機上レーダーとロケットを搭載して対潜哨戒に活躍していたりする。
戦後は航空機による哨戒がより重要になり、アメリカが生み出した『Pー3C』オライオンや『Pー8』ポセイドン、日本の『Pー1』など、優秀な対潜哨戒機が各国で誕生している。
それはさておき。
「なるほど……上空から見つけたとしても、ワイバーンの火炎弾では水の中の敵は攻撃できない……船に搭載されている艦載砲でも、上空からの至近距離の敵を見つけたとしても、座標を聞いて狙いをつけるまでに時間がかかる……その間に逃げられたら元も子もありませんな」
「まぁ、そういうことです」
旭日はおにぎりを頬張りながら、笑顔を崩さなかった。
すると、ヨーが旭日の隣に現れて、『司令、隣失礼いたします』と座っておにぎりをパクパクと食べ始めた。
右には雲龍、左にはヨーと、どちらも間違いない、タイプの違う美人(ヨーはぽっちゃり系美人さん)なので、ヴァルゴは思わず『う~む』と唸っていた。
「どうされましたか、ダンナ?」
「いや、旭日殿は大変に女性人気が高いのだと思ってな」
「誤解のないように言っておきますが……龍子……雲龍もこのヨーも、自分の部下なんですよ」
「ぶ、部下!?……いや、確かに龍子殿との距離感はどことなく違和感があったような……なるほど。立場まで偽装していたのだとすれば納得がいきます」
「騙すような形になってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
雲龍の謝罪に、ヴァルゴは慌てて『いやいや』と手を振った。
「潜入任務ともなれば、当然身分や立場を偽るものですから。気に病まないでください」
「お心遣いに感謝します。まぁ……」
そう言いながら雲龍は旭日の腕に『ギュッ』と抱き着いた。
「私は少なくとも、司令の……旦那様ことを憎からず思っておりますが」
「……もがっ?」
旭日が驚きのあまりおにぎりを喉に詰まらせかけると、素早くヨーがお茶を差し出して飲ませた。
「ゴク、ゴク、ゴクッ……プハァッ!う、雲龍!もう潜入は終わりだからそういう冗談はもういいっての!」
「司令、今の雲龍さんは冗談を言ったわけではありませんよ」
「えっ?……はうっ!?」
ヨーの言葉に思わずそちらを見ると、ヨーもその豊満な体を旭日に『ムギュウッ』と密着させてきた。
「私も……司令のことはお慕い申し上げております」
旭日は思わぬ告白に頭がグルグルと堂々巡りを繰り返していた。
「(雲龍とヨーが俺のことを好き!?いやいや待て待て待ちなさい‼そんな都合のいい展開があってなるもんかいっ‼だって俺、こいつらに上官としての信頼はもらってるけど、そんな女として惚れられるほどのことは……)」
その時、旭日の脳裏には大日本皇国に到着した時に、過去の経緯を思い出して泣いてしまったヨーを優しく抱きしめてやった時のことと、雲龍が触手蟲に捕まった時に必死に助け出そうとした時のことを思い出した。
「(……もしかして、あれでフラグが立ってた?)」
しかも雲龍に関して補足すると、ヴォンダムの街に到着してから酔っぱらって一緒のベッドに寝ていたのだが、雲龍はその夜起きている間中旭日の寝顔を観察していたのだ。
そんな状態で男性として意識するなという方に無理があるだろう。
「まぁ、別に奥さんにしてほしいとかそういうことは言いませんから」
「これからも私たちの頼れる上官でいてくださいね、司令」
そんな2人の板挟みならぬ乳挟みになっている旭日を見たヴァルゴは、『やはり女性人気は高いのですな……』と妙な確信を得るのだった。
その夜、ヨーは指揮を副艦長に任せると旭日の寝ているベッドへと向かった。
今回は潜入任務と言うこともあって『晴嵐』を搭載しておらず、代わりに非常時に使用するための内火艇と大発動艇を搭載しているのだが、当然その分搭乗員が浮いており、軍人たちはそのお陰でしっかりとしたベッドで寝ることができていた。
