軍港と疲労回復
ヴェルモント皇国の港を見る旭日たち。
果たして、どんなところなのか……
様々な人種が行き交う雑踏の中を、さらに南へと歩を進める旭日と雲龍。
2人は段々とエルフ系の人がより多くなることに気付く。
「さぁて龍子。こっからは『完全に』相手の腹ん中だ。気ぃ引き締めていくぞぉ」
緊張感を持たせるような、それでいて少しおどけるような旭日の言葉に『はい』と短く返すことしかできなかった雲龍であった。
屋台が減るにつれて、本格的な店が軒を連ねるようになった。
見れば、あからさまに高級そうな宝飾品や魔法具のようなものが多数販売されている店ばかりである。
他国の人と言えば、この国でしか買えない物を買いに来るような金持ちの客ばかりであった。
そのままグイグイ進むと港湾の軍事施設らしい大きな建造物が見えてきた。
「あれがヴェルモント皇国海軍本部にして、首都防衛隊本部か」
「元々首都が海に面しているということは、それだけの戦力が集中していると考えて然るべきですからね」
「しかしまぁ、属領を含めれば国土の総面積はヨーロッパ全土より広いという感じが地図からは伺えたが……元々の皇国は沿岸国家だったのかもな」
「確かに、そうであれば首都が海に面していて大きな港がある理由も頷けます」
先程は遠目で漠然としか見えなかったが、近付いてみるとその圧倒的な威圧感がひしひしと伝わってくる。
「……なるほどな。木造帆船に軽戦車並みの装甲板を張り付けただけの旧式兵器とはいえ、よくもまぁこれだけの規模を揃えたもんだ」
あくまで旭日の見立てであるが、皇国の戦列艦は日本が江戸時代末期に使用していた蒸気フリゲート『開陽』に酷似した形状をしている。
さすがに蒸気機関を使っているようには見えないので、なにかしらの魔導機関を使用しているのだろうと考えられる。
魔法の風と水流噴射、さらに機関の補助があれば、その速度は装甲戦列艦であっても15ノットを優に超えるだろうと推測できる。
おまけに、搭載されている大砲は開陽の頃より強力なアームストロング砲レベルの大砲だという。
明治初期どころか、明治後期……日露戦争水準の日本が艦隊決戦を挑まれても、数に押されてかなり苦戦しただろう。
いや、圧倒的な数の差と航空戦力から、負けると言ってもいいかもしれない。
「こういっちゃなんだけど、かなり無茶苦茶だな……まぁ、物理的な無茶を通すのが魔法って奴だから仕方ないけどな」
「あっ、旦那様。戦列艦の隣に全通甲板の木造船が見えます。あれが噂に聞く『飛空母艦』ですよ」
「帆はやっぱ確認できないな……蒸気フリゲートが帆を残しているのは、魔法による合成風も併せているんだろうな。それを利用することで加速力を確保しているんだろうよ」
さらに近づくと、なにやら行列ができていることに気付いた。
旭日は行列に近づくと、そこを警備しているエルフの海兵に聞いてみた。
「失礼、兵隊さん。これは一体なんの行列でしょうか?」
「ん?貴様、ヴェルモニアは初めてか?」
少々横柄な態度だが、旭日は『未成熟な世界の兵士なんてこんなもんだろう』とハナから想定していたので腹も立たない。
「はい。なにぶん文明圏外の田舎から初めて来たものでして……お恥ずかしながら、まだまだ知らないことだらけでございます」
「はっはっは……そういうことならまぁ仕方ないな。教えてやろう。これはな、水上要塞の見学ツアー申し込みの行列なんだ」
「なんと、ヴェルモニアの名物にして、あの沖合にあると言われる水上要塞を見学することができるのですか!?」
旭日が精一杯驚いたような表現で尋ねると、海兵はさらに誇らしげに『その通りだ』と胸を張った。
「皇国は寛大で開放的なのだと世界に知ろ示すついでに外貨を稼ごうという軍部のお考えらしくてな、例え文明圏外の者であろうとも、払う物さえ払ってくれればボートで近くまで行き、見学することが許されるのだ」
「いやはや。皇国の寛大さには恐れ入るばかりでございますなぁ……これでは、第3世界大陸全土が皇国のモノとなるのも、そう遠い話ではないかもしれませぬぞ」
「そうだろう、そうだろう」
海兵は旭日が皇国を褒めちぎったことが余程嬉しかったのか、気が大きくなったようでさらに付け加えた。
