旅の道中
まずは一言。
大変、申し訳ありませんでしたぁっ‼
先月、予約投稿するのすーっかり忘れてましたぁっ‼
待っていてくださった皆さん、本当に申し訳ありません‼
今月からちゃんと続きに復帰しまーす!
旭日と雲龍は船(こちらはまだ機械動力の船ではなくて帆船)で数日ほど揺られた後、オルファスター王国の北方に存在するマチルダ共和国に上陸して隊商と合流し、ヴェルモント皇国への旅を始めて既に数日以上が経過していた。
その隊商にはいかにも冒険者、と言った風情の荒くれ者もいれば、どこかの国に所属している騎士のような出で立ちをした者もいる。
それも驚くべきは男女問わずに色々な役割があるようで、女性でありながら露出の多い薄手の鎧に身を包み、大きな金棒を持った狂戦士らしき人もいれば、男性でありながらレイピアのような剣を腰に差してキョロキョロと周りを見渡している者もいる。
もっとも男性でもレイピアを扱うものがいると後に知った旭日は驚愕するのだが。
「こうしてみると、ホントに雑多な連中なんだな。冒険者ってのは」
「はい。私などもっと男性に絡まれるかと思いましたが、冒険者同士でイチャイチャしている場合も割と多いですね」
女性冒険者も血の気が多い人物が少なくないのか、そういった欲求を性的な行動で発散しようという感覚があるようだ。
そして、問題を起こさないようにということなのか、そういうことは大体冒険者同士で誘い合うのが暗黙の了解らしい。
そんな中でも雲龍は怖いのか旭日にピッタリとくっついて離れないからか、基本的に絡まれていないようである。
旭日は自身のことを『大陸に商売に行く日本出身の行商人』と偽っており、雲龍はその若妻という設定であった。
もっとも、その設定を初めて聞いた雲龍は『わ、私が司令の奥さん……』と顔を真っ赤にして恥じらい、旭日に思いを寄せているらしい他の艦長娘の面々からジト目で見られていたのだが、それは別の話。
「きゃっ」
「おっと、大丈夫か、龍子?」
躓いた雲龍を支えた旭日だが、彼女の名前も『雲龍』では目立つと考えた旭日が『龍子』と呼ぶようにしていた。
「は、はい。ありがとうございます……だ、旦那様」
旭日が元々こういう演技が好きでノリノリな一方で、雲龍は旭日を夫呼びすることにまだまだ慣れておらず、どこかぎこちない。
すると、旭日の隣を歩いていた中年の小太りな男が珍しいものを見るような目で見ながら旭日に問いかけた。
「お前さん方、見ない顔だがどちらから来なさった?」
「はい。日本のとあるお店で商売の修行をしておりましたが、世界を見て回ることが大事と先代に言われましたもので、結婚したばかりの女房とこの通り、修行を兼ねて行商人に身をやつしているわけでございます」
「ほぉ、初々しいとは思ったが……新婚さんだったのかい?」
「はい。まだ会ってからそれほど経ってないこともあって女房もまだぎこちないもんでして……」
雲龍は自分の演技が下手で旭日に迷惑をかけてしまったことに気づいて恥じ入り、思わず顔を真っ赤にする。
だが、中年男はそんな旭日の言葉を信じたらしい。
「ほほぉ、それじゃぁ大変だなぁ」
「なんのなんの。この旅を終えたころには、きっと女房ともっと仲睦まじくなれるものだと信じておりますので」
「はっはっは。お前さん、随分と嫁さんにぞっこんだなぁ」
「そりゃもう。こんなべっぴんに惚れねえようじゃぁ、そいつぁ男じゃございませんからねぇ」
「はっはっは。違いない!」
その後も小太りの男と色々と話をした。
男は元々ヴェルモント皇国の出身だが、国内だけで商売していても仕方がないと思って各地を回る行商人になったらしく、かなりあちこちのことに詳しかった。