そんなベッドとは別の艦長用ベッドに、旭日と雲龍は一緒に寝ていた。
なぜ一緒なのかと言えば、雲龍が『こんなこと言わせたんですから……今夜は一緒に寝てください』と意味不明なおねだりをしたからであった。
ちなみにヨーの艦長用ベッドは神界での改装の際にかなり大きめに作られており、ギュウギュウ詰めにはなるが3人で寝ることも可能だ。
馬力が高く体温が高めの雲龍と、こちらもまた体温が高めのヨーがくっついて一緒に寝ていたこともあって、真ん中で寝ている旭日は肉布団状態であった。
つまり、川の字状態である。
ただし、親子ではなく両手に花の状態だが。
「……なぜこのようなことに」
ボヤくものの、雲龍の張りのある乳房と太もも、そしてヨーのマシュマロかゴム細工かと思うほどに柔らかな肢体がくっついているため、男冥利に尽きる状態であることは十分に理解していた。
なので、文句は特にない。
問題は、まさかいきなり2人の女性から(精霊に近い存在とはいえ)好意を寄せられるとはまるで思っていなかったことだ。
旭日はミリタリーオタクだったこともあって前世は彼女いない歴=年齢であり、ブラコンで常にベタベタしようとしてくる姉の撫子を除けば、ほとんど女性と接触したことがない。
転生してからは艦長娘たちと風呂にもよく入るようになったため、ある程度自分の中で免疫ができたと思っていたのだが、それは大きな間違いだったと自覚していた。
「(だってどっちもムニュムニュで柔らかいし、時々当たる吐息は艶めかしいし、どっちを向いても無防備な寝顔があるしであ~もう!)」
当然のことながら、健全な男である以上到底眠れる状態ではない。
とはいえ、『据え膳食わぬは男の恥』という言葉もあるが、いきなり襲い掛かってもいいとは思っていないという複雑な心境だ。
「(しゃーないな)」
旭日は2人を強く抱き寄せ、そのまま眠りについたのだった。
翌朝、目を覚ますと既にヨーの姿はなかった。恐らく艦の指揮を執っているのだろう。
旭日も起き出すと艦橋へと向かった。
「ヨー、おはよう」
「あ、司令。おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
艦橋に立っていた水測員やソナー員がパッと敬礼する。
「今どの辺りだ?」
皇国の首都・ヴェルモニアと大日本皇国では、距離にして1500km以上離れている。
『伊400』の最高速度は18.5ノットだが、仮に水上を12ノットで航行できる出力を出していたとしたら、海流の勢いが加わって15ノット前後の速度で巡航できるのだ。
そんな速度で航行を続けていれば、1500kmといえども2日強あれば日本に到着してしまうだろう。
「今は……あ、大海洋共栄圏に参加している元オルファスター王国の属国だったケナシュルム王国の近くですね。外を覗けば、見えるかもしれませんよ?」
「おっ、見てみるか」
旭日はヨーと共に艦橋の司令塔へ出ると、思いきり伸びをした。
「やっぱ潜水艦は狭いなぁ……ま、他の船も多くは狭いけどさ」
「そうですねぇ。朝から汗だくですよ~……」
旭日は自分で持っていた双眼鏡を、ヨーは設置されている12cm双眼鏡を覗きこむ。
「えぇと……今午前9時で進行方向は東、太陽があっちだから……おぉ、あれかな?」
旭日の双眼鏡に大きめの島が映った。だがそれなりに大きさがあるようで、ただ双眼鏡で見ただけでは全てを判別することは不可能である。
「あっ、町が見えます」
「町っつーか漁村か?結構ひなびた雰囲気、だ、な?」
旭日が目を凝らすと、所々から煙が上がっているのが見えた。
旭日の記憶が正しければ、ケナシュルム王国は共栄圏に加盟したことで港湾開発を行っており、東にある首都である王都チンジュロウには大日本皇国から派遣された2等輸送艦と1等輸送艦が1隻ずついるはずなのだ。
だが、西部と思しきひなびた村から煙が上がっていることが気になった。
「ヨー、バレない範囲で良い。もう少し近づけないか?」