「ここだけの話、1.5倍の料金を払えば写真撮影も許可されておる。専用の許可証が発行されるのだ。もし金に余裕があるならば、検討しておくがよい」
「それはそれは……貴重な情報を、ありがとうございます」
旭日は海兵の手にそっと銀貨3枚……日本円にして3千円相当を握らせた。
ワイロとしては安いかもしれないが、これからもっとお金を使うのでこれで勘弁してほしい、という意味も込めている。
海兵は握られた硬貨を見て満足気であった。
「楽しんでくるといい。だが、今日の分はもう満席でな。今は明日以降の申し込みの予約だ。日程を間違えるなよ?」
海兵の言葉に従い、旭日と雲龍は行列に並んだ。
並んでいる行列はそれなりに長いが、元々列に並ぶことに慣れた日本人からすれば大したことではない。
「龍子、水飲むか?」
「あ、いただきます」
そんなこんなで1時間近く並ぶと、ようやく受付が間近に迫ってきた。
受付にはエルフとダークエルフの女性が座っており、記帳を進めていた。
そして、遂に旭日たちの番になる。
「すみません、明日は空いていますか?」
「明日は……午後3時の枠が空いていますね。それでよろしいですか?」
「はい。構いません」
「では、お2人で金貨1枚と銀貨4枚になります」
「なっ!?」
雲龍が驚いたような声を上げるが、そもそもの貨幣価値を論じると、大日本皇国が使用している貨幣では金貨1枚は1万円、銀貨は1枚で1千円になるため、驚くなかれ合計1万4千円……1人辺り7千円というのだ。
旭日の記憶にある旧世界の横須賀での軍港巡りは大人1人2千円もしなかった覚えがある。
ぼったくりと言うべきか情報料と言うべきか、雲龍が呆然としているのを尻目に、旭日は素早く1.5倍の料金として金貨2枚と銀貨8枚を支払った。
「では、この札をくれぐれも忘れずにお持ちください。明日、船に乗る際にこの札を魔力確認いたします」
要するに、魔力を用いた確認証ということらしい。こういった技術は、近い水準の地球国家よりも進んでいる部分が多いようだ。
さしずめ、『ファンタジー舐めるな地球』というところだろうか。
「ありがとうございました」
「では、明日をお楽しみに」
にこやか、しかしどこか見下したような目をした受付を後にした2人は、ヴァルゴの館へ戻る途中も話を続けていた。
「しかし、なぜ皇国は最高軍事機密の1つと言ってもいい水上要塞を公開しているのでしょうか?」
「そうだな……『油断の極み』と言わざるを得ないが、見られた程度で対策を取られるとは思ってないから、とか?」
「……あり得そうな話ですね」
なにせ、ヴェルモント皇国はまごうこと無きこの世界の列強国である。
この世界の『常識的に考えて』、そんな国に攻め込むような愚かかつ常識外れの存在など、同じ列強国以外には考えづらい、ということは旭日も分かっていた。
なので、自分たちに劣る、分析能力のない蛮族の一般市民から金を取って観光資源にしてもそれほど問題がないのかもしれない。
横須賀に停泊している日本の潜水艦やアメリカの空母とて、遠目から見られる分には機密は少ないのと同じだ。
「ま、そっちがそう思っているだけであって、こっちからすれば見るだけでも色々得られる情報があるわけだけどな。クックック」
「しれ……旦那様、卑怯者の顔をしてらっしゃいますよ」
「へっ、これは情報戦という名の戦争だぜ?戦争を遂行するのにヒキョウもラッキョウもあるものかよ。かの大英帝国ならそう言うぜ」
「えぇ~……私は空母らしく堂々と艦隊決戦をするのが好きですが……」
「ちなみに俺は、ヒキョウもラッキョウも大好物だぜっ」
どこぞの大魔王やカニの戦士のようなセリフを吐き、雲龍から呆れ交じりのジト目で見られているにもかかわらず、旭日は誇らしげに『決まった……』と言わんばかりのドヤ顔を見せていた。
「まぁ、確かに戦争だと思えば奇襲もなんでもありですね。それは仰る通りです」
最終的には自分にそう言い聞かせるようにして納得したらしい雲龍だった。
2人がヴァルゴの館へ戻ると、ヴァルゴは店の売り上げを確認しているようだった。
「ただいま戻りました」
「おぉ、旭日さん。どうでしたかな?皇国海軍は」