皇国の出身者ということから、もっと傲慢でプライドの高い人物かと思いきや、世界を見て回っているからか総合的な視野も広く、気さくな人柄であった。
本人曰く、『商売をする上で必要なのは、無駄なプライドよりお客様目線』と言うことらしい。
「ほほぉ、では北方の大陸ではクレルモンド帝国の魔導艦とグラディオン王国の機械戦艦がぶつかりそうだと……」
「今すぐってわけじゃぁないが。だが、グラディオン王国の商人や金持ちの多くは激しい戦いになりそうだってんで、一時避難をしようとする奴が多いらしい。兵器の性能的にはグラディオン王国の方がクレルモンド帝国よりもはるかに強いとは思うんだがな。まぁ、石橋を叩いて渡るくらいに慎重なあの国の国民性だ。仕方ねぇさ」
「こちらの第3世界大陸でもヴェルモント皇国が元保護国のオルファスター王国に戦争を仕掛けたようですが……」
「あぁ。オルファスターが日本にボロ負けしたからな。それで怒ったんだろうよ。俺はあの時港湾都市ササンテにいたが……日本軍の攻撃はすさまじかった。上空からえげつない量の爆弾をポンポンと落としていった……」
攻撃を見ていたという男はブルブルと震えると、顔を青ざめさせる。
「日本といやぁ、文明圏に属さない国としてはべらぼうに強かったが、まさかオルファスター王国をたった2日で叩き潰すほどに強くなっていたとは思わなかった……お前さんは日本人だって言うが、その時どこにいたんだい?」
「はい、手前はその当の日本で修行中だったもので……ただ、港湾都市ナゴヤにいたんですが、でっかい戦艦が出港していくのは見ましたなぁ」
あえてこちらから情報をもたらすことで、相手から得られるものもある。
いわば譲歩である。
「戦艦!戦艦っつったか!?」
「はい。それはデカい戦艦でしたなぁ」
「ほぉ!グラディオン王国の戦艦とどっちがデカかった?」
「自分はグラディオン王国の戦艦を見たことがないので何とも申し上げられませんが……ただ、全長は200mを超えておりましたな」
「に、200m!?そ、そりゃグラディオン王国やアイゼンガイスト帝国並みじゃねぇか‼そ、そんなバカな‼」
地球基準において世界で初めて200mを超えた戦艦は、イギリスの『ライオン級巡洋戦艦』であり、1912年、全長213mであった。
その翌年には、日本に『金剛型戦艦(当時は巡洋戦艦、後に改装されて高速戦艦)』を竣工させて輸出しているのだ。
グラディオン王国の技術水準がどこまで行っているのかはまだ不明な部分が多いが、200m以下であればよくて弩級戦艦であろうと旭日は考えていた。
「バカな、と仰るが、実際この目で見たことなので……」
「むむぅ……そんな戦艦を持っているとはな……これは今度、日本にも行ってみるべきかもしれんな」
「ぜひお越しください。その時は、我がお店も歓迎いたします」
男はまだ考えている。
「もしそんな戦艦を有しているのだとすれば……列強であるヴェルモント皇国であっても勝ち目は薄いかもしれんな」
「皇国と言えば、世界に5ヵ国しかないと言われる強国の一角ですが……そう思われますか?」
「うむ。皇国と言えば……」
その時、前方から声が響いてきた。
「出たぞーっ‼」
「山賊かっ!?」
「違う、ミノタウロスが10体!それにあれは……触手蟲‼」
旭日も前へ出ると、牛頭人身のバケモノが道を塞ぐようにして立っていた。
「ほほぅ。日本にも牛角族はいますが、やはりミノタウロスとは全く違いますなぁ……ところで、触手蟲とは?」
「あ、あぁ。触手蟲はメスの生物を触手で捕まえ、胎の中に自分の子供を植え付ける怪物さ。『女を凌辱してまともに戻れなくする怪物』ってんで、女性から嫌われる最大のバケモンさ。ミノタウロスも怪物のクセに女を凌辱して子供を産ませるってんでかなり毛嫌いされてるがな」
