初の戦後
今月の投稿になります。
帰路に就く旭日たち。その中で語ることは……
オルファスター王国の王都インカラを後にして、旭日たちはその日の内に港湾都市ササンテに戻ってきた。
陸軍が兵器の撤収準備を進めているのを尻目に、待機させていた大発動艇にメリアを連れていった。
「これは……上陸用の小舟ですか?」
「えぇ。こんなでも、ちょっとした車両や兵器くらいはしっかり荷揚げできるんですよ」
「なるほど……こういうものがあると色々と便利そうですね」
実際、大発動艇の中には小口径の砲を搭載して即席砲艦に改良されたようなタイプも存在する。
それによって港湾内の警備をしていた、と言うものだ。
さらに傍らの二等輸送艦にも目を向けると、巨大な魔導砲らしき兵器を乗せた車両が大きな音をたてながら乗り込もうとしていた。
「あれも、上陸用舟艇ですか?」
「えぇ。あれは二等輸送艦と言いまして、砂浜のようなところに直接乗り上げて車両をあの船首の扉から直接降ろす船なんですよ」
オルファスター王国の基準では、牽引式の大砲も含めて降ろすにはいろいろな手間暇がかかるうえ、ほとんど人力だ。
その手順を少しでも省略できるということは、それだけ迅速に展開できることを意味している。
もっとも、旧日本軍も太平洋戦争時はどちらかと言えばマンパワーに頼っていた面が強かったため、アメリカのような機械化の進んだ国と比べると効率は悪かったのだが、それは別の話。
「……こんな装備を保有する国と我が国は戦っていたんですね」
「ま、そういうことです。さぁ、乗ってくださいな」
メリアと共に旭日、飛鷹が乗り込むと、大発動艇はそのままゆっくりと沖合へ向かった。
扶桑やあきつ丸らは別の大発動艇や内火艇で自分の艦へと戻る手はずになっている。
そんなことをしていたために時間は既に夜になっていたため、その晩は船の中で一泊し、翌日の早朝に出発するつもりだ。
大発動艇はそれほど大きくない上に最高時速も9ノットと、オルファスター王国の戦列艦や亀甲船よりも鈍足だったので、鉄でできた船体であってもメリアもそれほど驚きはしなかった。
しかし、沖合に出て停泊している様々な船を見て驚愕した。
「な、なんて大きさなの……」
彼女の目に真っ先に飛び込んできたのは、巨大な砲塔を持つ扶桑の姿だった。
違法建築物ばりの艦橋も目立つのは当然ながら、41cm連装砲と41cm三連装砲も凄まじいインパクトである。
それを見たメリアは、自分の書籍で得た知識に似たような形状の兵器があったことを思い出した。
「あれは……もしかして戦艦ですか?」
「お、戦艦をご存じでしたか?」
「はい。お父様が集めて下さった書物の中に、列強国が運用する兵器の1つとして、『回転する砲塔を備え戦列艦の砲よりもはるか遠方へ砲弾を飛ばすことができる』という兵器として戦艦のことが記されていました。ですが……あの戦艦は、列強第3位であるクレルモンド帝国や、列強第2位のグラディオン王国よりも大きく見えます」
旭日の脳内には素早く、列強第3位以上は戦艦を保有しているという情報がインプットされた。
どうやらトールンボ国王は自分の娘に彼なりの愛情を注いでいたようで、彼女が欲しがる書物や情報は可能な限り集めて与えていたらしい。
もしかしたら、世界各国の装備についても色々な情報が手に入るかもしれない、と皮算用をする旭日だった。
この情報だけでも、彼女を自分の手元に置いた甲斐があったかもしれないとさえ思う。
しかし、3位以上が戦艦と呼べる兵器を保有しているのだとすると、現有戦力だけでは万が一戦争になった際に防衛がままならないということのみならず、場合によっては相手領土の奥深くまで攻め込んででも戦闘を終わらせなければならない時には色々とてこずるかもしれないと考えられる。
「(なんとかしてもっと戦力を増強・近代化したいところだな……)」――「その戦艦というのが、どんな形状かわかりますか?」
「あ、写真があるんですけれど……その……後ででもいいですか?揺れる船の上だと少々……」