「想像以上の規模ですね。言っちゃあなんですが、よくもまぁあれほどの『数』を揃えたと思いましたね」
「数を揃えた、か……それはつまり、『質は』それほど恐れるに足りない、ということかね?」
「そうは申しませんが。少なくともこの第3世界大陸の中では間違いなく最強だと思わされる陣容でしたね」
敢えてはっきりとしたことは言わなかった旭日だが、日本が戦艦を保有していることを知っているヴァルゴからすれば、言外に『質ならば日本の方が上』というのはヴァルゴにもなんとなくだが分かってしまった。
「明日は水上要塞を見物に行くつもりです」
「そうですか……皇国が勝つか、日本が勝つか……しっかり分析をお願いしますよ。我が家の未来がかかっていますからね」
ヴァルゴとしては、この分析次第で出方を変えるつもりのようだ。
だが、利益を追求する商売人としては当然の反応だろう。
「まぁ……全ては明日、ですね」
夕方、キッチンで食事を作っているところに雲龍もいた。
『お世話になっているのだから手伝いたい』ということであった。
この日の夕飯は鶏肉と玉ねぎやキノコたっぷりのトマト煮のようで、雲龍としても手伝いやすい料理で助かった。
「若奥様お上手ねぇ」
「旭日様もこんな奥様と一緒になれたのは幸運なことだわぁ」
メイドさんたちから褒められたからか、それとも旭日の女房扱いされたことが恥ずかしかったのか、思わず赤面する雲龍だった。
役割を演じなければいけないとはいえ、一艦長である自分が艦隊を率いる司令官と同じ立ち位置である『夫婦』扱いされるのはやはり慣れない。
「あら、もう間もなくできるわね」
「龍子さん、ご主人を呼んできてくださる?」
「はっ、はい」
雲龍は大きな館の二階にある旭日の部屋へ向かう。
「しれ……旦那様、お夕飯の支度ができましたよ」
だが、ノックをするものの中から返事がない。
「旦那様、開けますよ?」
雲龍が扉を開けると、大きなダブルベッドの上ですやすやと眠りこけている旭日の姿が目に入った。
今日は街のあちこちを歩き回っただけでなく、イタリアのシチリアを思わせる強い日差しの中で1時間近く並んでいたのだ。
ただでさえ2週間以上に渡る旅の疲れもたまっていたのだろうから、つい眠ってしまったのかもしれない。
「旦那様、起きて下さい。お夕飯ですよ」
ゆっくりと揺さぶるが、旭日は寝ぼけているのかなかなか起きない。
基本的に旭日は寝覚めの良い方なのだが、元々の様々な激務も祟ったのか相当に疲れているらしい。
「……この任務が終わったら、司令を……旦那様を少しは休ませていただかないといけませんね。越権行為かもしれませんが、意見具申しなければ」
雲龍はそんな決意を新たにしつつ、なんとか旭日を起こそうとする。
「旦那様、起きて下さい」
「うぅん……」
旭日は唸りながら寝返りを打つ。
すると、精神年齢30歳という割にはあどけない寝顔と無防備な唇が見え、雲龍はドキリとしてしまう。
「もうっ……あんまり遅いと……イタズラしちゃいますよ……」
そう言うと雲龍はゆっくり唇を旭日の口元へ近付けた……が、やはり羞恥心の方が勝ったのか、顔を真っ赤にすると離れて壁に頭をゴンゴンとぶつけ始めた。
「なっ、なにやってるの私はっ!?」
結局旭日はそれから目覚めるのに5分もかかってしまった。
起こそうとしてくれた雲龍に詫びと礼を言いつつ、下の居間へと向かう。
もっとも、雲龍は先ほどのキス未遂もあって終始顔が真っ赤なままだったが。
「いやぁ、遅くなってすみません」
「いやいや、お疲れのようでしたからね」
「明日のこともありますからね、今夜は夕食をいただいたらまた寝かせていただきます」
「随分お疲れのようですが……やはり、普段からお勤めが厳しいのですか?」
「まぁ……こんなことを言っても仕方がないのですが、とても本職がやることとは思えないようなことも多くやっているもので……」
要点をぼかした言い方にもかかわらず、ヴァルゴは『ふむ』と言いながらワインを一口含んだ。
「他の人に任せるわけにはいかないので?」
「我が国はとにかく人手・人材不足なものですから……まぁ、あと数十年はこんな状態が続くでしょう」
席について食事をしながら旭日は答えるが、痛い所を突かれたからか、どこか声にも力がない。