見た目は陸上のイソギンチャクかポケ○ンの『モン○ャラ』と言った風情であるが、イソギンチャクは陸上では触手を引っ込めるため、違和感がある。
「それなんてエロゲ?」
思わず呟いたセリフに男が『え?』と振り向くが、旭日は『なんでもありませんよ』とごまかした。
雲龍は懐の拳銃に手をかけているが、顔がかなり緊張しているのか冷や汗を流している。
「焦るな龍子」
「で、ですが……」
「まずは冒険者一同の腕前を拝見しようじゃないか」
旭日が見ていると、やはり剣や斧を持った近接武器の者たちが前へ出て、魔導師や弓術使いと言った風情の者たちは後ろに控えている。
「オーソドックスな配置だな。さて、どれほど対処できるか……」
一方、前衛に立った冒険者のうち、最前列に立っていた金棒を持った女……恐らくオーガ族の女性が声を張り上げた。
「へっ、野良牛どももエロ触手も運がないねぇ。この『雷霆のミガンダ』が護衛を務める商隊を襲おうとはなぁ‼」
「ミガンダ、大丈夫か?」
「任せなって」
仲間の心配をよそにミガンダは金棒を構えると、なにかをブツブツと呟き始める。
『風の魔力よ、集いて怨敵蹴散らす旋風となれ……』
「へぇ、魔法を使えるのか。オーガって言うから脳筋気味かと思いきや……」
ミガンダの体が緑色の光に包まれたと思うと、彼女から放たれる威圧感が増したように思えた。
「行くぞオラァ‼」
身長は2m近い巨体にも関わらず、ミガンダはまるで弾丸の如く飛び出し、立った一薙ぎで3頭のミノタウロスの頭を潰してしまった。
「す、すげぇ!」
「流石は『雷霆のミガンダ』……日本に次ぐと言われるアルモンド王国最強の冒険者なだけはあるぜぇ‼」
「あの状態のミガンダには火縄銃やマスケット銃だってほとんど当たらねぇ‼」
ミガンダは瞬く間にミノタウロス5頭を薙ぎ払うと、さらに中へ飛び込んでいって触手蟲に接近した。
触手蟲はすかさずミガンダを拘束しようと触手を勢いよく伸ばすが、ミガンダが金棒を振り回すだけで、まるで包丁に切られたタコの如くバラバラにされてしまった。
どうやら、風魔法の加護で切り裂いているようだ。
不利を悟ったらしい触手蟲は残った触手で逃げようとしたようだが、元々動きがそれほど速くないようで、あっさりと追いつかれて叩き潰されてしまった。
「トドメぇっ‼」
――ブンッ‼グチャッ‼
「おえぇ……エグっ」
「うわぁ……」
旭日も雲龍も嫌な顔をする。
残ったミノタウロスがミガンダに襲い掛かろうと木の棒を振り上げるが、その背中に次々と魔法と弓が着弾する。
「おぉ、総力戦!」
「そうか。仲間の攻撃が当たらない位置に行くために『あえて』深入りしたんですね……」
「それだけじゃないな。恐らくその位置に行くことで相手の油断を誘う狙いもあったんだろう」
サンダーアローやロックボムなど、様々な魔法が飛んでモンスターを打ち据える姿は、正に異世界と思わせる威容を持っていた。
「ま、ウチの連中の艦砲射撃と比べちまうと大した火力じゃ……」
「しーっ!司令しーっ‼」
慌てて雲龍が旭日の口を塞ぐが、放たれる魔法が圧倒的なこともあって誰も聞いていない。
だが、旭日は難しい顔を崩していなかった。
「……どうしました、しれ……旦那様」
「ん?いやな……なんか呆気なさ過ぎてな……いやな予感がするんだ」
「魔獣……ケダモノ相手なのですからこんなものでは?」
「ケダモノだからこそ油断のならないこともある。オオカミやハイエナのように、チームプレイをする肉食獣もいるし、古い時代、ティラノサウルスは足の速い子供と一撃必殺の顎を持つ親が協力して狩りをしていたという仮説もある……つまり、そういうことだ」