要するに、船酔いをしてしまうので厳しいらしい。
元々病弱だと聞いていた旭日としては、彼女に無理強いをするわけにはいかないのだ。
「わかりました。では、本国に到着したら見せてください」
「はい」
旭日は『どんな戦艦が出てくるのだろうか』と楽しみにしながら旗艦の飛鷹に乗り込むのだった。
メリアは飛鷹型航空母艦に乗り込んで、またも驚かされた。
列強国には飛行戦力としてのワイバーンや空を飛ぶ魔導機械などを搭載して洋上で運用するための『空母』と呼ばれる船が存在していることは知っていた。
だが、間近で見たその船は彼女の想像をはるかに超える大きさであった。
「この大きさ……まるで要塞のようですね。なるほど……この上からワイバーンやエアロ・ホークなどを飛ばせるのであれば、とてつもない戦力になるでしょうね……」
だが、彼女は甲板上に駐機してあるものを見て『え?』と驚いていた。
「ワイバーンじゃ、ない……?」
そこに駐機していたのは、作戦を終えて母艦に帰投していた烈風だった。
「すごい大きさ……翼を広げればワイバーンよりも大きいかもしれません……でも、ワイバーンとは全く違う雰囲気ですね?」
「はい。この艦上戦闘機……烈風は全金属製の機体と、2200馬力の強力なエンジンによって、最高速度624kmを叩きだすことができます」
飛鷹の説明に、またも驚愕させられたメリアであった。
馬力という言葉は正直よくわからないが、速度くらいはわかる。
しかも、これは金属でできているというではないか。
「(624km……ワイバーン程度では全く勝負になりませんね……しかも金属製?鉄でできたものが空を飛ぶというのですか……もしかすると、今の日本はアイゼンガイスト帝国並みの能力を持っているのでは……?)」
メリアが促されるままに艦内に入ると、その構造に驚いた。
「明るい……光の精霊の加護かしら?それに、船の上だというのにほとんど揺れていない……さっきの小型船とは大違いですね……この世にこんな船があるとは、微塵も思いませんでした」
当然であろう。
先ほど彼女が乗っていた大発動艇は全長14.9m、全幅3.4mしかない小型の上陸用舟艇だが、飛鷹は全長219.32m、全幅26.7m、公試排水量は2万7500tと、軍艦として考えても桁違いの重量を誇る。
安定感という意味では天と地ほどの差がある。
もっとも、正規空母や戦艦と比較してしまえば商船改造空母の彼女はまだまだ、と言ってもいいのだがそれは言わないでおく飛鷹であった。
彼女が今まで見ていた『軍艦』というものが、大きくても70mから80m前後しかない戦列艦だったのだから、200mを超える大きさの飛鷹や扶桑を見て『大きい』と感じるのは当然のことである。
「驚かれるのも無理はないと思います。木造帆船が当たり前の文明だったのですから、この飛鷹も大きく見えることでしょう」
「はい……そういえば、この船のお名前とメイドさんのお名前は一緒のようですが……なにか関りが?」
動揺していたとはいえ、流石に鋭い。少し聞いただけですぐに飛鷹の名前の由来に行きついたようだ。
「申し遅れました。私は大日本皇国第0艦隊所属航空母艦、飛鷹型航空母艦1番艦飛鷹艦長にして、艦隊司令である大蔵旭日様付きのメイドでもある、飛鷹と申します」
「まぁ、ではメイドさんではなく艦長職が本業でしたか!?」
「はっはっは。普通はそう思いますよねぇ」
旭日のカラカラとした笑い声にもポカンとして反応することができないメリアだったが、気になることを聞いてみた。
「で、では……あの扶桑様も?」
「あぁ。大日本皇国第0艦隊所属・扶桑型戦艦の1番艦扶桑の艦長だ」
「まぁ……日本では、船の名前を艦長さんにつけるのですか?」
「いいえ。我々は船の化身……精霊のような存在なのです。故に、船がそれまでたどってきた来歴や戦闘などを記憶として覚えております。とある理由を持ちまして、旭日様にお仕えしているのです」