「はっ。」――『取舵一杯!』
『取舵一杯アーイ!』
この船は水から出ている部分が少ないので、よほど目のいい者でなければ簡単には気付かないだろうと旭日は考えていた。
本当ならば偵察に『晴嵐』を用いたいところだが、いきなり所属不明機が飛来すればケナシュルム王国に奇妙な誤解を与えかねない上に、万が一敵性勢力が攻め込んできているのであれば、その相手にも『日本がケナシュルムを助けるために戦う意志がある』と思わせることになってしまう。
そもそも、今回は晴嵐がない。
少なくとも、今の大日本皇国に列強と呼ばれる国と全面戦争を行うほどの能力はない、と旭日は思っている。
「どうだ……あっ!」
「どうされましたか!?」
「あれは……ウチ(日本)の土建屋が手掛けている港湾施設じゃないか!」
日本は近代艦艇を受け入れられるように共栄圏に加盟した国の港湾部の開発に乗り出しているのだが、優先順位としていくつかの条件があった。
それが以下のようになる。
○日本との距離
○日本と仮想敵国との距離的関係
○近代的技術に対する理解
○財力に余裕のある国
この条件に当てはまり、日本が急いで手掛けることができた国はボンパコ共和国、ケナシュルム王国、そしてアルモンド王国の3国だけであった。
他の国には既存の桟橋でも運用が可能かつ有り余るほどに存在する輸送艦などで砲撃の訓練をしてもらっている有様である。
既に日本に次ぐ技術と国力を持つアルモンド王国では『秋月型駆逐艦』と『松型駆逐艦』を合わせて5隻も購入を決定しており、その搭載兵器及び船体についてもノックダウン生産を行うことである程度の技術力を得られるようにしている。
ボンパコ共和国とケナシュルム王国の2ヵ国については、元々オルファスター王国の属国だったこともあってアルモンド王国より国力が劣るものの、日本としては早めに近代化してヴェルモント皇国に対する防波堤となってほしいという考えがあったため、ひとまず港湾開発と資源調査を優先して行っていた。
だが、そんなボンパコ共和国の西海岸が火に包まれている。
「一体なにがあったってんだ……」
すると、木の陰から帆船がヌッと姿を現し、沿岸部に艦砲射撃を始めた。
旭日たちとの距離は10kmほどしか離れていない。
だが、船体の一部を水上に出しているとはいえ、海の中からわずかに出ている潜水艦に帆船は気付いていないようだった。
そして、そんな帆船の砲撃は明らかに2km以上飛んでいる。
「あれは……ヴェルモント皇国の戦列艦だ‼」
「え、皇国は現在オルファスター王国の攻略をしているはずでは!?」
「そのはず、なんだがっ……まさか、二正面作戦を行ったって言うのか!?バカじゃねぇのか皇国‼」
旭日が怒鳴るのも無理はなく、地球基準においても近代において二正面作戦を行うようなバカは、血迷った総統閣下の率いた第三帝国と、圧倒的な物量を投入することができた(できた、と言うか許された)米帝様くらいしか存在しない。
アメリカはその圧倒的な工業力を規格統一させたことも含めて、様々な要因を重ねることでドイツと日本と言う色々とアタマおかしい(片や世界最強クラスの戦車と急降下爆撃機保有国、片や世界最強クラスの海軍と万歳突撃遂行者の軍隊)2か国と同時に(同時に、といっても途中でドイツが降伏したのでそこからは完全に日本だけとなったわけだが)戦うことができたのだ。
もっとも、現代では戦争そのものが莫大な費用がかかる割にリターンが少ないということで米帝様ですら二正面作戦は行う力はないと言われている。
え、いざ戦争状態になったらって?やるでしょ。あの国なら。
それはさておき。
「もしかしてですが……皇国は陸軍と海軍に分けて侵攻作戦を行っているのではないでしょうか?オルファスター王国は地続きの国で、ケナシュルム王国は島国です。双方に陸軍と海軍を分けて派遣したと考えれば……皇国には空母モドキがあると聞きますので、軍の運用思想的には第二次世界大戦開戦時の域にあると推測できます。そういうことであれば、海軍に海兵隊のような組織がいてもおかしくはありません。それである程度の陸上戦力を確保できているのだとすれば……」