「なにかが起きても、不思議ではないと?」
「あぁ……ちょっと前の方を見てくる。龍子はここで待ってろ」
てっきり分析ばかりだと思ったら演技の役柄をきっちりと演じている辺り、旭日のしっかり者具合が窺える。
旭日は前へ出ると海軍刀に手をかけながら、魔法弓を放っているエルフの女性に話しかけた。
「こいつら、こんなに呆気ないもんですかぁ?」
「え?まぁそうね。ミガンダさんがいれば大体こんなものよぉ」
「そうだなぁ。まぁ、強いて言うなら触手蟲が少ないかな?」
「少ない?」
エルフの女弓兵が『そうよ』と言いながら頷いた。
「触手蟲は単体ではそんなに強くないから、最低でも2、3体、多いと5、6体以上の群れで現れるのよ。それも、ミノタウロスやロックゴーレムみたいに強力な魔物の陰に隠れるようにしてね」
「ってことは、『自分はそれほど強くない』と考えるだけの知能がある、と?」
「あぁ、それは考えてなかったわね……え、じゃああいつらって結構賢いの?」
「それはなんとも……ただ、そういう可能性も否定できないわけで……」
「キャアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼」
突如、後方から絹を裂くような声が響き渡った。
旭日と、ついでに気になったのかエルフの女弓兵が急いで向かうと、衝撃の光景が広がっていた。
「なっ、雲龍ゥ‼」
旭日が思わず演技を忘れて叫んだ先には、1匹の触手蟲に絡みつかれる雲龍の姿があった。
「し、司令……すみま、せん……やんっ!」
「こん畜生!後方から奇襲をかけてきやがったのかっ‼」
見れば、触手の一部が雲龍の豊かな胸元に巻き付いていた。
さらに、一部の触手は服を引きちぎろうとしているようだった。
このままでは、遠からず雲龍は全裸にされてしまう。
「そんなこと……今まで一度も……」
だが、旭日は呆けている女エルフを差し置いて吶喊すると、抜き打ちざまに雲龍を拘束する触手を切り裂こうとした。
「喰らえっ‼」
だが、別の触手が鞭の如くしなると、旭日をあっさりと吹っ飛ばしてしまった。
――バチンッ‼
「がはッ‼」
旭日は仰向けに倒れこむと、思わず刀を取り落としてしまった。
「ご、ご主人!」
女エルフが駆け寄るが、旭日はすぐに立ち上がった。
「ち、チクショウ……これじゃ手が出せねぇ‼」
雲龍はなんとか脱出しようと藻掻いているようだが、想像以上に締め付けが厳しいようで、まるで意味をなしていない。
すると、触手蟲の中心部からなにやらおぞましい形状のものが飛び出してきた。
旭日は直感した。あれを放っておいたら、エロゲ的な展開になってしまうと。
「し、れえ……にげ、て……」
「バカッたれ!ここでお前を置いて逃げられるかってんだっ‼」
惚れた、というわけではなくとも、1年以上を家族のように過ごしてきた相手を見捨てて逃げられるほど、旭日は冷たい男ではないつもりだった。
すると、女エルフが旭日の肩を叩いた。
「ご主人、私が奴の気を惹くから、その隙に奥様を!」
「姐さん……」
「申し遅れました。私はフレッチャー共和国の冒険者で、ヨッシン・イマガンと言います。さぁ、早く!」
「……それではっ‼」
旭日が一瞬で触手蟲の横に回り込むと、その反対側にヨッシンが立ち、弓を構えた。
その構えている弓には、魔法言語が刻まれている。
『来たれ雷の精霊よ、敵を射抜く紫電となれ!』
どうやらフレッチャー共和国には精霊信仰が残っているらしく、精霊魔術を使える者もいるようだ。
「喰らいなさい、サンダースピア!」
番えてある矢が雷のエネルギーを受けて槍のように大きくなると、それを触手蟲に向けて放った。