肝心なところはぼかしたが、それでもメリアには十分すぎる説明だった。
「精霊……?そんな存在を従えているとは……旭日様、あなたはいったい何者なのですか……?」
旭日はニッコリと笑うと、ごまかすように言った。
「なんてことはありません。天皇陛下と祖国たる日本に命を捧げる、ただの一軍人ですよ」
どこぞの『自称』越後のちりめん問屋の隠居の如きセリフを述べると、旭日はそのまま奥へと引っ込んでいったのだった。
メリアはその悠然とした背中を、またもポカンとしながら見送ることしかできなかった。
そんな2人を見て、飛鷹はクスクスと笑うのをこらえるのに必死だったという。
簡単な夕食を済ませると、彼らは艦内で眠りにつくのだった。
そして翌朝、出港した艦隊を見てメリアは目を丸くしていた。
「はっ、速い‼」
艦隊は巡航速度に近い18ノットを維持して航行しているが、彼女が以前見たことのある亀甲船の最高速度である15ノットを遥かに超えているにもかかわらず、これで巡航速度に『近い』なのだという。
「飛鷹様、飛鷹様は最大でどれほどの速度を出せるのですか?」
「私ですか?私は最大で34ノットまで出せますよ」
「なっ、さっ、34ノット!?」
驚いた彼女に申し訳ないと思いつつ、飛鷹はさらに追い打ちをかけた。
「私など、改装される前は25ノットとこの艦隊の戦闘艦としては遅い方です。扶桑様でさえ大改装の末に28ノットまで出せるようになりましたし、同じ空母でも天城、葛城は35ノット近い高速を発揮できるのですよ」
「そ、そんな……」
旧世界では扶桑は元々23ノット、二等輸送艦に至っては13ノットしか出せない鈍足艦なのだが、扶桑は前世の地球において主機関を改良する暇なのか余地がなかったかは不明(その割に艦橋はマシマシにして違法建築物ばりなどと言われているわけだが……)なので仕方ないが、二等輸送艦は太平洋戦争末期の資材などが不足している中で建造した急造品だったこともあって、ディーゼルエンジンによる13ノットというかなりの鈍足だったのだ。
わかる人にわかるように言えば、前弩級戦艦の三笠よりも5ノット、練習巡洋艦の香取型よりも同じく5ノット程度遅い。
それを神界での改装というチート特典である程度実戦でも使えるようにしたのが、大蔵艦隊の艦船である。
中には間宮や明石のように本来それほど改装しなくてもいい船も主機関や装備を改装しているのだが、これは『必要だったから加えてもらった』というのが正しい。
まぁ、飛鷹も元々は貨客船『出雲丸』になるところを徴用されて空母になった経歴を持つ船である。
彼女もまた、25ノットという速度は高速貨客船として設計されたからなのだが、それでも25ノットというのは戦闘艦、まして空母としては微妙な速度だ(ただし搭載量に関しては蒼龍型航空母艦に匹敵するものだったことと、風さえ吹けば航空機の離発着がうまくできたため、隼鷹共々重要な空母戦力として扱われていたという一面がある)。
当時の日本で代表的だった長門型戦艦ですら、26ノットを出すことができたと言われることを考えると、排水量はもっと少ないはずの飛鷹型が25ノットというのは、当時の民間企業が作った機関の出力不足など、様々な理由あってのことなのである。
イギリスの『クイーン・メリー』のような船舶は例外中の例外だろう。
それはさておき。
自国の常識からすると尋常ではない高速航行に、メリアは目を丸くしたまま1時間近くぼんやりとするのだった。
そして彼女が次に驚かされたのは、その日の昼だった。
船の上での食事と言えば、水は魔導師さえいればいくらでも手に入るとはいえ、基本的に質素と言わざるを得ないものばかりである。
木造船で火を起こして火事にでもなろうものならば、大炎上の末に沈没する可能性も十分にあるからだ……水魔法を使えば、初期レベルならば鎮火できるため火を使った料理を出す者も少なくないようだが。
メリアも書物での知識として、『基本的に船の中で食べるモノは水で戻した干し肉と塩漬け野菜が基本』ということは知っていた。