実際、旭日は大日本皇国第0艦隊司令官という立場だが、それ以上にあちこちを飛び回って施設や設備の視察をやっている。
これは、平成・令和時代の知識を持っているのが彼を始めとする一部だけで、近代的な技術・体系を理解できるからである。
「それは大変ですね……どうか、頑張ってくださいね」
ヴァルゴとしても旭日に倒れられたら、日本と皇国のことを判断してもらわなければならないのに困ってしまう。
「そう言えば、我が家には秘伝の疲労回復薬がございます。よろしければ一杯飲みますか?」
「貴重なものなのでしょう?いいんですか?」
「えぇ。明日は水上要塞を見るという大事な日じゃないですか。寝不足で調査がはかどらなかった、なんてことになってはよろしくないですからね」
ヴァルゴはそう言うと、金庫を開け始めた。
「えぇと……確かこの辺りに……あぁ、あった」
取り出したのは、緑色の『ポーション』とでも言いたくなるような雰囲気を放っている液体だった。
「これを1本飲めば、激務で疲労続きの体でも翌朝にはすっかりマカビンビン、と言わんばかりに回復していますよ」
「えっなにそれ、すごいっすね」
受け取って飲むと、若干苦かったものの、飲めない味ではなかった。
「どうですか?」
「なんていうか……日本の青汁みたいな感じですね」
「はっはっは。初めて飲んだ人は大体そう言いますよ」
旭日は飲み終えると立ち上がった。
「ヴァルゴの旦那、ありがとうございます。明日はがっつりと水上要塞を見てきますんで」
「えぇ、我が商会の未来もかかってますからね、お願いしますよ」
「大船に乗ったつもりでいて下さい……とまで言うとちょっと重いんで、できる限り頑張ってきます」
食事を終えた旭日は雲龍を伴うと、自分の部屋へと戻る。
戻った旭日はしばらく雲龍と他愛ない話をしていたが、1時間半ほどで旭日は眠たげにウトウトし始めた。
「司令、もう眠られますか?」
「そうだな……悪い、先に、寝る……」
『寝る』まで言い終えると、まるで糸の切れた操り人形のように旭日は布団にバタッと倒れ込んでしまった。
「……本当によく効く薬のようですね……まぁ、そういうことであれば、明日の司令を楽しみにしましょうか」
クスリと笑うと、自分は風呂に浸かるべく浴場へ向かうのだった。
結局、雲龍が寝付いたのはそれからさらに2時間半後となる。
その頃、大日本皇国の港湾都市キイでは、旭日の留守を任された扶桑と撫子が書類の山を片付けていた。
本来は旭日がやっていたことなのだが、そもそもの話を辿ると一艦隊司令がやることではないことも多数ある。
「司令は今頃皇国に着いておられる頃でしょうか。正体が明るみになっていないかどうかが心配で仕方ありません」
「大丈夫よ扶桑ちゃん。ひーくんはああ見えて結構な演技派よ?」
そういう問題ではないのだが、姉である撫子はなぜか自信満々な様子でドヤ顔をしているので、『そうですね』と合わせておくことにした。
「それより扶桑ちゃん。この『東部車両工場の視察』とか、『新型魚雷開発案について』とかって、本来艦隊司令のひーくんがやることじゃないよねぇ?」
「それを言わないで下さい。元々司令はこの世界では珍しい未来の知識を持つお方として色々な視察や承認をしなければならなかったのです」
扶桑としても、『なぜ司令がこれほど忙しい目に……』と思うことは多々あったが、全ては発展途上の最中にある大日本皇国に問題があるため、せめて人材が成長するまで旭日を中心に大蔵艦隊の有識者が頑張らないといけないのだ。
実際、現在は技術の教導や教育、さらに研究によって新しい物が次々と開発されている状態であるが、『橘花』や『イ号乙無線誘導弾』など、量産体制に入ったばかりの物などは運用体制の確立もまだできていない。
それらも運用する現場の最高責任者である旭日が見なければならなかったのだが、現在留守なので扶桑や撫子がその代理を務めている。
しかし、撫子は旭日譲りの知識があるからよいものの、扶桑の知識では誘導弾はおろかジェット機に関しても全くと言っていいほどに知識がないため、実際に運用する立場となる天城・葛城・飛鷹・隼鷹・大鳳に意見を仰がないとならないため、かなり厳しい。