命中した触手蟲は嫌な声を上げながら蠢くと、その大きな体をヨッシンの方へと向けた。
どうやら、眼前の敵を排除するべきと考えたらしい。
そして、ヨッシンに気を取られたことで一瞬だが、雲龍の拘束が弱まった。
「今です‼」
旭日はその声を合図に飛び出すと、今度こそすれ違いざまに刀を抜き放ち、転生特典としてわずかに向上した身体能力を活かして雲龍の手足を拘束している触手を素早く切り裂いて見せた。
「雲龍っ!逃げろぉ‼」
旭日の声を受けた雲竜は懐の浜田式拳銃を取り出し、それを5発連射して触手蟲の胴体に傷をつけた。
その痛みに耐えかねたのか、遂に触手蟲は雲龍を取り落とした。
旭日は落ちた雲龍の手を引くと、素早く触手蟲のリーチから離れた。
と、そこに、残りの魔獣を全部仕留めたらしいミガンダが駆け付けた。
「これでも食らえやエロ触手ぅ‼」
振り下ろした金棒は触手蟲の胴体を直撃し、ミンチとなって潰れた。
「ざまぁみろぃ‼」
旭日は少し離れたところで雲龍を掻き抱きながら立っていたが、全てが終わったという雰囲気に思わずホッと息を吐いていた。
「助かった、な」
「は、はい」
旭日はホッとしているが、旭日に抱きしめられている雲龍はと言えば、まるで自分が活動写真の主演女優か、御伽噺で悪者から助け出されるお姫様にでもなってしまったかのような状況に顔を真っ赤にしていた。
「ご主人、奥さん、大丈夫?」
2人を心配してくれていたらしいヨッシンが駆け寄ってきた。
「ヨッシン姐さんのおかげで女房を助けられました。ありがとうございます」
「いいえ。私だけじゃ倒しきれなかったから、どっちにしてもミガンダさんが来なかったら難しかったわ」
「彼女は本当にすごいですなぁ」
「なにせ、第3世界大陸付近では最強の冒険者と言われるくらいよ。ヴェルモント皇国ですら、あの人を召し抱えようとして失敗しているくらいだもの」
実際、火縄銃やマスケット銃の弾を避けられるのであれば、かなりの瞬発力を持っていることになる。
すると、ミガンダの隣に立った犬系の獣人の男性が周りを見渡しながら声を上げた。
「ここはモンスターが多い可能性がある。このままとどまっていたらまた襲撃されるかもしれない。少し急いでここを抜けたいと思う」
その場にいた全員が頷くと、先ほどまでより少し歩くペースを早めて出発するのだった。
歩きながら、旭日は雲龍に問いかける。
「雲龍、大丈夫だったか?」
「は、はい。司令とヨッシンさんのおかげで危ないところを……」
「あのままだと本当に『それなんてエロゲ?』という事態になっていただろうな」
「ちょ、ちょっと考えたくないです……」
そりゃそうだろう。
いくら子供はできない体だといっても、望みもしない相手、ましてやモンスターに凌辱されて喜ぶ趣味はない。
「まぁ本当に無事でよかったよ」
「あんなのには二度と会いたくないです……あんなのにエッチなことされるくらいなら……司令に優しく……」
「え?」
「やっ、な、なんでもないですっ‼」
雲龍が顔を背けたので表情は窺い知ることができないが、旭日はオタクとしての感覚から『顔を真っ赤にしているんだろうなぁ』とすぐに想像できてしまった。
一方の雲龍はというと、旭日の想像通りに顔を真っ赤にしながら悶えていた。
「(なに考えてるの私ったら……天城と葛城が司令のこと好きなのにっ)」
妹たちが好きな男性のことを意識してしまったという事実が、雲龍の中で大きく膨れ上がっていた。
危ないから逃げてほしいと思ったにもかかわらず、自分を命がけで助けようとしてくれた旭日を、雲龍は好ましく思っていた。
元々『そう創られた存在』なのもあって憎からずは思っていたが、ここまで感情がかき乱されたのは初めてである。