実際問題、『水魔法で水を出せばいい』ということに気づくまでは疫病も多く発生していたのだが、水を摂取し、氷魔法で発生させた氷を使った氷室で保存しておいた生に近い野菜をきちんと食べるようにすれば、その疫病から逃れられることも知っていた。
だが、目の前で繰り広げられている光景は、メリアが書籍で得てきた知識による想像をはるかに超えるものだった。
「まるで戦闘の真っただ中のような大騒ぎですね……」
あちこちで怒号が響き渡り、人がバタバタと動き回って料理をしている。
「こっち!もうすぐポテサラできるよ‼」
「なにやってんだ‼そっちの皿は士官室のだ‼」
「うわぁっ‼油虫(台所に出現するGで始まる黒光り)だっ‼」
「昨日ちゃんと掃除したのかボケナス‼」
「とっとと捕まえてくれぇっ‼」
「おぉい‼カツが揚がるぞぉ‼どけどけぇ‼」
中にはエルフやダークエルフなど、精霊との交信に長けた種族もいて、彼らが精霊と交信して水を出している姿も見受けられる。
なにを作っているのかはさっぱりと言っていいほどにわからないが、とにかく『大変そう』ということは伝わってきた。
――キュウゥゥゥ……
「……お腹が空いてしまいました」
豊満な肉付きになりやすいと言われるダークエルフにしては細いお腹を片手で押さえると、幹部用の部屋へ行き、椅子に座って待つことにした。
しばらく座って待っていると、旭日が飛鷹を伴って姿を見せた。
その後ろには給仕担当の兵がいて、恭しげに皿や食器を並べていった。
その動作は大変洗練されており、王国の貴族に仕える従者でもこれほどできるかどうか怪しいと思わされるほどだった。
これを軍に所属する者ができる、という時点でその訓練の度合いがうかがえる。
「(疑う余地はないですね。今の日本は、我が国など足元にも及ばない力を……いえ、列強国を退けることすらできるかもしれない国となっている……)」
メリアはそう確信しながら、並べられた料理を見てさらに目を見張った。
茶色い、『じゅうじゅう』と音を立てている物体がデンと鎮座していたのだ。
さらに、これまた茶色いスープのようなものが入った器と、真っ白いコメが湯気を立てる器、そして、白い塊の中にたくさんの野菜らしきものが入った器が置かれていた。
「え……な、なんですかこれは?」
並べられた料理の異様さに思わず旭日に質問をすると、旭日は得意げな笑みを浮かべて答えた。
「これはメンチカツ、と言いまして、豚の細切れ肉を油で揚げたものなんですよ。このソースをつけて食べると、これがご飯によく合うのなんの」
「こちらの茶色いスープは……」
「これは味噌汁と言いまして、我が国でとれる大豆を加工・発酵させて作る調味料のスープですよ」
「このコメは……」
「おっ、コメをご存じですか。ま、本を読みふける日々だったというならそれも当然ですかね。こいつは水を使って炊き上げたものですよ。自分の故郷では、大概のものはコメがあれば美味しく食べられましたね」
「司令の場合、まるでお酒が飲めない下戸なのもあって、余計に食いしん坊でしたからね」
「それを言うなって。自分でもわかってんだから」
飛鷹にツッコまれて冷や汗を流しながら返す旭日を見て、思わずクスリと笑ってしまうメリアだった。
このやり取りを見るだけでも、旭日と艦長たちの精神的な距離感がかなり近いことがうかがえる。
「(もしかして飛鷹様や扶桑様は、旭日様の奥方なのかしら?)」
思わずメリアは穿った考え方をしたが、夫婦というには旭日の方が色々と気を遣っているようにも見える。
「(将来王国に帰る時……そんな時が来るというのなら、日本から色々と学ばなければいけないようですね……)」
旭日と飛鷹が席に着くと、給仕の兵たちが後ろへと下がった。
「それでは……いただきます!」
「いただきます」
旭日と飛鷹は箸を起用に使って味噌汁の具を取って一口を口に放り込むと、素早くコメを頬張った。
「うぅん……やっぱこれだねぇ」