「なるほどな、冷静な分析サンキュー、ヨー」
旭日は考える。少なくとも、帆船の数は15隻を超える。
揚陸艦を含めればもっと多いだろう。
この『伊400』1隻では、水上でも14cm単装砲があるので2,3隻は撃破できるだろうが、それ以上は水に潜って魚雷を使った方が早い。
だが、魚雷……特に、大蔵艦隊で使用されている酸素魚雷は精密すぎて値段が高いこともあって、木造帆船に使用するのはためらわれていた。
つまり、今の旭日たちにできることはない。
「……俺たちは……帰る。まずは日本へ帰り、情報を収集する」
「で、ですが……ケナシュルム王国の西部沿岸と言えば、我が国の関係者もいます‼このままなにもしないというのは……」
悔しさをにじませながらも、旭日は意を決した表情でヨーの方を見た。
「俺たちは……俺たちは英雄じゃない。軍人だ。少なくとも……自分だけの判断で戦争に首を突っ込んじゃいけないんだ。お決めになるのは……天皇陛下と閣僚たちだ」
ヨーがふと旭日の手元を見ると、力強く握りしめた手の平からわずかだが血が滴っていた。
「し、司令!手が……」
「うるせぇっ‼あそこにいる連中は……今の俺なんぞとは比べ物にならないような地獄の苦しみを味わっているんだっ‼そんな時に、俺はなにもしてやれない……俺は……そんな程度の力しかない男なんだよっ‼」
転生して、神様特典で第二次世界大戦規模の大艦隊(と言っても、その多くは大正時代に建造されたものだが)をもらったとはいっても、元々旭日という男はあくまでミリタリー好きの一般人だった。
自分のできる『限界』はわかっているつもりだった。
それでも……悔しいものは悔しい。
そして、ヨーもそんな旭日の心中を察したからこそ、旭日の手を取った。
「司令、力を抜いてください」
ハッとしながら旭日が双眼鏡を持っていなかった右手を持ち上げ、ゆっくりと握り拳を解いた。
掌の真ん中には爪が深く食い込んだらしく、血が噴き出していた。
「ダメですよ、司令。こんなに手を傷つけたら……」
ヨーは手を取ると、手の平の傷に沿うように舌を出して傷を舐め始めた。
「お、おいヨー……」
「さぁ、艦内へ戻りましょう」
手を引かれながら、2人は艦内へ戻った。
艦橋へ赴くと、ヨーは一瞬旭日の手から目を離した。
「直ちに海流に乗り、巡航(この場合は水上の巡行)出力で航行し、日本へ帰投します」
ヨーは副長の方を見る。
「副長、私は司令の側におりますので、あとのことは任せます。非常事態があれば、すぐに知らせなさい」
「はっ。了解いたしましたっ‼」
ヨーは再び旭日の手を引き、自分のベッドへと連れて行った。
座り込んだヨーは、再び旭日の手の傷を舐め始めた。
「お、おい……いいんだよ。これは俺が自分でつけたんだから……」
「いいえ。放っておいては栄えある大日本皇国第0艦隊司令官の名誉にかかわります。ここは……私にお任せください」
ヨーの肉厚な唇が時折傷口に吸い付いて血を吸い、まるで傷ついた我が子を労わる獣の母のように舐め続けた。
そんなことをヨーは10分以上続けた後、軽く傷口を布で拭いてからガーゼを当て、包帯を巻いてくれた。
「司令。司令のお体は司令だけのものではありません。もし傷を負われれば……私たちは皆心配し、悲しみます。どうか、それをお忘れなきよう……」
優しく、しかししっかりとしたヨーの言葉は、旭日の心に重くのしかかった。
「……悪かったよ。心配かけたな。もう大丈夫だから」
ようやく穏やかな微笑みを見せた旭日に、ヨーもまた穏やかな微笑みで返すのだった。
一行は再び航行を開始し、一路日本へと向かう。
……最後に少々後味の悪い展開がありましたが、旭日も万能ではないというところを見せたかった一面があります。
次回は12月27日に投稿しようと思います