「(私ったら……こんなことじゃ、天城たちに顔向けできないのにぃ……)」
すると、馬車を操っていた御者の1人が声をかけてきた。
「奥さんも旦那さんも大変だったろう。よかったら、馬車に乗るかい?」
「いいんですか?手前はともかく、女房は乗せてやってくださると助かります」
「なぁに。日本人はこういう時、困った時はお互いさまって言うじゃないか」
どうやら日本から伝わった慣用句などもあるらしい。
旭日はいい形で日本文化が伝わっているらしい様子を見て、思わず頭を下げていた。
「ありがとうございます。それでは、お世話になります。ほら、龍子。お邪魔させてもらえ」
「で、ですが……」
「向こうがいいって言ってくれてんだ。せっかくの心遣いをもらっておこう」
「……では」
雲龍は馬車に乗ると、馬車に乗っていた女性たちに囲まれてしまった。
「大変だったねぇ、触手蟲に捕まっちまうなんて」
「旦那さんが勇敢でよかったじゃないか」
「は、はい……それは本当に、そう思います……」
「ウチの宿六もあれくらいイイ男だったらねぇ」
「そうだねぇ。羨ましいわぁ」
商人の奥様方に揉みくちゃにされ、雲龍は目を白黒させながらも拙く答えていくことしかできなかった。
一方の旭日はというと、先ほどまで話をしていた中年男とまた話をしていた。
「いやいや驚いたな。あんな剣技を見ることができるとは……あんた、別に軍人さんとか兵隊さんじゃないんだろう?」
「えぇ、まぁ」
実際には日本の第零艦隊司令官で、事実上の大日本皇国における軍事部門のトップという重責にある立場なのだが、それは言えない。
「昔、少しばかり剣をかじったことがあるってだけですよ。女房を助けられたんなら、習っていた甲斐がありましたがね」
「まぁ、確かに腕だけじゃぁない。あんたの日本刀、すごい切れ味だったぜ」
旭日は腰の海軍刀をポン、と叩いた。
「それは、この刀に魔法陣学を施してあるからですよ」
「出たな‼日本の得意の魔法陣学!アイゼンガイスト同様に精霊の力を借りているから他国の魔法陣学より性能がいいって噂は聞いていたが、まさかここまでとはな‼」
「まぁね。そんな日本で過ごす手前からすれば、なぜ各国で精霊信仰が次々廃れちまったのかが謎ですよ」
「まぁ、そうだな……人間ってやつは色々と……そう、色々と業が深いのかもしれんな」
「業、ねぇ」
それから2時間ほど歩き続け、ようやく隊商はマチルダ共和国の首都に近い街に辿り着いた。
このまま首都を抜け、10日以上をかけて皇国まで行く予定である。
旭日たちは旅籠に入ると、ベッドにドサッと倒れこんだ。
「疲れたな……」
「はい、本当に……」
すると、旭日は体を起こした。
「ところで雲龍」
「なんですか司令」
「なんでこの部屋、ベッドが1つしかないと思う?」
「……」
旭日もわかっている。
恐らく宿の人が『新婚がいる』と隊商の誰かから聞いて気を利かせてくれたのだろう、と。
「ここで物語なら、『俺は床で寝るから』っていうところなんだが……雲龍、それでいいか?」
「……わ、私は……」
雲龍は顔を真っ赤にしながらも、旭日の服の袖をギュッと握った。
「司令と……旦那様となら、一緒のベッドでも、いいです……」
旭日としてはまさかここで演技のはずの旦那様呼びをされるとは思っていなかったものの、逆にそう言われたのであれば、と腹を括った。
「わかった。じゃ、一緒に寝ようか」
「……はい」
その夜、旭日と雲龍はお互いに抱き合いながら眠ったのだった……ちなみに、エロスはありませんでしたとさ。
……と、言うことでちょっぴりえっちな魔物との遭遇回でした。
触手蟲から出てきたという『なにか』は……ご想像にお任せします(^-^;