「はい。自賛ですが美味しいと思います」
どうやら食事は飛鷹が作ったモノらしい。
メリアは知らないことであったが、飛鷹と隼鷹と間宮の3人が旭日を含めた艦長組の食事を作っている。
とはいえ、今回は艦長娘たちも各船で分散しているため、飛鷹が旭日とメリアの分を作ったのだ。
怪訝な顔はしつつも、メリアも用意されたスプーンで味噌汁の具をすくい、口に運ぶ。
「(これは……程よい塩気ですね)」
口の中に広がった熱とうま味に、思わず顔をほころばせたメリアは、旭日たちがそうしたように味噌汁の味が口の中に残っている間にコメを一口放り込む。
すると、噛めば噛むほど味噌汁の味とコメの甘みが混ざり合い、なんとも言えぬ調和を生み出したのだ。
「(これは……反則ではありませんか……)」
味噌汁でこれほど美味しいならば、とメンチカツに言われた通りソースをかけて一欠片を取ると、それを恐る恐る口に運んだ。
噛み締めた瞬間、『ザクッ』と言う音と共に口の中で油と肉の汁が強く弾けるのを感じた。
「んんっ!?」
ハッとしながら急いでコメをまた口に放り込み噛み締めると、先ほどの味噌汁とはまた違う美味しさが溢れ出てきた。
「(これは……カラッと揚げられたことで肉が引き締まっている……にもかかわらず、ひき肉だから噛み切れないほどの硬さではないから歯ごたえを楽しみことができる!)」
さらにもう一口噛むと、先ほどより多くの肉汁が溢れてくる。
「(この肉汁のうま味……これは、新鮮とまでは言わずともなにかしらの方法で保存されている肉ですね。少なくとも、干し肉を水で戻した程度のモノではこの触感も味わいも出すことはできない、ですね)」
この料理だけでも、彼らの用いている技術がいかに高度なものかがよくわかる。
「(そういえば……我が国随一の腕を誇る宿屋の料理人と、家畜用のワイバーンを20匹ばかり連れて行くと言っていましたが……なにか新しい料理でも作るつもりでしょうか?)」
せっかくなので、メリアは感じていた疑問をぶつけてみることにした。
「旭日様。質問してもよろしいでしょうか?」
「ん?答えられることならいくらでもどうぞ」
「では……今回我が国随一の腕を誇る宿屋の料理人と、家畜用のワイバーンを連れて行くという条件でしたが……あれは、なぜなのですか?」
旭日は一瞬箸を止めると、一気に深刻な表情を見せた。
「そうしなければ、オルファスター王国が滅んで二度と味わえなくなる可能性があったからですよ」
「え……王国が、滅ぶ?」
旭日は頷きながら白い塊……ポテトサラダを口に運んだ。
「オルファスター王国は今回の戦いに向けて、相応の準備をしていたはずでしょう。恐らく、宗主国であり列強国であるヴェルモント皇国からの支援も受けて」
そのことはメリアも当然知っていた。
父が相手を蛮族だからと言って手を抜かず(その割に作戦はゴリ押しもいいところでメチャクチャ油断していたが……)、宗主国にいい顔をするために旧式兵器を引き取ると同時に戦力の増強としていたのは、メリアも話として聞いていた。
「だからですよ。宗主国……ヴェルモント皇国は『自分が支援したにもかかわらず、オルファスター王国は文明に属さぬ蛮族如きに惨敗を喫した。国の威信にかかわるため、オルファスターをこのままにはしておけない』くらいには考えているはずです」
「それは……仰る通りだと思います」
この世界で列強になるほどの国力を持った国というのは、基本的にかなり傲慢でプライドの高いモノである。
この世界では世界最強のアイゼンガイスト帝国と、列強第2位のグラディオン王国だけが融和政策を取っており、文明圏に属さない国でも気軽に接触することができると言われているが、クレルモンド帝国以下のヴェルモント皇国、そして列強最下位のアルマダ王国に関しては、『舐められまい』という感情が強いのか、かなりプライドが高い。
ヴェルモント皇国は第3世界大陸において最強とも言われる国力と面積を誇る巨大国家だが、現在はアナシウス・デム・オルモ・ヴェルモントというハイエルフの女皇帝が支配しており、即位からわずか100年ほどの間に次々と周辺国家を併呑して領土をヨーロッパ全域並みまで拡大していた。