「そっかぁ。ひーくんはずっと1人で頑張ってたんだねぇ」
「はい。司令はずっとお1人であれこれと背負っておられました……率直に申し上げまして、基本的に女性とばかり過ごしていたためか、欲求不満と言うべき意味でも溜まっていたはずでした」
「ひーくんの好みからすれば、扶桑ちゃんや大鳳ちゃんは『ぐへへ~』ってなるくらいな美人さんのはずだけどねぇ。でも、ひーくんは誰ともえっちなことしてないんでしょ?」
「はい。我々に手を出しても問題はないのですが……そこは真面目な方ですので、一緒に風呂に入っていようとも、薄着な寝間着で近くにいても全く手を出しませんでしたから」
「ひーくんらしいなぁ」
撫子も前世界で生きていた頃にはお風呂上りに薄着でウロウロする、胸を『あててんのよ』といったセクハラ紛いのことをよくやっていたが、旭日がかなり顔を真っ赤にしながら耐えていたのを今でも覚えている。
「(ま、お姉ちゃんが『お姉ちゃんだった』から手を出さなかったのもあるんだろうけどね……)」
すると、旭日の執務室をノックする音が響いた。
「どうぞ」
「どもっす、副司令姉さん、扶桑姉さん」
入ってきたのは、相も変わらず目の下にクマを作っている夕張であった。
「夕張じゃないですか。橘花と誘導弾の量産要求が通りましたか?」
「はい。カネはかかりましたけど……そこはそれ、資源が自噴するこの国では旧世界の日本とは比較にならないほど安価にすることもできるっす。それを大量配備すれば、さらに量産効果で値も下がるって寸法ですわ」
「なるほど……配備する空母はどうなりそうですか?」
「あー、当面は雲龍型3姉妹にお願いするようになりそうっすね。発進補助用の噴進器とカタパルトがあるので。当然ながら、大きさ的にも飛鷹型は無理っすね。それよりは、新たに設計している新型空母を当てにした方が良さそうっす」
夕張の言葉に思い出すように口に手を当てる扶桑。
「確か……司令曰く、『大戦終了後に米国が配備していた』空母を参考にしているらしいわね」
「はいっす。それならジェット機でも発進ができますし、今までとは比較にならない搭載量になるっす」
旭日としては日本独自の空母を建造したいと考えていたのだが、本人のロマンと理想のシャルンホルスト級とヴィットリオ・ヴェネト級を足して2で割り魔改造した『薩摩型巡洋戦艦』の時とは異なり、船体そのものの構造が全く違うことから独自路線を進んでも苦戦すると考えたため、やはり既存の物を改良する程度で納めるべきだと考えたのだ。
現在はアングルド・デッキとさらに強力なカタパルトを備えた、戦後タイプの空母を設計し、秘密裏に建造を始めていた。
「それと、給油艦の塩屋たちからなんすけど、『そろそろ自分たちは能力不足になりそうだから、速吸以上に艦隊に随伴できる大型輸送・給油艦を早く配備してほしい』そうっす」
「やはり、能力不足は否めませんか」
以前も説明したが、飛鷹型の船体及び主機関を参考に、大型かつ高速航行可能な輸送艦及び給油艦を作れないか、と日本に居住を始めた頃から旭日は考えていたため、現在ではこちらも試作1号艦が間もなく進水する状態となっていた。
「仕方ないっすよ。そもそも塩屋たちの速度性能は、艦隊に随伴するには全然足りてないっす。まぁ、この辺りは間宮姉さんや明石さんも似たようなもんですけど、あの辺りは今後大馬力のディーゼルエンジンを作ることができればもうちょっと速度が上がりそうなんで、補給・工作を主とする船としてはそれほど問題ないけど……」
輸送艦などの補助船舶が戦闘艦のように高速航行することを想定していないのは、艦隊に随伴していると航空攻撃から守り切れなくなる可能性が高いからという一面もある。
要するに、戦いに巻き込まれないポイントで海戦が終了するのを待ち、終了してから揚陸や補給を行うのが輸送艦や補給艦の役目である。
現代の海上自衛隊でも基本的に輸送艦・補給艦はディーゼル機関で精々22ノットの最高速度しか出せないのだが、一種類だけ、『ましゅう』型補給艦はなにをトチ狂ったのかガスタービンエンジンを乗せており、2万t越えのタンカー型の船体を24ノットという速度(現代護衛艦の第3船速に相当すると言われている)で海の上を爆走させるのだ。