『エルフ族至上主義』を掲げているせいか、エルフ族でない者はよほど優秀でない限りは3等臣民として扱う、などと言うほどに苛烈な性格でもある。
同じエルフ族に属するダークエルフでさえ、『肌の色が違うから』という理由だけで2等臣民扱いであった。
ただし、ダークエルフもそうだが、皇帝や重鎮が認めるほどに優秀な能力を示せば軍でも階級を得られたり、官僚として活躍できたりするという点は多くの種族に『エルフ以上の実力を得させる』という意味で競争意識を呼び起こし、皇国の様々な発展に寄与しているため、悪い点ばかりではなかった。
だが、その陰で不満を燻ぶらせている者が多いことも間違いではない。
実際、ヒト種や獣人種などの魔力が比較的弱い種族は軍に所属することはできても、小隊長以上にはほぼなれない。
「恐らくまずは技術供与などを停止してくるでしょう。それである程度弱ったところで……ドカンと叩いて征服してしまうでしょう。自分の顔に泥を塗った弱小国を、このまま見逃すとは思えません」
確かに、ヴェルモント皇国という国の性格を考えれば、十分にあり得ることであった。
「では、料理人たちを連行したのは……」
「そんな理不尽なことであれほどの腕前を持つ料理人が失われるのは世界の損失です。なので、連行という名目で連れ出したんですよ。そしてメリアさん。それは……あなたもです」
「え……」
「封建的で差別意識が強く、しかも恐怖政治を敷いているような国なのであれば……国を攻め滅ぼした場合、統治に都合のいいわずかな王族だけを残して後は王都に晒して磔刑にするでしょう」
それはメリアにも心当たりがあった。
ヴェルモント皇国が2年前に攻め滅ぼした大陸西部のピュルマ公国は、領土割譲の要求を断ったというだけで皇国に攻め滅ぼされ、太公一族のほとんどが殺されたという。
残されたのは、わずか13歳の姫だけであり、彼女の後見という立場で皇国から人が派遣されているらしいが、やりたい放題を尽くしていると聞いた。
「では……」
旭日は頷くとまたメンチカツを一切れ口に放り込み、もしゃもしゃと咀嚼する。
「王国に残ったままであれば、の話ですが……恐らく、あなたは兵士たちの慰みものになったうえで、他の王族共々磔刑にされていたでしょうね」
メリアは思わずごくりと唾を呑んでいた。
「で、では……旭日様が私を指名したのは……」
「あなたのような美人が野蛮な連中に穢されるかと思うと反吐が出ますし、優秀な王族が残っていれば……あとで王国を取り戻す『大義名分』になります……その代わり、我が国もヴェルモント皇国に攻めこまれる可能性が高まりますがね」
旭日は閣僚たちと会議をした時点でこのことを想定していた。
だが、それでも王族を人質として連れてくるように進言したのである。
まさかメリアのようにあからさまに優秀で、それでいて冷遇されている人物がいるとは思わなかったが、いい誤算だった。
「別に攻めてこないならそれでいいんですよ。ただ……」
旭日はカツとコメを飲み込むとメリアの目を見つめて言い放った。
「降りかかる火の粉は払いのけるだけです」
その時旭日が見せた獰猛な瞳の色は、彼がまごうことなき軍人なのだとメリアに思わせるには十分だった。
もっとも旭日当人は単に『売らなければ無視するが、売られたケンカは倍返しする』というタイプの人間だったからである。
実際には、彼は軍人というにはほど遠い面の方が多い。
それと同時に、メリアは曲がりなりにも5代強国に属する大国家を、『火の粉』扱いしたのだ。
「(一体……日本国にはどれだけの力があるというのかしら……)」
メリアは今の日本が抱える力を脅威に思いつつ、王国の未来を憂うのだった。
……はい。既に火種がばら撒かれているも同然の有様です。
今後はどうなることか……
次回は7月の27日に投稿しようと思います。