ただし、その結果平時は補給艦のクセに自分が燃料をバカ食いする船になっているという本末転倒ぶりなのだ。
しかしそもそも専守防衛を旨としていた旧世界の日本では、安全に補給できる場所など存在しないから少しでも高速航行できる方がいいと考えたのかもしれないが……。
あとは、元々旭日の旗下となっていた陸軍部隊や兵器を搭載していた各種特設輸送船を用いるしかないだろう。
それはさておき……。
「塩屋さんたちの後継艦については補給艦、輸送艦と船体を流用することで本体価格を下げたいですね。司令も以前からそのように申しておりましたから、武装もほぼそれに準ずる形でいいのではないかと。あ、しかし水中戦力に対処するための対戦迫撃砲は開発した上で搭載するべきでしょうね」
「対潜迫撃砲か~。イギリスの『ヘッジホッグ』なんかは有名だよね~」
要するにただソナーから大まかなヤマ勘で、しかも後部からポイポイと投げ込む爆雷と異なり、一気に多数を前方に向かって投射できる対潜迫撃砲は『瞬間的な投射力』によって『素早く』潜水艦を倒す想定の兵器である。
現代でこそ西側の主力対潜兵器は短魚雷とアスロック対潜ロケットになっているが、東側では未だに対潜迫撃砲は現役だったりする。
当然対潜戦闘には強力なソナーも必要になるが、その点は水棲種族の協力を得ており、電子技術も進歩していることから有力なソナーを開発できそうであった。
「新型補助船舶に関してはアルモンド王国にも購入を打診するべきかもしれないね~。あと、対潜迫撃砲の開発はどうなの~?」
「はい。迫撃砲そのものは構造がそれほど難しくない割に高い火力を投射できるということもあって既に研究はかなり進んでるっす。この分なら、あと数ヶ月で戦力化できると思うっすよ」
「では、その方向でお願いしましょうか」
「はいっす。そういや、司令は今頃どうされてるんすかね?」
「雲龍が補佐をしてくれているでしょうから、大丈夫だと思いますが」
すると、撫子がクスクスと笑いながら扶桑の肩を叩いた。
「そうじゃないわよ。雲龍ちゃんとイチャイチャしてるのかってことよぉ」
「な、ななっ!?」
扶桑は途端に顔を真っ赤に染めてなにも言えなくなってしまった。どうやら扶桑はかなり男女のアレコレについては初心な女性らしい。
「お姉ちゃんとしては弟の『初めて』は欲しいけどね~」
「えっ、それ大丈夫なんすか?」
夕張の驚いた表情を見ながら、撫子は『大丈夫』とあっさり言ってのけた。
「そうなってもいいように、神様にお願いしたからね」
なんと、撫子が月光神に願ったことというのは、『弟と子作りしても問題ない体にしてほしい』というものだった。
「はー……撫子さんのブラザーコンプレックスも相当激しいとは思ったっす……でもそこまでとは驚き桃の木山椒の木でしたわ」
夕張が普段の下ネタを平気でぶち込んでくる顔を、唖然の色に染めながら言うのに対し扶桑はというと、物理的にこれ以上は赤くならないのではないかと思うくらいに顔を真っ赤にするのだった。
「でもね、ひーくんがお姉ちゃんをお姉ちゃんとしてしか見れない、って言うんなら……それもそれ、なんだよね」
若干寂しそうな、しかしここにいない弟を愛おしく思う姿を見せた撫子の顔色からは、その『本気』具合が伝わってくる。
「だからね、もしひーくんが扶桑ちゃんや雲龍ちゃん、あるいはエリナちゃんが好きだって言うなら、それでもいいんだ。お姉ちゃんは、ひーくんの側にいられればそれでいいの」
強い覚悟を感じさせる言葉に、思わず息を呑む扶桑と夕張であった。
……はい。というわけで最後にはちょっぴり扶桑たちにも出てもらいました。
まぁ、あまり出番がないのもアレなので……
それとこの小説についてですが、ヴェルモント皇国編が終わったところで休載するかもしれません。
というのも、そこから先について結構悩んでいまして……私の文才不足といえばそこまでかもしれませんが、楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ないと思います。
せめてそれまでは、温かく見守っていただけると幸いです。
次回は9月27日に投稿しようと思います。




